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二流魔導士と人ならざる仲間達  作者: 画竜点睛
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足取りを追え

 教会の中にはそれなりに多くの人々が集まっている。精霊教を狙った連続殺人事件が起きているというのにこうして集会に集まり祈りを捧げるというのはここにいる人々は余程の信仰心を持っているのだろう。

 そんな彼らは突然教会に押し入ってきたアイザ達を見て目を見開いているが、それも当然である。

 信仰のため祈りを捧げていたら武装した兵士を連れた権力者がズカズカと入り込んできたのだから。


「皆さん、お取り込み中の所大変失礼します! 最近起きている連続殺人事件についてこの教会を捜査させて頂きますので、その場から動かないように!」


 全員に声が届くように、また不振な行動を起こさないようにあえて威圧的に大きな声を張る。


「アイザ様…これはいったい…」


 驚きにどよめく民衆の中からこの場の責任者であるヘルホップが出てくるとアイザの元へとやって来る。

 だがここで態度を弱める訳にはいかない。強気な態度のままアイザは口を開く。


「ヘルホップ司教、突然かつこのような訪問で大変申し訳ありません。例の殺人事件の手がかりがこの教会にないかどうか捜査をしに来ました。遺憾に思うところもあると思いますが、どうかご協力をお願いします」


「突然そう申されましても…今は祈りの最中です故、どうか…」


 ヘルホップとしては精霊教の祈りを捧げている最中。宗教上邪魔をされるなどあってはならないと考えて捜査はせめて集会が終わってからにして欲しいと思っていた。


「ご事情は分かっています。しかしこれまでの事件から考えればもし次の被害者が出るとすればこの時間にこそ犯行が行われる可能性が高いのです。可能であれば現場も押さえたいと思っているのです…事件の早期解決のためどうかご協力を」


「それは……分かりました」


「司教様!?」


 ヘルホップ司教は迷う仕草を見せるも、一息つくと捜査に同意した。シスターや民衆は驚きから声を荒げるもののそれを司教が手で制した。


「皆さんの安全のため、そして危険を感じ祈りを捧げに来れない人々のためにも、ここは耐える時です。アイザ様、何かご協力できる事はございますか?」


「感謝します、ヘルホップ司教。では皆さんには兵士による聞き込みの調査を行います。順番に、教会周辺や集会において何か変わった事はなかったか等を中心に教えて下さい。発言は記録されるのでくれぐれも意図して虚偽の証言はしないようお願いします」


 控えていた兵士が3人前へ出ると羊皮紙の束と羽ペン、インクを荷物の中から取り出した。

 これは正式な聴取でありここで話された事は正式に記録されライアンス家預かりとなる。

 それはつまり、後から虚偽の証言をしたと分かろうものなら厳罰に処されるという事である。


「分かりました。皆さん、椅子と机をこちらに」


 ヘルホップの指示により聴取のために簡単な椅子と机が3セット用意され、机の上に羊皮紙と羽ペンとインクが用意される。

 兵士が椅子に座り、集会に集まっていた民衆が3人ずつ聴取されることとなった。


「私と兵士の1人はこの場で不振な者がいないか見張りを行い、残った兵士2人は教会内の捜査をお願いします。ただ、教会内の物は可能限り丁重に扱って下さい」


 現場を監督するアイザは護衛の1人と共に全体を監視する役割となり、手すきの兵士2人は部屋の中に怪しい物がないかどうか調べる事になり捜査が開始された。

 聴取の内容は主に、ここ最近の集会で変な事は無かったか。教会、及びその周辺で事件前後での変化は無かったか。被害者の特徴、被害者との関係はといったものだ。

 地位は関係なく一般市民、シスター、司教にも同じ事を聞いては羊皮紙に記録していく。


「…アイザ様、もしこの捜査で有力な情報が手に入らなければどうするのですか?」


 護衛についている兵士が小声でアイザに問いかける。視線そのものは民衆や部屋に向いているため警戒はしているらしく、単なる興味本位で聞いているのだろう。


「決定権は兄上にありますが、恐らく兄上が痺れを切らせば町中を強引な捜査をしてしまう可能性もあります。だからここから何か手がかりを得ないといけないんです」


 父であるトールから領地を預かってから慣れないながらも上手く領地を回していたカインだが、邪神教団の蠢動を許してしまっている。

 このままではカインの評価にも関わってきてしまうため強引な捜査が断行される可能性も高いため、ここで何かしら邪神教団の尻尾を掴まなければならないのだ。


 そうして捜査を進め、3時間以上の時間がかかったが聞き取りは終了した。

 纏められた羊皮紙の書類に目を通してアイザが思った事が幾つかあった。


「共通している点として、最近ゴメリー司祭が集会を欠席しているという事が挙げられるか。それも集会の少し前には教会で目撃はされているがその後見かけなくなり、集会が終わる頃に戻ってくると…」


 ゴメリー司祭の不審な行動が証言されているが、教会のシスターやヘルホップ司教は医者としての仕事で出て行く事は昔からあったとも証言している。


「どうしますかアイザ様?」


「…母上を診てくれているゴメリー司祭を疑うのは気が引けますが怪しいのは間違いないですね」


「怪しいのですか? 司教様やシスターの言うとおり医者としての仕事のために集会を欠席しているのでは?」


「怪しいのは集会直前までは教会にいて、戻るのが集会終了間際だということです。それに患者を診に行くのであればヘルホップ司教に一言言えばいいのにそれもしていない。つまり教会で集会直前に目撃されてから再び教会で見かけるまでに彼にはアリバイが無いんです」


