第1話
うららかな陽気が照らす草原の中、花の香が混ざった春の風が馬車に乗る少年の黒髪を揺らした
「坊主、本当に冒険者ギルドに登録するのか?
あそこはお前さんみたいな子供がやっていける世界じゃねえぞ」
御者の忠告を聞いた黒髪の少年は薄く笑って応じた
「ええ それは十分に承知していますよ
ただ、とにかく1人で生きなければいけないので」
御者はその少年らしかぬ大人びた仕草を怪しく思った
―こいつ本当に田舎の農村出身か?
俺の知ってる田舎の坊主共とは雰囲気から言葉遣いまでまるで違うぞ...
少年―ノアの言うところによると、どうやら彼は村で両親を亡くし、冒険者になるために王都に向かっているというのだ
しかしその立ち居振る舞いと落ち着きはまるで教育された貴族のように洗練されている
そこに御者は違和感を覚えた
「しかし冒険者と言っても狩猟者と代行者
2種類あるが、どちらになるつもりなんだ?」
狩猟者と代行者
その2つは金銭を得る方法によって変わる
狩猟者は動物や魔物を狩り、その討伐部位や魔石などを売って金銭を得る者
代行者は月ごとに決まった賃金を貰い、ギルドの出す討伐依頼を完遂する者
と分かれている
狩猟者にまとめて同じにしたらどうだろうか
という意見も勿論あるが、ギルドの出す討伐依頼はとりわけ緊急性の高いものが多い
そんな時に狩った魔物の取り分がどうだの言い争っている暇は無い
だから魔物の討伐数に関わらず、予め決まった賃金で働いてくれる存在が必要なのだ
勿論、魔物の大群を1人で殲滅するなどの時には特別ボーナスが発生する
特徴として
狩猟者は一発一発の得られる金銭は多いのに対して、代行者は決まった賃金が得られるので安定している
と言ったところだろうか
「僕は是非代行者になりたいですね」
「へえ それは珍しいな
坊主くらいの歳の男はみんな狩猟者に憧れているって言うのに」
「まあ、夢はありますよね
巨大なドラゴンと戦ったり、ダンジョンに潜って強力な武器を獲得したり」
「坊主、やけに達観してんなあ
理由は聞かんがもっと歳相応にしててもいいと思うぜ」
「まあ、それは...」
へらへらと笑って曖昧に答える少年の仕草はやはり歳相応には見えない
そう御者が呑気に考えて前を見た瞬間
彼は背中に何か恐ろしいものを感じた
何事かと振り向くと少年の目は鋭く前を見据えているのが見て取れた
「お、おい 坊主
一体どうしたんだ...!」
豹変した少年に戸惑いながら御者は尋ねる
「...少し先に盗賊らしき男達がいます
どうやら馬車を襲っているみたいです」
「な、何でそんなことが」
―分かるんだ...?!
そう問おうとした御者の言葉に被せて
「ちょっと行ってきます」
と馬車を飛び出した
「あ、ぶっ......!?」
勿論馬車は走っている
それも魔法で強化された馬による牽引だ
そんな速度の馬車から落ちたら良くて骨折
最悪の場合死んでもおかしくない
しかし少年は片足で着地すると慣性の力を利用して超速で走り出した
「マジかよ...」
そのスピードは悠に馬車の2倍はある
少年の姿が遠くに離れ、見えなくなったその瞬間濃密な魔力の余波が御者を襲った
勿論、直接的に害があるものでは無いがその圧力で顔が青くなっている
それからしばらくすると片手で大きな馬車を、もう一方の手で縄に縛られた十数人ばかりの汚い男達を
それらをまとめて引っ張って歩くノアが現れた
盗賊と思われる男達の誰よりも小柄で華奢な少年とは到底似合わないその様相に御者は思わず眼をむく
そんなことは露知らず
馬車と男達を置いた少年は御者に駆け寄ってにこりと笑った
「いいことを思いつきました
彼らはどうやら名のある盗賊らしいのでその討伐報酬としてギルドに雇ってもらうことにしましょう」
そんな彼の言葉に御者は青い顔で冷や汗を垂らした