生と死と青い空
先進国日本の東京。
そのとある街に片手にスマートフォンを持ち、落ち込んだ表情でその画面を見ている青年がいた。
「サモンズ・モンスターサービス終了のお知らせか…」
スマートフォンに表示されているのはあるアプリゲームの画面。そのお知らせ表示は日ごろからゲームを盛り上げるための新情報やイベント情報が掲載されている筈だった。
だが今その画面に出されているのはこのゲームが終わってしまうという無慈悲な現実が映し出されていた。
10年という年月人々から愛されてきたアプリゲーム、-サモンズ・モンスター-、通称サモモン。
ステージをクリアしたり、ガチャと呼ばれるシステムにより手に入れる多種多様なモンスターを様々な要素から育成し技を覚えさせ戦わせるというゲームである。
同じモンスターでも育て方次第で様々な戦法が取れるため戦略の幅が広く多くの人々がのめり込み、課金をして遊び尽くした大人気ゲームだった。
―そう、だった。
長い月日の中で徐々に人が離れていき、新しいアプリゲームが台頭してきてしまいこれ以上ゲームを運営する事が難しくなってきてしまったのだ。
故に来月末にサービスを終了するという旨が今まで続けてきたユーザーに知らされたのである。
この青年もサモモンリリース初期からアプリをダウンロードし、多くのお金を課金に費やして夢中になっていた。
月日が経つにつれてサモモンの成長と衰退を感じて何となくサモモンがもう長くは続かないと察していたものの、こうして現実を突きつけられるのは辛いものがあった。
「あー、10年かぁ…。始めたばっかりの頃は俺もまだ学生で友達とワイワイやってて…思い出もいっぱいあったアプリだったのになぁ」
時代の流れがあるというのは理解しているし、流行もとうの昔に過ぎたという事も分かってはいるのだが感情はそこまで追いつけないのだ。
青年はもう1度アプリのホーム画面を見つめると、1匹だけ画面中央に大きくモンスターが映し出されていた。
サモモンでは1匹だけ手持ちのモンスターから相棒を選択する事が出来、相棒に設定されたモンスターは各種メニュー画面等で常に表示されて様々なアクションをとるようになっているのだ。
青年が設定している相棒はどちらかと言うと可愛らしい姿のモンスターで、昔からずっと変えていない本当の相棒に等しい存在だった。
「はぁ、これはもう仕方ないよなぁ。俺にできるのは最後までサモモンを楽しむ事だけだな」
画面に映る相棒は当たり前だが変わらぬ笑顔を浮かべて愛らしい姿をしている。
「お前とももうすぐお別れになるのか。今までありがとなぁ」
まるで家族に向けるかのような愛情を見せて画面の相棒をタップすると、それに反応して相棒は喜ぶような動きを見せる。
最後の時を過ごすペットというのはこういう感覚なのだろうかと青年が思ったその時―
"プァアアアアアアアアアアアア!!"
―突然響き渡るクラクション音に青年がビクッと顔を上げると大型トラックが青年に向かって猛烈に迫っていた。
スマホの画面に夢中になりすぎてしまい横断歩道に差し掛かったのにも関わらず左右の確認を怠っていたのだ。
「あ」
突然の事で体は動かない。トラックは急ブレーキをかけてタイヤとアスファルトが擦れる音が出てはいるがスピードは落ちきらない。
成す術は無かった。
一瞬とてつもない痛みを感じた後宙を飛ぶ。
跳ね飛ばされたのは一瞬の筈なのに浮遊感はいやにゆっくり感じられる。地面に倒れた後も感覚が変になっているのか何も感じ無かった。
手に持っていたスマホは衝撃で一緒に吹き飛ばされ近くの地面に落ちていたが、幸い画面が割れているが壊れておらずサモモンのホーム画面が写っている。
そこには勿論、青年が相棒としていたモンスターも。
「ごめ…んな……」
最後まで一緒にいたかったのに、こんな不注意でお別れになってしまうなんて。
ドロリとした暖かみを感じるとそれが顔を伝ってポタリと地面に落ちる。どんどん力が抜けていく。視界が暗くなっていく。
最後に青年が見た光景は、スマホの画面に映る相棒がどこか悲しそうにこちらを見つめている光景だった。
彼の眼前には澄み切った空気にどこまでも続く平原、地平線で交わる青い空があった。
見渡す限りの大自然の空気を吸って彼は振り返った。
「かう!」
振り返れば小さな相棒の姿が見え、相棒に向けて手を伸ばせば嬉しそうに彼の元へ駆け寄ってくる。
腕に飛び乗りよじ登って彼の肩へと落ち着く。
「ナナ、そろそろ家に帰ろうか」
「かーう!」
小型犬ほどの大きさのリスのような姿に、額の部分に灰色の丸い石が存在している小さな生き物を連れて彼は歩き出す。
「これからもずっと一緒だよ、ナナ」
「かう!」
振り返ったその先には活気のある街が見える。石畳で舗装された道に、木や石や粘土で作られた建物。布で作られた粗野な服を着た人々。
ここは剣と魔法の世界フリージア。
これはこの世界に転生したとある凡庸な青年と、人ならざる仲間達の物語。