異変
「…え?」
ズギリ と頭が鳴り始める。痛みがある。耳からの痛みが。
一度破ったことがあるからわかる。この痛みは鼓膜が破れたときのものだ。
にも関わらず聴覚に以上はない…どころか鋭敏になっているような…
閃は驚愕する。
その気になれば他人の心音まで聞けるのではないか?
これがスキルなのか?
聴力でどう戦えと?
疑問は滝のごとく流れ落ちる。
【 ―――― ――――――― ―。】
いつの間にか玉がいる。
【― ――――― ――― ――?】
話しているのはわかる。だが意味がわからない。
【ンンッ! 聞こえてるかい?どうやら上手く行ったみたいだね】
急に言葉が繋がった。聞きたいこともある。
「…鼓膜を声で割れる人なんて見たことないんですけど?それにさっきは何話してたんですか?」
やはり文句は欠かせない。
【日本語だよ。】
閃の文句を無視しつつ質問には律儀に答える玉。しかしその内容が問題である。
「え?」
【だから日本語だッてば。レンから聞いてるでしョ?こッちの言語を話せるようになるッて。けどね?いきなり母国語と異世界語を同時に操れるわけ無いでしョ。だからそれが代償。一応さッきの同意書に日本語で書いといた筈なんだけどねェ?】
ここに来て閃の性格が牙を剝く。自業自得とは言えいくら何でも酷すぎる。
そう思わずにいられない。
目の前の存在の冗談であってほしい。切実に。
【…】
神妙な顔をしたような雰囲気を出しつつ玉は声をかける。
【おッつー!契約書にはしッかり目を通しておくように言われ無かッたんですのー?】
完全に人を舐めた態度の玉。
しかしその態度によって初めて異世界に来たのだと認識する。
言語も違う世界。 暫く戻ることもできない。自分が選んだ道ではあるが、流石に感傷が無いわけではないものだ。
「…はぁ。終わったんですよね?譲渡。なら帰ってもいいですか?」
【スルーは止めない?】
「したじゃないですか。返事」
【1文節かどうかも怪しいため息を返事とは言わないと思うけどね!】
怒鳴り散らしながら周囲を転げまわる玉。
それと同時に閃の体が光り始めた。
「これは?」
【帰還の準備。機嫌が悪くなったので不貞寝しますオヤスミサヨナラ。】
「器用なんですね。ありがとうご――」
かなり投げやりに自称神は喋る。
瞬間、目の前が真っ白になった。
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「ん…むぅ…」
背に草の柔らかな感触を感じる。どうやら寝ていたようだ。
ふと野草に目を向けるとようやく違和感の正体が理解できた。ここの草はすべて同じ高さなのだ。種類を問わずに。ハルジオンもクローバーもオオバコも。
…あくまでそれらしい見た目、というだけだが。
「…やっぱりここは日本どころか地球でもないんだな…ようやく実感が湧いてきた」
さくり、さくりと足音が聞こえる。体重を感じさせない軽やかな足音。鋭敏になった聴覚にはハッキリと聞こえてしまう。
衣擦れ、息遣い、鼓動さえも。
この耳でなければ聞こえないほど慎重な足音。
聴覚を抑えた。
あまりにも無粋すぎる。
「お目覚めですか?」
「うん。ごめんねレンさん。いきなり寝ちゃっ…」
閃が振り返るとそこには影…ではなく一人の少女が立っていた。
「て…ん?」
瞳にわずかばかりの喜色を湛えて。