再会は確信の後で
「いたた…ほんとユーリさんは容赦ないなぁ」
日が暮れて街が赤く染まる頃、アイザはユーリとの訓練を終えて屋敷へと戻っていた。
自分で自分に治癒の魔法を使いユーリから受けた傷や痛みを癒したアイザだったが、全ての痛みが取れるほどではなく体のあちこちがズキズキと痛んでいた。
体を擦りながら廊下を歩くアイザの元へメイドの1人がやって来ると淡々とした口調で話しかける。
「アイザ様、トール様がお呼びです。急ぎ執務室に来るようにと」
「父上が? 分かりました」
魔法の素質があまりないアイザをほぼ見限っている父が自分を呼ぶとは珍しいと思いながらアイザは先導するメイドについていき屋敷の2階にある父の執務室へと向かった。
執務室に到着するとメイドが扉の横にずれてアイザに道を開けたため、アイザは扉をノックする。
「父上、アイザです」
「入れ」
扉越しでも分かる威厳のある低い声を聞いたアイザは扉を開けて執務室へ入った。
執務室の中には兄であるカインと、年齢によって白く染まった髪を整えて立派な口ひげを蓄えた礼服姿の男、そして大きなテーブルを挟んで立派な椅子に座る茶髪をオールバックに固めた小太りの男がいた。
白髪の老齢の男はこのライアンス家に仕える執事長のフロイド。そして茶髪の小太りの男こそアイザ達の父親にしてライアンス侯爵家当主のトール・ライアンスである。
「父上、お呼びとの事で参上しました」
「遅いぞアイザ! いったいどこに行っていたんだ!? まさかまた街へ行って薄汚い冒険者と関わっていたんじゃないだろうな!」
「兄上、確かに私は1人で街へ出ていました。その事を含め遅れた事は謝罪致しますが冒険者を薄汚いというのはあまり褒められたものではないと愚考しますが」
アイザが来るのまで待っていたことが気に入らなかったのか、入室したと思ったらすぐさまカインはアイザに向けて怒声を飛ばす。
これにはアイザも少し顔を顰める。兄が平民を軽蔑しているのは知っていたが、言って良い事と悪い事がある。
冒険者は時に貴族からも重宝されることもあるというのに、そのような態度で冒険者と接する機会があったらトラブルを起こしかねないとアイザは今から兄の事が心配だった。
「なんだと貴様…!」
「そこまでだカイン。私も冒険者に依頼を出したことはあるが、奴等は使える者は使える。平民だからと無闇に下に見るのはよせ」
「……」
父であり当主であるトールにまでそう言われてしまえばカインも黙るしかなかった。だがぶすっとした表情をしているため納得はできていないらしい。
「そのような事より本題に入るぞ2人とも。明日、お前達の使い魔召喚を行う事にした」
魔法には召喚魔法と呼ばれる系統の魔法が存在する。別の場所にいる存在を―もっぱら幻獣をだが―召喚者の元へと即座に呼び寄せる魔法である。
そのためには召喚する側とされる側で予め召喚における魔術的契約を結ばなければならない。召喚にあたっての条件や、召喚後の関係性の確立、召喚後の働きなどを事前に決めておくことを召喚契約と呼ぶのだ。
そのため条件が合わなかったり相手に条件を呑んでもらえなかったりする事もあり、召喚契約をうまく結べない事も多い。
しかし何事にも例外というものが存在し、使い魔契約はその筆頭である。
「おぉ! 本当ですか父上!」
「使い魔は一生のパートナーとなる上、魔導士の実力を見るなら使い魔を見ろというほどだ。優れた使い魔を召喚するのだぞ」
「はい! このカイン、最高の使い魔を召喚してみせましょう!」
先ほどのぶすっとした表情はどこへやら。カインは使い魔を召喚することで興奮しておりトールに詰め寄って召喚する使い魔について熱く語っていた。
一方のアイザは目を瞑りある事に思いを馳せていた。
明日、10年間待ち続けた日が来ると。
きっとかつての相棒に再会できるのだと、自分でもなぜかは分からないが確信していた。
「では明日の正午に屋敷の中庭にて行うことにする。フロイドそのつもりで明日の予定を組むように」
「かしこまりました」
こうしてアイザとカインの使い魔召喚の日程が決まり、2人は執務室から退室する。
アイザは明日が待ち遠しく、早めに寝ておこうと思い自室へと向かおうとするが、カインはニタリとした嫌な笑みを浮かべてアイザの背に声をかける。
「アイザ、明日が楽しみだなぁ? 俺が召喚できるのはドラゴンか…ユニコーンか? お前もせめて森狼くらいは召喚できるといいな?」
「……」
「…おい、アイザ?」
虐めの一環としてアイザを挑発するような事を言うカインだったが、アイザは何も言わずに立ち止まった。
そして振り返ると―
「ええ、本当に楽しみです」
―本当に楽しそうな、太陽のように明るい笑顔でそう言った。
「それと兄上、ユニコーンは純潔の乙女のみに使い魔召喚が可能なので、兄上には難しいと思いますよ」
