はじめての…
「受けるよ。他の人に迷惑はかけれないしね」
神担閃は即答してみせた。もとよりそこまで地球に固執してきたわけでもない。短絡的と言えばそれまでだが即断即決は美点と言えなくもない。
「…よろしいのですか?私はまだ報酬についても話していませんし…」
「いいのいいの」
少し息を呑んだような仕草をとるレンに対して閃は軽い態度を崩さない。どころか初めて人間らしさをレンから感じたことに大変ご満悦な様子である。
「…ご快諾ありがとうございます。それでは貴方に贈り物をお渡ししますので、こちらの紙に血を一滴垂らしてください」
レンは若干の戸惑いの後、日焼けした紙と針を取り出した。
いわゆる羊皮紙であろうそれには謎の言語と模様が赤いインクで印されている。
「これは?」
初めて見る紙と謎の贈り物に興奮を覚える閃。
「一口に探査と言っても危険はつきまといます。俗に言う魔獣もいますし、現地の人々も当然生活しています。神担さんがどのような生活を送ってこられたかは知りませんが、必要最低限の戦闘技術と文字の読み書き、会話能力は必須でしょう」
レンは淡々と説明する。
「まぁスキルと特殊な蒟蒻の贈呈みたいなものです」
「おぉ!」
実は閃も現実より空想に憧れるタイプの人間である。人並み以上にラノベに読み耽った時期もある。憧れを抱いていないはずがない。
「てことは…この針で血を流せばいいのか」
いつも以上に機敏な動きで躊躇うことなく指に針を刺す。
…チクリと少しだけ。
レンの視線が少し冷たいような気がするが当人は一向に気付かない。
流れた血を受け取った紙に垂らした瞬間、光の奔流が閃を飲み込んだ。
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目を開けるとそこは一面が白い空間だった。夕焼けに染まる丘と何故か気になる野草の影も見えない。レンすら。
【やァ。】
あたりを見回す閃に声がかかった。
しかし人の姿は見えない。あるのは無造作に転がっている白い玉のみ。最も、玉の下に赤い絨毯が敷かれていなければ気付かなかったほど、周囲の色と玉の色は似ていた。
「さっきの声はもしかしてそこの玉さん?」
【勿論だとも。あァ、ごめんごめん。人に話をするときは顔を合わせないとね!】
妙に胡散臭い声とともに目の前の球体がぐるりと動いた。
【はじめまして。私こそが理想郷の管理人兼君たちの招待者!その名も―】
「神?」
【正解!よくわかったね!】
「だって書いてるじゃないですか…」
親愛の情を込めたような声音で話しかける球体の正面にはデカデカと神と書かれていた。最早神という字が話しかけてくるような錯覚すら覚えた。
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【大体の話はレンから聞いているだろう?僕は一応彼女の上司みたいなものだからね。顔合わせと君のスキルの決定を行うために君を呼んだのさ!】
「………」
【疑わしそうだね。にも関わらずスキルという単語に興奮してる様は中々面白いね!まァ君の疑念も最もさ。不完全であるはずの理想郷を完全の象徴たる神が管理しているなんて…ねェ?】
「スキル下さい」
【おッと…そう焦らない焦らない。君以外の探索者全員がこっちに来るまで譲渡はしません!面倒くさいからね!私の目測では君とはあと30分ほどお話できるよ!最も来たとしても顔は見せないし声も聞かせないけどね!】
「えぇ…」
鼓膜が破れるかもしれない。
閃は漠然とした不安に襲われていた。
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20分ほど立ったとき、閃の鼓膜と神経は破れかけていた。
【おや…もうみんな揃ったみたいだね!】
その声が止めとなった。
鼓膜が破れた
音がした。