 結局のところゴメリー司祭にはアリバイが無いというのが1番怪しい点だった。故にこの場にいないゴメリー司祭にも聞き取り調査をしなければならないのだが…。


「…本来ならもう戻っても良さそうですが、その気配も無さそうですね」


 普段ならばもうゴメリー司祭が戻ってきてもよさそうだが、今日はその様子も無い。本当に診察ならば患者の容態が変化して帰りが遅くなるという事もあり得そうだが…。


「ヘルホップ司教、もう少し教会内を見て回ってもいいですか?」


「構いません。よければ私もお供しましょう」


「お願いします」


 アイザはヘルホップ司教も連れて教会内を捜索する事にした。

 アイザにはもう2つ気になる点があったのだ。ゴメリー司祭がいなくなる際、何故誰にも気づかれずに教会から出る事ができるのか。そして何故気づかれないように外へ出る必要があるのかという点だ。

 この大広間には恐らくだが何も無いだろう。

 いくら人目を避けようとしてもこの広間に集会に集まる人々の目を避けて外に出るのは不可能だろう。出ようとするなら正面扉か裏口か窓しかない。そのどれもが人目についてしまう。


「ヘルホップ司教、この教会の間取りはどうなっていますか?」


「この大広間と、2階には私の執務室とシスター達の寮があります」


「執務室やシスター達の私室なら人目につかずに教会を出ることはできますか?」


「執務室には人がいない間は厳重に鍵をかけている上に私しか鍵を持っていないので執務室に入る事が難しいと思います。シスターの寮も窓から外に出れると思いますが2階から降りるとなると痕跡が残るかと…」


 アイザはまたしても思考を巡らせる。1階、2階共に人目につかず教会を抜け出すのは難しい。

 ならばどこから出れば人目につかないのか。

 悩ましそうに顔を顰めるアイザを見かねてか、今までアイザの肩で大人しくしていたナナが動き出した。

 ぴょんと肩から跳んで地面に降りると鼻をスンスンと動かして何か臭いを嗅ぎ始める。


「どうした、ナナ?」


「かう」


 アイザを導くようにナナはてててと歩き出したため、アイザとヘルホップ、護衛の兵士達もそれについて行く。

 ナナは鼻をヒクつかせ、耳をピクピク動かして何かを探るようにしながら少しずつ足を進めていくと2階へ上がる階段の元へとやってくる。


「かう」


 そして階段の裏に回ると前足で地面を何度も叩いていた。まるでここに何かあるとアイザに伝えるように。


「ここに何かあるのか?」


「かう」


 ナナに導かれるまま、アイザは階段の裏にある空間の床を調べると小さな取っ手があるのに気がついた。

 どうやら隠された床扉があるらしく、アイザは取っ手を引っ張り床扉を露にした。


「これは…地下に続く道があったのか。ヘルホップ司教、これは?」


「いえ、私もこのような場所があるとは知りませんでした…」


 この教会で長年仕事をしているヘルホップでも知らない隠された地下への入り口。確かに階段の裏側にあっては死角になっておりそうそう発見される事はないだろうし、扉や取っ手もカモフラージュされており発見は難しいだろう。

 それこそナナのように五感に優れた生物が誰かが通った残り香を追ったり僅かに通る風の音を聞かなければ発見は困難だ。


「この地下も調べてみましょう。ここからなら注意すれば人目につかずに教会外に出れるかもしれません。ヘルホップ司教、明かりを頂けますか?」


「はい、少々お待ち下さい」


 ヘルホップはシスターに指示を出してランプを幾つか用意する。

 もしこの隠し通路からゴメリー司祭が出て行ったのならばこの先に事件の核心に迫る手がかりがある可能性もある。

 アイザと護衛の兵士、そしてヘルホップ司教はランプに明かりを灯し地下の捜査を始めるために床扉から続く階段を降りていく。

 地下だけあって明かりがなければ数メートル先を見る事もできないほど暗い。

 階段を降りるとその先は薄暗く嫌悪感を感じる水道だった。


「ここは…下水道…?」


「教会の地下に何故下水道への隠し通路があるんだ?」


 護衛の兵士たちも下水道の臭いがキツいのか顔を顰めながらそう呟く。


「ヘルホップ司教、この通路の事は本当に何も知らないのですか?」


「はい。しかしこの教会が建てられたのは数百年前…戦時を想定し教徒を避難させるために地下への通路があってもおかしくはないのかもしれません」


 教会は戦時中に民衆の避難所になる事も多い。そのため教会に何か仕掛けがあるというのは稀にだが聞くことはあった。


「しかし下水道に通じているとは…捜索は日を改めた方が良さそうか」


 広大な街であるエレラ=シヴィアの地下下水道を捜索するとなるとそれなりの人員と準備が必要にもなる。

 今日の成果をカインに報告し、後日準備を整えてから下水道の捜索隊を編成して捜索をし直すべきであると判断したアイザは兵士とヘルホップ司教を引き連れて教会へと戻った。

 教会に戻ったアイザは教会内の信徒やヘルホップ司教、シスターに向けて深々と頭を下げた。


「ヘルホップ司教、そして信徒の皆さん。本日は突然の聴取と捜査、大変失礼しました。そして感謝を。一連の事件に関して今後も最善を尽くさせて頂きます」


 どよよと民衆から驚きの声が漏れ、護衛の兵士達も目を見開く。

 貴族が平民に頭を下げるなど本来天地がひっくり返ってもあり得ない事だが、その事を気にした素振りもなくアイザは頭を下げてみせた。


「アイザ様、どうか顔を上げて下さい! 一連の事件を解決して頂けるのだが私達にとって何よりの対価です」


 ヘルホップ司教にそう言われてアイザはホッと胸を撫で下ろし頭を上げた。


「ありがとうございます。事件解決に全力を尽くします」


 宗教上の祈りを中止してまで協力してくれた民衆に改めて感謝をしながら、アイザは屋敷への帰路に着いた。

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