第3話
快適な眠りから覚めたノアは『暴食』から石鹸の実を取り出してそれを潰し、水魔法を使って体を洗った
ついでに着ていた服も同じく洗い、簡易住居の中に干して別の服に着替えた
朝食に森の中に自生していた果実を齧りながら今日のスケジュールを練る
―代行者の試験は昼からだから午前中は古書店か図書館に行こうかな
ああ、市場を物色するのも悪くない
「『怠惰』」
まだ少し眠たい頭に回復の『能力』を発動させる
『怠惰』の力は絶対回復
どんな状態であろうと完全な健康状態へと回復させる
瀕死どころか、死後であっても1時間以内なら蘇生させることが可能だ
つまり明らかに勿体無い使い方なのだが、ノアの魔力はもはや無限と言ってもいいほどなので、『怠惰』のような魔力を大量に使う『能力』を無駄に使用することに何ら躊躇いを覚えない
体調が万全になったノアは簡易住居の周りに結界魔法をかけて森を出た
ギルドで貰った仮登録のカードを門番に見せて、街に入る
まだ早朝であるため、出歩いている人の数は少ない
少し肌寒い空気を心地よく感じながら市場へ足を向ける
住宅地と違って市場は朝が最も賑わう
野太い男性の声や可愛いらしくも逞しい少女の声などがあちらこちらから響き渡る
肉は魔物の物が大量にあるので青果店を中心に物色する
年齢は20代後半くらいだろうか
健康的な活発そうな美人が声を張る店で実に美味しそうな果実をノアは発見した
「お姉さん
これはどういう果物ですか?」
『お姉さん』と呼ばれた女性は嬉しそうに微笑む
この国の女性の結婚適齢期は15、6であるため、30近い年齢となるとお姉さんとは滅多に呼ばれなくなるからだ
「坊や、それはアコルという果物だよ
南の乾燥地帯でしか取れないから少し高めだけど、甘みが強くて貴族様なんかに人気なんだ」
アコルと呼ばれる小ぶりな橙色の果実の値段は1600リアン
一般的な宿1泊分が3000リアンであることから考えても確かに少し高いかもしれない
ノアの現在の所持金は2000リアンと少し
とギリギリだが美食家のノアは躊躇わずにアコルを1つ購入する
サービスで皮を剥いて貰い、その場でひと口齧る
―確かにかなり甘くて美味しいな
お金があればもう2、3個食べたい程だ
「どうだい坊や」
向日葵を思わせる明るい笑みでノアにそう問う活発美人
「ええ 非常に甘くて美味しいです
お金を稼ぐことが出来たらまた買いに来ますね」
「はは そりゃ楽しみだ」
ノアはにこりと笑う美人に手を振り、古書店へ行こうとしたが
―お金ほとんど無くなったな
手持ちがない状態で行くのも気が引けるし、図書館に行こう
図書館の場所は前日に確認していたため、すんなりと辿り着くことが出来た
開け放たれた大きな門は広いエントランスへ繋がっている
鏡のようなフローリングに敷かれた上等な絨毯から図書館の格式の高さが伺える
使用者用の受付に行くと、眼鏡をかけた利発そうな女性がノアを対応した
「おはようございます
図書館のご利用でしょうか?」
「はい そうです」
「本を借りるなどのご予定は?」
「いえ ありません」
―そうですか
とノアに1枚の紙を渡した
「こちらにお名前と年齢
をお書き下さい
あと冒険者の方であれば登録カードを出してくだされば無料で当館をご利用できます」
「へえ 冒険者にそんな特権が」
ノアは渡されたペンで必要事項を記入した
ギルドは狩猟者と代行者に知識を増やすことを強く推奨している
その為、ギルドと図書館は提携して冒険者であれば無料で図書館を利用出来るように便宜を図ってもらっているのだ
「仮登録でもいいですか?」
「なるほど...代行者を目指しているのですね
もし代行者になれなくても狩猟者にはなれますから仮登録でも問題ありません
冒険者であることに変わりはありませんから」
ノアがカードを渡すと受付の女性はそれを魔道具に翳した
「はい 確認しました
当館ではなるべく静かに
本を汚したりすると罰金も発生するのでご考慮の程よろしくお願い致します」
「はい ありがとうございました」
ノアはぺこりと頭を下げると受付を少し行った所にあるこれまた大きな門を開いた
「うわあ...」
彼は思わず声を漏らした
果ての見えぬ高い天井
円形状に並べられた本棚が遥か上まで大量に並んでいる
中央には沢山のテーブルと椅子が設置してあり、手にした本をすぐに読めるようになっていた
しばらく本棚を見ながら歩き回ったノアは『冒険者おすすめコーナー』なるものを見つけた
流石ギルドと提携しているだけあって気が利いている
これ幸いとそこから『魔物辞典』を手に取って中央に置かれた椅子に座る
周りを見渡すと、まだ朝だと言うのに意外と人が座っていることにノアは驚く
しばらく『魔物辞典』を読んでいたノアだったが、思ってたより時間が経っていたことに気付き、慌てて図書館を後にした
図書館から冒険者ギルドまではかなり近いため、何とか試験前に辿り着いた
「あ、ノア君 時間通りですね」
ノアに気付いた昨日の受付嬢が彼に声をかける
「いえ 図書館にいたら思ったよりも時間が経っていて...
間に合って良かったです」
「感心ですね
時間を守らない冒険者も少なくないので、予定通り試験が始められるならこちらとしてもありがたいです」
にこりと受付嬢は笑った