去り際にユニコーンに対する情報を修正しつつ、アイザは今度こそ去っていった。
残されたカインは面白く無さそうに舌打ちをして自室へと戻っていくのだった。
次の日はよく青い空が広がり太陽が燦々と輝くよく晴れた日だった。
ライアンス家の屋敷の中庭では当主であるトールと妻のイリー、執事長フロイドと使い魔召喚の監督を務めるピアーズ、そして当事者であるアイザとカインの6人がいた。
ここにいないクエルクとクエリアはイリーの部屋でメイドに面倒を見られながら待っている。
中庭にいるのは彼らだけだが屋敷の窓や渡り廊下の隅の方で使用人やメイドたちがコソコソとアイザたちを遠巻きに見ていた。
準備が整うとピアーズが魔法を使い、広い中庭いっぱいに召喚するための陣の光を展開し、アイザとカインに向かい合う。
「それではカイン様から始めましょう。使い魔召喚の儀式についての手順は把握していますか?」
「勿論です。早速始めさせて下さい」
「では魔法陣の中央へ」
カインは中庭中央、魔法陣の真ん中へと移動すると片膝を着いて地面に杖を突き立てる。
使い魔召喚は通常の召喚魔法とは違い、契約を結んでいない相手を呼び出す魔法となっている。召喚される対象は召喚者の能力、潜在能力に比例して相応しい相手が呼び出される…つまり召喚者と相性の良い相手が呼び出される事になっているのだ。
だが全ての使い魔が召喚者に友好的な訳ではない。使い魔契約を行う際に召喚対象に無理な契約をしようとしたり傲慢な態度で接した結果殺されてしまったというケースもある。
危険が伴う場合もあるため、アイザとカインを守るために実力のある魔導士であるピアーズとトールが見守るのだ。
しかし使い魔は契約すれば一生のパートナーとして連れ歩ける魔導士のステータスである。そのため魔導士になった者の多くは使い魔を使役することになるのだ。
カインは心の準備を終えると目を閉じて集中し、魔力を練り上げる。
「我が生涯において隣を歩む者よ、世界を渡る糸を辿り我が元へ現れよ!」
地面に敷かれた魔法陣が輝きカインの前に使い魔として呼び出された相手が現れる。
猛禽類の頭と爪、翼を持ち、馬の体を持つ大きな幻獣。空の王者グリフォンと馬の子供である優れた騎獣、ヒポグリフだった。
「ヒポグリフか…フフ、流石は俺だ。さてヒポグリフ、俺の使い魔になるのならばお前の命を俺が守ろう。代わりにお前も俺を命をかけて守るんだ」
カインが使い魔としての契約を結ぼうとヒポグリフに歩み寄る。
今カインが結ばせようとしている契約はごく一般的なものでありヒポグリフも特に嫌がる素振りは見せずにカインに近づいていく。
「キュルルル…」
見下ろすようにカインを見つめているが、これはヒポグリフの方でカインを主人とするに相応しいかどうかを見極めているのだ。
鋭い嘴や爪は人間を簡単に傷つけてしまうことができるがカインも緊張した様子はなく自然体でヒポグリフの品定めを受けていく。
中庭の土を猛禽類の足で踏みしめ、カインの周囲を1周するとようやく認めたのかヒポグリフが膝を折って契約を承諾した。
「よし、これでお前は俺の使い魔だ。今後は俺の言うことを聞くんだぞ」
「キュル」
こうしてカインは使い魔召喚を終え、召喚の魔法陣が輝き契約が正式に結ばれた。
「父上! 私の使い魔はヒポグリフです! 如何でしょうか!?」
「うむ、空を支配するグリフォンの子。そして優秀な騎乗幻獣として申し分ないだろう。よくやったぞカイン」
ヒポグリフはこの世界の幻獣の中では中々に高位な幻獣である。この結果にはトールも満足したらしく満足そうな笑みを浮かべてカインを褒めた。
カインの使い魔召喚が終わり、次はアイザの番である。
「では次はアイザ様、魔法陣の中央へ」
「ふぅー…」
大きく深呼吸をして心を落ち着けて、アイザは魔法陣の中央に片膝を着いて長杖を地面に突き立てる。
この時を待っていた。
世界に生れ落ちた時は困惑していたが慣れた頃にはこの時を待っていたのだ。
何故かは分からないが、この使い魔召喚でかつての相棒を召喚できるという確信があった。
使い魔召喚には相性というのもあるが、それ以前に縁や絆というものが結べていればそれが優先される事もあるのだから。
「我が生涯において隣で歩む者よ、世界を渡る絆を辿り我が元に現れよ」
カインとは僅かに違う詠唱。糸ではなく絆。魔法陣が輝きを放ちアイザの前に使い魔が現れる。
小型犬ほどの大きさに茶毛のリスのような姿、額に付いている灰色の宝石が特徴的な可愛らしい幻獣がそこにいた。
「かーうー」
小さな耳をピクピクッと動かして見た目と同じく可愛らしい鳴き声を発する。
現れた使い魔を見て、アイザは頬を緩ませながら立ち上がり使い魔の傍まで歩み寄る。
アイザに呼び出された幻獣も、逃げ出したりすることはせずに後ろ足で立ち上がるとアイザの顔を見つめる。
