出発
「んむ…おはよ…ぐぅ…」
宿屋…商店街の近くという強力な立地条件を得ているここの名前は【たまり場】である。
よほど主人のセンスがないか面倒臭がりなのだろうか、ともかく第一印象はよろしくない。
そんな宿屋に泊まる畔、アルル、縞崎、そしてレン。
無論縞崎だけ一人部屋である。
「アハ。また寝てるし」
開口一番早速また眠り始めたアルルを見る畔の目は妹を見る姉のような色を浮かべていた。
「そういえば…カムくんは?」
「…それ本人の前で言わないで下さいね?絶対嫌がりますよ」
「アハ。そお?ところでザッキーといえばなんか忘れてるような…あ!」
「それも駄目です」
「アハ…ツワムもらって無い…」
「昨日のでしょう…今日買えばいいじゃないですか」
丁度その時ドアが3度叩かれた。
「はい。なんでしょう」
噂をすればなんとやら、ドアを開けると縞崎が立っていた。
「アハ。カムくんだー」
「畔!」
もともと気怠げな彼の目に剣呑な雰囲気が見え隠れする。
「縞崎さん…」
「…いいよ別に、さっきこれ捕まえてきたんだけど」
「話題は区切りましょうね…」
「アハ。レンもタイヘンだねー」
「畔…」
力なくうなだれるレンと捕まえられてる謎の男二人組。
「アハ。で、それ誰?」
「…彷徨いてたから……ん」
「諦めないで!?」
「畔、私が説明します」
中々に苦労性である。
前途多難だな…と再び目覚めたアルルはレンを見てこっそりと同情した。
「昨日の昼色々買ったでしょう?それに皆さんは服装もこちらにないものばかりですし、賊に目を付けられたんでしょうね」
「……賊?」
「アハ。アルル起きたの?」
「ん」
「アハ。カムくんもありがとね〜。私達を守ってくれたんでしょ?」
「畔。多分彼の散財が原因の8割です」
なんとも言えない空気感。
縞崎はそのまま男を置いていき、自室に戻るのであった。
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「…で彼どうします?」
「アハ。調べてみようよ」
「そだねぇ」
よく見ると一人は男は全身紫のタイツ姿だった。
「……あれ?」
「アハ。この人も探索者仲間じゃん」
「…私は何処に…?」
紫タイツ…もとい新 司郎は力なく倒れ付していた。
「…廊下においとこ」
反対意見は無かった。
「じゃあこちらの人は誰なんでしょう」
「アハ。マジの賊だったりして」
「なんで結託してるんですか…」
賊と思しきスカーフェイス+スキンヘッドの男は取り敢えず縞崎に返すことにした。
「縞崎。お届け物」
アルルにノックという概念は無い。
ただ突入あるのみである。
「…要らない」
縞崎は床に伏し、固まっている。
傍らにはペンと紙が置かれており、ペンはひとりでに動いていた。
「さっきの人達。一人は仲間だった。も一人はわかんない」
「……」
「だからあげる」
「…わかった。かたすよ」
「かた…す?」
「片付けるよ」
二人とも無口なため会話の間がとても長い。
最も、比較的アルルは喋っている方、と本人は思っているのだが。
その後の名も知らぬ怪しい男の行方は誰にも知られなかったと言う。
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新 司郎は目覚めと同時に廊下に頭から衝突していた。
「あっ…痛ぁあぁああぁああああぁ!?」
「ん!ん!」
「アハ。うるさ」
「ちょっとぉおお!酷かぁないかね?ねぇ?え?なんでこんなとこに転がされてるの?え?え?あ。そうか。逃げてきたんだった」
「アハ。急にテンション変わってるし…アルル、関わっちゃ駄目だよ」
「ん。わかった」
「二人とも。あとは私が」
レンは何やら深刻そうな表情を浮かべていた。
「司郎さん。現状貴方には盗賊と結託して私達を襲おうとした疑惑があります。それについては一旦置いておきましょう」
「え?あの人盗人だったの?」
「単刀直入に…え?違うんですか?」
「逃げてくる時にここらへんでマブイ娘達見なかった?って聞いたら…ぃ痛痛痛痛で」
言い方がお気に召さなかったのか、アルルは無言で腕を捻りあげていた。
「待って!?待って!?あや、謝るから…折れる折れる俺ルール…イタイイタイイタイ」
「アルル、畔、そのあたりで」
「ん。わかった」
まだ目の怖いアルルと畔。
レンは勝手に不審者扱いしてしまったことを悔いるも時既に遅し。
縞崎の手に掛かったらどんな状況になるか、想像もつかない。
取り敢えず冥福を祈っておくレンだった。
「それで…誰から逃げてきたんですか?私も居ないみたいですし…」
「わからないんだ。急に後ろが爆発して…あ。仮想域にいたんだけどね。場所は『雨』。それで次の瞬間レンが居なくなって…ていうか蒸発した?比喩じゃなくて…だけど僕にもスキルがあるからね。必死に逃げてきたんだ」
「………」
レンの表情が曇る。
「すみません。上司と連絡を取ってみます。…………はい。仮想域『雨』は…消滅しかけているそうです…」
「やっぱり?事前に神担くんの話を聞いてたから何となくそう考えてたんだけど」
何故か司郎からは楽観的な響きを感じる。
それがひどく場違いで。
違和感で違和感を塗りつぶすような。
畔は漠然と疑問符を並べるしか無かった。
「…恐らく。行方不明になった神担 閃さんでしょう。アルル。縞崎さんを呼んでください。急遽仮想域『雨』に向かいます。目標は神担閃の確保、拘束です」