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私の欲しいもの1

 

 シンクレアはへなへなとその場にへたりこむ。目を逸らせないでいる私を、シンクレアは見つめ返す。私を見上げる不細工な顔は、不器用に不格好な笑顔をつくっていた。その輪郭がほの白く光っている。


「せっかくのバースデイ・パーティーに水を差して、すまなかった。お誕生日おめでとう」


 私は金縛りにあったみたいに、身動ぎひとつできなかった。いつのまにか背後に親父が立っていたんだけど、振り返ることはおろか、驚くことすらままならない。


 親父は私の肩を掴んだ。醜い親父はご機嫌麗しく、人を食ったような薄ら笑いを浮かべている。楽しめそうな獲物を捕まえたときは、いつもこうなる。


「良い知らせだ、シンクレア警部補。君の晴れ舞台が決まった。おっと、ミケイラ。残念だがお前は仲間にいれてやれないよ。約束を反故にするわけにはいかんのだ」


 親父は神妙な顔をして、うんうんと首肯く。引き結んだ唇がひらいて微笑に変わる。その端はぷるぷる震えていた。こらえるのをやめてしまうと、それはすでにまぎれもない冷笑になる。私は親父の不気味な笑顔から視線を逸らした。


 私はシンクレアを見つめた。シンクレアはひどく怯えている。でも、その心は折れていない。固い決意が揺れる心に芯を通しているんだ。その芯はまるでダイヤモンドみたいに強くて、透き通っていて、きらきら光っていた。


 体中の細胞がざわめく。炭酸水の泡みたいに、ぱちぱちと弾ける。それだけじゃなくて、ぐらぐらと沸き立つようだった。


 こんな男は、他にいない。そんな考えが頭を過った次の瞬間、私は大きな声でこう口走っていた。


「このひとがいい」




 私は振り向き様に親父の太鼓腹に飛び付いた。 親父が目を丸くする。


 親父が驚くのも無理はない。私の方から親父に触れるなんて、あり得ないことだもの。この狸おやじのことだから、何が何やらさっぱりわからんって、とぼけて、面白がっているだけかもしれないけど、そんなことはどうでも良い。私はたたみかけて言った。


「プレゼントは、このひとがいい」


 私はシンクレアを指差して断言する。親父は目をぱちくりさせた。


「そいつがパパからの贈り物だ。可愛い可愛いスノーウィ。犬はいいぞ、ミケイラ。犬は決して主人を裏切らん。詮索好きの警部補さんと違ってな」


 親父は顎をしゃくり、私の足元でちょこんと座っているスノーウィを示す。グリーンの瞳が私を見つめている。私のために磨きあげられた宝石だ。どこからどう見ても完璧な、人工的な美しさ。


 私は親父の体を押しのけて、右手を振りあげた。渾身の力をこめて、スノーウィの頬を張る。スノーウィは私を凝視する。私の怒りの理由がわからなくても、私の怒りが自分に向いていることはわかるだろう。しおらしく床に伏せた。


 親父は困り顔で私を見下ろしている。その表情とは裏腹に、親父がこの事態を面白がっていることが、私にはわかる。茫然自失のシンクレアを指さして、私は要求を繰り返した。


「このひとがいいの。このひとをプレゼントしてくれるなら、犬なんかいらないわ」


 スノーウィが跳ね起きる。四つん這いになると、くんくんと甘ったれた声を出して、私の周りをぐるぐる回る。いじらしく私の気を惹こうとするスノーウィを一瞥して、ひょっとするとこいつは私に捨てられたら後がないことを知っているのかもしれないと思った。


 親父は無言でスノーウィとシンクレアを見比べていた。暫くしてから、格子の前で腰を曲げて親父は、にっこりとシンクレアに微笑みかける。


「ミスター・シンクレア。君に選ばせてあげよう。自尊心を殺してミケイラの愛玩犬になるか。或いは、調教師の世話になってミケイラの忠犬になるか。君が選びなさい」


 私はガッツポーズをした。親父の許しを得られたらもうこっちのもの。つまり、シンクレアは私のものってこと!


「ありがとう、パパ!」


 親父の太鼓腹に抱きついてご機嫌とりをしてやってから、私は意気揚々とシンクレアを振り返る。

 シンクレアは私の足元を凝視している。命の恩人である私の爪先にキスを贈りたいの? ……違う、そうじゃない。シンクレアは私には見向きもせず、スノーウィを見つめているんだ。

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