認めたくないモノ
閃が動く度にその風景は崩壊していく。
緑は生えては枯れ、山は隆起すれば崩落する。
創造と破壊。
神話のワンシーンのようなその場面を、司郎は走っていた。
畔によって新しく風景が創造されるまでは閃の事を陰ながら追っていたのだが、いきなり駆け出した閃の姿を捉えきれなくなったのだ。
「ふぅ…疲れるもんだねぇ、走るのって。あ、レンちゃん!?いるー!?神担くんのスキルわかったよ〜!」
最早忍ぶ気もない大声は、しかし。
広がり、重ねられた『風景』に響くのみ。
そこは真昼の砂漠より、ジャングルよりもえげつない環境。
時折聞こえる爆発音が戦闘の継続を知らせていた。
「取り敢えず向こうに行ってみるかな」
レンの元に司郎が着いたのはそれから7分後のこと。
というのも途中でアルルと合流したからである。
司郎単体では普通の人間と同じレベル。
それが彼の弱点であった。
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「あぁ、いたいた。レンちゃん。神担クンのスキルわかったよ。彼のは自分の力を…」
「見ればわかりますよ。脳筋タイプでしょう?それにしても遅かったですね」
「いやいや、聞いてよー。あの子はね、自分の力を上位存在に近づける能力なんだ」
アルルを小脇に抱え、司郎はレンのもとに瞬間移動で現れた。
そのまま彼は閃のスキルについて語りだす。
「多分神様。見た目が日本的なことを考えればモチーフは天手力男命なんじゃないかな」
「脳筋なことには変わりないでしょう?」
「まぁそうっちゃそうなんだけど〜、あの子のスキルが力を何倍にする、とかなら良かったんだけど…あの子、筋力固定みたいなんだよね」
「新さん、詳しく」
レンの中の司郎に対する心内評価はかなり低いらしかったが、何やら真剣味を帯びている(ように見える)彼を見て、表情を引き締めた。
「まぁまぁ、落ち着いて。とりあえず畔ちゃんのお手伝いしてきてね?アルルモン、君に決めた!」
「んー!」
「それでね、筋力が3倍、4倍…とかだとこの世界ではその能力使用者の使用時点×倍数って感じみたいなんだよね。だから筋弛緩剤とか打ち込めば殆ど無力化出来るのよ」
先程まで司郎の小脇に抱えられていたアルルはトコトコと歩き出す。
よく見れば司郎の腕は細かく震えており、筋肉が限界だったのだろう。
「けどあの子のは明確に到達点がある。つまり…あの子はどんな状況でも力の神としての力を発揮出来る…というよりあの子の行動の結果が力の神が行ったものとして世界に現れる…そんな感じ。だから無力化は厳しいんじゃないかな?長失〜」
「ッ!伝えてきます!」
レンが思ったよりも複雑な閃のスキルとその深刻さに眉を潜めた彼女は走りだそうとする。
「ん〜と。僕さんは?休んでて良いの?」
「駄目です。一緒に行きましょう」
「アルルモンに通信機持たせてるからさ〜、聞こえてると思うんだよねー」
「…アルル実はアホの子何です。普段喋らないので解りにくいですけど」
唐突なレンの衝撃発言に空気が凍る。
絶え間なく聞こえていた破砕音も気にならないほど、その場を支配した思考。
((やっちゃった))
「……僕さんは急ぐ事にします。あの子の狙いはレンちゃんだから…アルルモンに任せるよ」
「え…」
そう言い残し、司郎は位置交換を使いアルルをレンの元へ、自身をアルルのいた場所へと転移した。
「むむー!……ん?レン、レン、なんでいるの?」
「…アルル、新さんが貴女には任せられない。アホの子だから。…と……貴女と場所を交換して行っちゃいました」
本人の知らぬところで無罪の増える司郎であった。
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「アハ…そろそろ教えて?何でここを壊すの?」
自分の声が震えているのがわかる。
度重なるスキルの使用に人外な動きを見せる神担くんを目と体で追い続けていたから。
「なんで…かぁ…僕、質問するばっかでされたこと無いから新鮮だなー。ねぇ、今どんな気分?」
無邪気にそう返してみせる神担くん。
彼の衣装はどんどん変わっている。
いつの間にか目が赤くなってる彼。
麻の簡素な着物を纏うだけだった彼の体には手首や足に注連縄が巻き付いている。
「アハ。ワタシ、の、気分?神担くんのことを知りたい気持ちでいっぱいだ…よ!」
私は叫びながら新たな風景を投影する。
石柱を創り出して彼を空に打ち上げる為に。
しかし彼はいとも容易く…踏み込み一つで石柱を均し、笑いかけるのだ。
「僕のこと?うーん…そうだね。僕はね、ここでの思い出を無くしたいんだ。無くなっちゃえば思い出す事もないんだ…もう、レンさんのことで悩まなくて済むんだ」
そう言いながら右手を振り回し、暴風を巻き起こす彼に恐怖した。
彼は左手にいつも額縁を握って離さない。
右手だけ、しかもまるで力む様子のない腕の一振りで大木さえ地面から引きちぎる程の暴風を引き起こすのだ。
「うっ…つつ…アハ…は…なんでそうなったかは知らないケド…少なくともその額縁が原因みたいだね…」
さっきから神担くんが大事にしている額縁。
それは布が覆い被さっており、視線を完全に遮断している。
…見てみたい気もある。
だけどきっと。
私には耐えられないのだろう。
痛みも、苦しみも誤魔化すためだけに笑う私には。
「…これの話はしないでくれるかな?思い出しちゃうじゃんか…耐えられるはずが無いんだ…僕が信じていた人が笑顔を浮かべる姿なんて…僕はもう二度と見たくない。僕の記憶には無表情なあの人だけでいいんだ!」
彼は叫ぶ。
過去のトラウマを振り切るように。
そのトラウマを引き起こすのが額縁なのに、彼の心は額縁でしか満たせない。
そんなジレンマを抱える彼に、私は何が出来るんだろう?
「…そういえば、畔さん。君もよく笑うよね。うん。元気なのはいいことだよ…お願い。そのままで居て、ね?」
「アハ…言われなくても…だよ。それにしても、笑顔に随分執着してるのね」
笑顔を巡って彼に何があったのかは知らない。
唯、今ここで苦笑いを浮かべたのは最大の悪手だったのだろう。
今、地に伏していく自分の体を他人事のように見届けながら、そう、思い返していた。
彼は私が笑った瞬間、激昂したのだ。
彼は周囲に風を巻き起こし、私の風景を尽く破壊した。
そんな中、彼の額縁に巻いてあった布が解けたのだ。
あるはずも無い…いや。
そんなものがあるとは考えもしなかったモノと目があった気がした。
「〜〜ッ!」
声にならない悲鳴。
私の喉は虚勢では無く、認めたくない現実の肯定の証を叫ぶ。
そこには。
血に塗れた白髪。
人形のように透き通った肌。
生物的な凹凸。
出会って間もないが既に親友とも言える人物の…切り落とされた顔。
能面のようなレンの顔が飾られていた。
腰の抜けた私は崩れる風景に蹂躙され、地面に伏すのみ。
意識が途切れる数秒前。
聞かなきゃいけないのに。
「『―――――――』!!」
彼の声すら聴こえないまま。
…突如出現した灰色と紫色。
私は意識を失った。