アイザ・ライアンスの日常
アイザ・ライアンスが使い魔召喚を行いレインボーカーバンクル、ナナを相棒にしてから5年の月日が経った。
あの日から4度の誕生日を経てアイザは現在14歳。そして15歳の誕生日を目前にしている。成長期を過ぎて体格も大きくなり少年から青年へと成長している。
街の近くにある平原の丘にまで散歩をしにきたアイザとナナはそろそろ家に帰ろうとエレラ=シヴィアの門を潜り大通りを歩いていた。
この5年で更に発展したエレラ=シヴィアは多くの人々が行き交い活気に溢れていた。
門を潜った場所は街に出入りする場所のため自然と人が集まり、馬車や荷車が多くなり積み込まれた荷物も多くある。
置いてある樽から溢れるように詰め込まれているリンゴを見てアイザの肩に乗るナナの瞳が輝いて駆け出そうとする。
「かうかう!」
「こらナナ、ご飯は家に帰ったらあげるから」
が、それを予想していたアイザによって肩から降りようとするナナの首根っこを掴んで引き止める。
「かう~」
「そんな顔してもダメだ。ほら、帰ろう」
不満そうな顔をするナナを再び肩に乗せると屋敷に向かって足を進めていく。
その途中で5年前と変わらず老若男女関わらず多くの人々に声をかけられる。
時に小道具を取り扱う屋台の男性から。
「アイザ様、こんちは! ウチの商品で何か目ぼしいモンはないか見てかないか?」
「どうもセインズさん。申し訳ないけど今日はご遠慮しときます」
また時にはパン屋を経営している美人若妻から。
「あらアイザ様ごきげんよう。もうすぐお昼ですけれどよろしければ私の焼いたパンは如何ですか?」
「マリリンさんこんにちは。ありがたい申し出なんですけれど屋敷に用意があるのでまたの機会にお願いします」
他にも街の片隅で椅子に座っている老人から。
「おやアイザ様…お元気ですかな…」
「はい、タイラーさんも元気ですか? お体には気をつけて下さいね」
そうして歩いていると街の中心部にあるアイザの家でもあるライアンス侯爵家の屋敷が見えてきた。
門番のいる屋敷の門を潜り屋敷に入ると食事をするための大広間へと向かう。
時折メイドたちとすれ違うと、メイドはコソコソとアイザに内容が分からないようにと話をしている。
周囲はアイザの召喚した使い魔を唯のカーバンクルだと思っている。アイザも特に否定することはしなかった、
というのもこの15年でアイザが調べた限り、サモモンで最高レア度を誇った☆6のモンスターはほぼ伝説上の存在となっている。無論ナナの種族であるレインボーカーバンクルも伝説でしか伝わっていない未確認生物となっている。
そんな伝説のモンスターを召喚したと分かってしまったら変に注目されてしまう可能性も高いと思い黙っていた。
ただのカーバンクルなら☆1程度のレアリティでありこの世界でもありふれた幻獣である。
しかしライアンス侯爵家において最弱クラスの幻獣であるカーバンクルを使い魔としてしまったと認識されているアイザはメイドや使用人からも陰口を言われてしまう生活を送る事になっていた。
2階にある大広間にたどり着いたアイザは扉を開けて中に入ると、中では先にイリーが席に着いていた。
「母上、お待たせして申し訳ありません」
「ふふふ、構わないわよ。時間には間に合っているしね。今日はどこまで出かけていたの?」
この5年でイリーの体調は少しずつ悪くなってきてイリーの頬は5年前よりさらにこけており、目の下に隈も見えていた。
「今日は街から少し出てすぐそこにある丘にまで行ってきました。そこで景色を見て回ってきました」
「そう…今日は天気も良いし綺麗な景色だったでしょうね。私も体調が良ければついて行きたかったのだけれど」
最近イリーは外に出歩くことさえできなくなってきていた。
メイド達の手を借りて屋敷内を移動することはなんとかできるのだが、1人では歩くことさえ出来なくなってきていた。
「母上、本当に大丈夫なのですか? 母上の体調が悪くなってからもう8年になります」
「大丈夫よ。お医者さんが言うには私の体調が悪い原因がもう分からないようだけれど…精神的にはまだまだ元気だから」
アイザは心配するが、イリーはそういって笑顔を浮かべる。
それが我が子を心配させまいと強がって浮かべる笑みなのは誰から見ても明らかだった。
イリーの体調不良の原因は医者から見ても最早分からなくなっており、治療法さえはっきりとしていなかった。
何が原因なのかが分かればアイザとしても対処のしようはあったのだが…。
とりあえず折角の母親との食事の席のため、アイザはイリーの向かいにあたる席に腰を降ろす。
メイドたちによって食事が運ばれてくる。
アイザの食事は貴族としては普通のものが運ばれてくるが、イリーは弱っているため麦と薬草を使って作った粥くらいしか出てこなかった。
食事の手を進めるにあたって何か話そう話題を探そうとするアイザだったが、その前にイリーが口を開いた。
「そういえばアイザ、最近邪神教団という人達が街に出入りしていると聞いたのだけれど、本当かしら?」
邪神教団。その名の通り邪神と呼ばれる強大な存在を信奉し現在の社会や秩序を破壊しようと企てている一団である。
活動内容は邪神への貢物として無垢な者を攫い生贄にしたり、悪魔の召喚を行ったりと冒涜的な物が多く各国で邪神教団の幹部は指名手配をされている。
「確かに噂は聞いています。しかし街に入る際の荷物検査だけでは団員かどうかの確認は難しいようでどれほどの団員がエレラ=シヴィアに入っているかは分からないのが現状ですね」
