動き始める兆し
「……で…どうしろと…」
縞崎華矛良は悩んでいた。
眼前に広がる巨大な岩扉は悩む今も徐々に開いている。
既に隙間から陽光が溢れ、周囲は熱波に包まれている。
足元にある砂の足場に立ち、縞崎は呟いた。
「……動き…は、する。ま、戻るか…」
意訳すると
「スキルで一応戻せるけど意味なさそう。一旦戻って他の人を呼ぼう」となる。
縞崎はスキルを発動し、岩扉を閉じた。
彼のスキルは視界にある非生物の操作である。
司郎のスキルは視認…つまり相手の姿を目で捉え、個を認識しなければならないが、縞崎のスキルは視界に入っていることが条件。
つまり目で捉えきれない分子すら動かせるし、逆に巨大過ぎるあまり認識出来ず、動かすことが出来ない訳でもない。
しかしこのスキルと岩扉はすこぶる相性が悪かった。
縞崎のスキルは概念に関わるものではない。
対しこの岩扉は過去、それも神代の事件の再演。
いくら閉じたところで未来は開き切る事態しか用意されていないのだ。
「……飽きた」
そう呟くと、彼は砂を動かし、畔とアルル、レンを探し始めた。
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最初に『雨』に来た時に作った裂け目があった場所、そこにレンとアルルは立っていた。
空から再び雨が降りてくる。
「あれは…一体…?」
レンは空に浮かぶ巨大な岩塊を目にし、呟く。
先程、畔の風景が消滅し、同時に畔が転送されて来たのだが、立て続けに起こる状況にアルルとレンの二人は理解が及ばない。
「新さん…失敗しましたね。何が筋力増強スキルですか…あんなの……」
レンの口からは司郎に対する不平が漏れる。
しかしそこには隠しきれない恐怖…レンの持つ数少ない人間味…が表れていた。
「ん、レン…畔が、目ぇ、覚めた…よ?」
「アルル…」
レンが振り向くと袖を引っ張るアルルの奥で畔は体を震わせていた。
「あ…ぁ…こ、ここは…私、は…?」
「ん…畔。元気…?」
「アルル…ちゃん?」
畔には元気が無かった。
何か禁忌でも犯したかのように震えている。
そのためか、畔には普段のように笑って見せる余裕がない。
つまり、素が出ていた。
「畔…お疲れ様でした。…何か、あったのですか?」
「ぁ…レンさん…」
畔が弱々しく言葉を返したのと、流砂が空から流れてきたのは同時だった。
「……会話中…か?疲れてないなら来てほしい。…3人とも……はぁ…」
縞崎の到着である。
変わらず、雨は降り続けていた。
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「また…殺したのか…僕は……うぅ…」
頭が痛い。
人を傷付ける行為には慣れそうにない。
怒りで我を忘れていた竜胆との殺り取りでは特に感じなかった罪悪感が僕を苛む。
「…もっと……話せたのか…?僕が歩み寄らなかったから?」
思わず額縁を握る手に力がこもる。
「大丈夫…大丈夫だよ、レンさん。僕は君との記憶を消すんだから…最初の丘に戻って…やり直すの。それが…僕の…僕の……も、目的…使命?なん、だから」
励まして励まして。
何度この台詞を吐いたのだろう。
ソイツの言葉に従うのは頂けないけど、これが最善なんだ。
きっと、きっと。
そうであるはず。
僕はもう止まれないんだから。
人を殺めた僕は走るしかない。
後ろを向いたらもう歩けない。
離れない怨嗟の声とレンさんの拒否が耳に入る気がする。
解ってはいるんだ。
望まれないことも。
ありえない可能性もあることも。
「ぁ…あぁ…こんなに…視界が赤いんだもの…」
でも 諦められない。
「…あ、れ?」
雨が降らないのは何故だ?
さっきまでは降っていた。確実に。
止んだのは新さんがスキルを発動したときだったはず。
「まさか 」
「うーん、悩んでる?ほら、話してご覧?僕さん、話を聞くだけなら得意だからサ」
なぜ?なぜ?
僕は確かに首を斬った筈だ。
「また…僕、に、あなた…の、首を斬れ、って言ってるん、です、か?」
「ハテ。なんのことだか」
そこには、戯けた表情の新さんがいた。
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危なかった。
いやホント。
念の為に過剰にスキルを使ったのが功を奏したわけだが。
『不可知之猫』。
まぁ、シュレディンガーの猫ですわ。それと『限定停止』も。
それぞれ、結果が出るまで生死混合保険(概念)を掛けれるスキルと場所を指定して時を止めるスキル。
この2つを組み合わせる事で、場所を限り『不可知之猫』を使用出来るようになる。
流石に全範囲だと負荷がヤバい。本職じゃないし。
「ネタバラシしちゃう?」
閃クンは何やら震えている様子。
まぁ、手心は加えないんだけど。
勿論彼が信頼だなんだと宣ったのもあるけど、依頼主からのご命令だからネェ。
「君は生け捕りだ。それが上からの指示。君のご執心のレンちゃんじゃなくて、ね」
「僕さんは、はっきり言うと君に興味はないんだよ?ホント。閃クンが額縁の中に何を隠してようと責めるつもりもない」
「だってそれが自由なんだし、サ?」
あぁ、人に高説垂れるのって、スゴクキモチいい。