「…契約の内容は1つだけ。俺の相棒になって欲しいんだ。どうかな?」
「かうかう! かう!」
相棒になって欲しい。曖昧にも取れるその言葉では契約は結べないだろう。
だが目の前の小さな幻獣は嬉しそうに目を細めるとアイザの腕に飛びついてよじ登ると、肩の上に収まった。
「契約成立だな。よろしく」
「かう」
こうしてアイザの使い魔召喚も無事終了となった。
そして肩に乗せた使い魔と共にトール達の元へと向かうアイザだが、父であるトールの表情を見て苦笑してしまう。
「父上、私の使い魔はカーバンクルです」
「まさかとは思ったがな。その上無属性のカーバンクルとは…」
苦虫を噛み潰したかのような表情をしているトールだが、ライアンス侯爵家としてアイザの呼び出した使い魔は褒められたものではない。
カーバンクルとは愛らしい見た目と美しい額の宝石によって愛玩幻獣として飼育されている事もあるにはあるのだが強さという点においては最弱クラスの幻獣なのだ。
自分の属性に対応する魔法を扱えるのだがその魔法もあまり強力なものは使えない。肉弾戦に関してもその小さな体では期待は全くできない。
希少性という点から見てもカーバンクルはそれほど珍しいというほどでもない。寧ろカインが召喚したヒポグリフの方が珍しいと言える。
「…もう、よい」
頭痛を堪えるかのように頭を抑えるトール。アイザもトールの立場だったら同じような仕草をしたに違いないだろう。
「イリー、フロイド、ピアーズの3人はこの後執務室に来い。カインは使い魔を庭にある空き小屋に連れて行け。アイザは…部屋に戻れ」
トールはそう言うとイリー、フロイド、ピアーズを連れて早々に屋敷に戻っていってしまった。
そして中庭にアイザとカインだけが残されると、案の定カインがニヤリと笑みを浮かべてアイザに近寄っていく。
「はっ! 昨日も言ったがお前でも森狼程度なら召喚できるとは思っていたが、予想以下だったな。最弱クラスの使い魔を召喚した感想はどうだ?」
「良い相棒にめぐり合えたと思います。本当に、嬉しいです」
嫌な笑みを浮かべてアイザに嫌味を言うカインだが、アイザは対照的に満足気な笑みを浮かべて返答した。
アイザがあまりにも良い笑顔で返答をするものなので、カインも思わず言葉に詰まってしまう。
「では兄上、私は部屋に戻らせて頂きます。また後で」
「かうっ」
トールからの指示もあったためアイザは自室に戻るため中庭を去る。その際に肩に乗っていたカーバンクルがカインの方へ顔を向けて小馬鹿にするように舌を出していった。
しばらく驚きに固まってしまっていたカインだったが、冷静さを取り戻すとなぜかアイザに負けたような気がしてしまい地面の土を蹴って憂さ晴らしをしてからヒポグリフを連れて庭へ向かう事になった。
自室へ戻ったアイザは1人相棒となったカーバンクルを机の上に降ろし、向かい合っていた。
「さて…久しぶりって言っていいのかな、ナナ?」
「かうかう!」
「やっぱりナナだったんだな。なら、宝石の色を変えてみてくれないか?」
「かう! かうー…」
ナナと呼ばれたカーバンクルは嬉しそうに鳴いて後ろ足で立ち上がる。そして全身に力を込めるような動きをすると額の宝石の色が灰色から赤く変わっていく。
「やっぱり間違いないな。レインボーカーバンクル…7色の属性魔法を自在に使いこなす☆6モンスター。サモモンでは世話になったねナナ」
サモモン。正式名称サモンズ・モンスター。剣と魔法が溢れた世界観でプレイヤーが手に入れたモンスターを育て上げて戦うというアプリゲーム。
アイザの目の前にいるナナと呼ばれたこのカーバンクルは正確にはレインボーカーバンクルと呼ばれる種族である。
サモンズ・モンスターにおいて最高レア度である☆6のモンスターであり7つある属性色を自由に切り替えるスキルを持つ唯一無二のモンスターである。
そう、ここはサモンズ・モンスターの世界。
そしてアイザは前世でサモンズ・モンスターをプレイしていた元日本人にして、交通事故で命を失いこの世界に新たに生を受けたのだ。
「さて、これからも頑張らないとな」
「かう」
「今はナナしかいないけど、そのうちサモモンで仲間だった皆とまた会いたいんだ」
かつての仲間というのは前世のサモモンで仲間にしていたモンスター達と再会して共にすごす事がアイザのこの世界での目標になっていた。
「きっと俺1人じゃ無理だけど、ナナが一緒なら心強い」
小さいナナの頭を擽るように撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、ナナもアイザの手にスリスリと頬を擦る。
「頼りにしてるよ、相棒」
「かう!」
新たに受けた生。かつての相棒との再会。それらを経てこの人生を生き抜いていく。
これは二流魔導士とその仲間達が紡ぐ幻想冒険譚。
冒険譚は、未だ序章である。