アイザはライアンス家の中では1番街に出る頻度が多く市場の情報を多く持っていたが、それでも噂以上の事は分かっていなかった。
エレラ=シヴィアはライアンス侯爵領内で最大の都市であり人で溢れている。邪神教団は勧誘活動も熱心に行っているという情報もあるため、人口の多い都市にはよく現れるとも言われている。
統治に不満を持っていたり、人生に絶望した人々を勧誘して仲間に加えることが多いと世間では言われているが性質が悪いのはそういった演出を自作自演で行ったりする事である。
アイザが噂で聞いたのはある女性を薬漬けにして壊し、絶望していた婚約者を勧誘したなどといった手口を耳にしていた。
「父上が目を光らせていたから領地内ではあまり見なかったのですが、最近は活動範囲を広げているという風にも聞いてはいます」
「今はトールが王都に出ているからそのせいかしら…。カインのせいとは言わないけれど…」
現在当主のトールは王都からの召集礼を受けて国の中心でもある王都へと数ヶ月間家を出ているのだ。その間ライアンス侯爵家は長男のカインが治めている。
カインは既に19歳となり、成人してから4年間はトールの領地経営の手伝いをしていた。トールが領地を留守にしている間はカインが領地を治めていた。
「ええ、兄上はよくやっていると思います。しかしやはり父上と比べてしまうと…」
若いながらもカインはその優秀さで上手く領地を回していた。だがやはりトールと比べてしまうと経験の差か拙さが目立っていた。
そのせいかこの所邪神教団の動きが活発になっている。
アイザとしても何とかしたいのだが、邪神教団という不気味な組織に正面から向かい合うのは正直尻込みしてしまっている。
自警団やライアンス侯爵家抱えの兵士達に任せておく方が良いだろうとも思ってはいるのだが。
と、そうして2人が話しながら食事の手を進めていると大広間の扉が開く。
「しつれいしまーす…あ、ダメな方の兄上だ」
「屋敷にいるなんて珍しいですね。いつも小汚い街を駆け回っているのに」
部屋に入ってきたのは8歳になったクエルクとクエリアである。彼らもこの5年で幼さを残しながらも成長していた。
だがかつてアイザに懐いていた様子は見る影もなく、生意気にもアイザを馬鹿にした口を叩くようになっていた。
これに関しては彼らの世話をしていたアイザの陰口を言うメイド達や、成長しても相変わらずアイザを虐めるカインを見て成長してしまった事が原因である。
「お母様、いつも思うのですがなぜダメな方の兄上と親しげにしているの?」
「今日も街に出ていたんでしょう? 汚れた体で母上や私たちと同じ部屋にいるなんて不快です」
「クエルク、クエリア…自分の兄であるアイザをそのように言うのはよくないわ」
イリーが注意をするも、2人は意に介さない。
「ダメな方の兄上、まだその使い魔を連れているんだ」
「そんなカーバンクルなんて処分して新しい使い魔を召喚すればいいのに」
「かうっ」
アイザの肩に乗っているナナを見てそう呟くクエルクとクエリアにムッとしたのか、ナナは肩から降りて地面を走るとクエルクに跳びかかる。
クエルクの頭に飛び乗ったナナはガジガジと頭を齧るようにして歯を立てた。
「いたたっ!? な、何するんだコイツ!」
「かうがう!」
「こらこらナナ、ダメだって」
「がうがう!」
クエルクの頭に食いつくナナを慌てて引き離すアイザ。首根っこを捕まえて宙ブラの状態にするアイザだが、ナナは噛み足りないのか鼻息を荒くして暴れていた。
実際に呼び出した使い魔が気に入らず、送り返したり処分したりして召喚しなおすという話もよく聞くのだが、アイザはナナを処分するつもりなど更々ない。
「クエルク、あんまりナナを怒らせるなよ」
サモモンにおいてレアリティ☆6のステータスを持つナナはそこいらのカーバンクルとは桁違いの攻撃力を持っている。
無論魔法型のステータスのため☆6の中では低い方なのだがそれでもナナが本気で噛み付けば子供1人楽に殺してしまえるだろう。今のはナナが手加減したから無事だったというだけである。
だがそうとは知らないクエルクは恨みがましい目でナナとアイザを睨みつける。
「な、なんだようるさいなっ! 落ちこぼれの癖にっ! 三流使い魔の躾くらいしっかりしておけよなっ!」
「かうがうっ!」
「うわっ! くそ、行こうクエリア!」
「…失礼しますお母様」
ナナが小さな体で威嚇すると、齧られた事で苦手意識がついてしまったのかクエルクは逃げるように部屋を出て行った。
2人はいつも一緒に行動しているため、クエリアもクエルクを追いかけて退室する。
「…困った奴らだ」
「かう」
厄介な性格になってしまったと思いながらアイザは首根っこ掴んでいたナナを肩へ降ろす。
とりあえず食事も終えた事だしアイザはこの後の予定をこなす為にまた出かける事にする。
「母上、私はまた出かける事にします。エレラの森の近くまで行きますが日が暮れるまでには戻ろうと思います」
「分かったわ、気をつけてね」
部屋を出て行くアイザの背中を見送りながらイリーは目を閉じる。
アイザは他者との関係を悪くしないように努力しているが、周囲はアイザの魔法の才を問題視してしまいそれを無碍にししてしまっている。
何かきっかけがあれば、せめてクエルクとクエリアは昔のようにアイザを慕うようにならないかと、イリーは思いを馳せるのだった。