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癒えぬ渇きに

 ベッドの上で目を覚ました。頭の中の悪夢を振り払うように、軽く頭を振る。それで何が変わる訳でも無い、ただ、混乱した記憶が余計に掻き回されて、煮込んだスープのように纏まらなくなっていた。

 ベッドから降りようと、足を床につけると膝が笑っていた。

 柔らかい布団の上で、どれだけ力を籠めれば、これほどの疲労が溜まるのだろうか、少しも休息を取った気がしなかった。


(あれは、夢だ)


 そう自分に何度言い聞かせても、体がそれを否定していた。

 ムカデとの戦闘の後は、ナイトメアに襲われることは無く、ビルの中の扉から現実へと戻て来た。斎藤からは、何度も感謝の礼を述べられたが、その度に、何の役に立ったのか分からない自分の行動が恥ずかしくて仕方がなかった。

 彼を助けたのも、ムカデを追い払ったのも、シュヴァルツヴァルトだ。

 あの殺伐とした世界で、怪物と戦う集団。彼らが、正義のヒーローのように感じていた。


(あの世界には、彼らのような集団が他にもあるのだろうか?)


 一体どれくらいの人間が、あの世界で戦っているのだろうか。初対面での彼らの行動から、少なからず、集団で行動している物達がいるのだろう。壁に埋まって死んだ男にも、数人の仲間がいるようだったし。そして、お互いに敵対し合っている。ナイトメアという共通の敵が居ながら……。

 だが、その彼らも、今は、現実の日常をこの街のどこかで過ごしているのだろう。

 悪夢の疲労を引きずりながら……。



 学校前の坂が膝に堪えたが、何とか教室へとたどり着いた。

 いつも通りの日常の雰囲気がそこにあった。少しだけ、違和感を感じたのが、席に座っている朝日奈がどんよりと沈んだ雰囲気を醸し出している。欠伸をする生徒にたるんでいると、朝からきびきびした叱咤をする彼女でも、寝不足の日もあるものなのか、と、軽く流して先に向かった。


「嶺士、眠そうだな。そんなにデートが楽しみなのか? 羨ましいぞ……」


 軽口を叩く真に、俺はそれどころでは無かった、と言い返したかったが、ムカデと戦った夢を見たなどと話しても笑われるだけだろうと、納得できないまま、口を噤むしかなかった。


「ふっふっふ……待っていたわよ……」


 背後から忍び寄る不気味な影に、振り返ると、そこに小日向ひな子が立っていた。目の下にクマを作って、不気味にほほ笑んでいるひな子は、いつもは整えられた頭に寝癖もついていた。


「出来たわよ! これが私の考えたデート大作戦計画プランよ!」


 彼女が誇らしげに掲げたノートには、細かな文字と図解入りの計画がびっしりと書き込まれていた。

 これを徹夜で作っていたのだろうか?

 計画とプランが被っていると突っ込みたかったが、今のひな子にそんな事を言えば命の保証はない。


「どう? 素晴らしいでしょ。これでうまく行かない筈が無いわ。さぁ、私に感謝するのよ! 感謝しなさい!」


「あっありがとう、ひな子」


 両手で顔を挟んで迫って来る、ひな子の焦点の合っていない眼に恐怖を感じて、慌てて礼を述べたが、彼女にそれが届いたのか判断できなかった。


「ふっふっふ……、もっとよ、もっと、感謝するのよ! あははっ、はっ、ふふっふっ」


 奇妙な高笑いを上げていたひな子は、臨時の全校集会を告げる校内放送で、ようやく自分の席に戻っていた。朝日奈がてきぱきと指示を出し、生徒を並べ始める。


(今朝も白井先生は不在なのか。彼女が落ち込んでいたのもそのせいなのか?)


 朝日奈に視線を移したが、もう普段と変わった様子もなく、移動するだけの事、担任の先生が必要な訳でも無いと、すぐにそんな事は頭から消え去っていた。それも、急に集められた生徒たちを前にして、校長が命の大事さや、誰かと話す事の大切さなどを長々と語っていたため、唯々退屈さだけが降り積もって、他の思考を埋め尽くしたからだ。


「校長は何が言いたかったんだ?」


「今朝のニュースを見てないのかよ」


 真が差し出した端末の画面に、派手な見出しの交通事故の映像が流れていた。

 数台の車が玉突き事故を起こしたらしい、だが、それと全校集会に何か関係あるのか?

 怪訝そうに、記事の内容を読み始めていると、真が向いから画面の一部を指差した。


「ここだよ。事故の原因が、飛び降り自殺を見ていたわき見運転らしい。事故る程、注意を惹きつけた訳は、ビルから飛び降りたんだが、地面につく前に風にあおられて、看板に突き刺さっていたらしい。……それでさ。その飛び降りたのがどうやら、うちのクラスの大森だって話だ」


「何で、大森が?……」


 そう答えるのが精一杯だった。

 何で? そんな事は尋ねるまでもなく、頭の中で、大通りの玉突き事故、ビルの看板、大森、全てが合致していたのだ。


(大森の名前は、何だ?……。大森太陽、それが彼の名前だったら……)


 名簿を見れば分かるはずだが、調べてどうするのか、分からなかった。だが、真の口から、彼の名を伝えられるのは、耐え難く、先に調べねばならないと、怯えたような視線を真に向けていた。しかし、彼は考え込むように視線を外していたためにそれに気づかれはしなかったが、さらに意外な名前を出してきた。


「さぁ、何か悩みでもあったんじゃないか? 中学の時一緒だった、河野と佐藤も事故ったばかりだというのにな……」


「佐藤……、佐藤東輝か?……。服屋のショウウインドウに突っ込んだ事故か?」


「ああ、そうだよ。よくフルネーム覚えてたな。俺は、あの事故の後調べて知ったけど、あいつら、バイクに何て乗ってたんだな。それも知らなかったくらいだ」


(そうじゃない、俺も覚えていなかった……、弾にそう書かれていただけだ……)

(もう一つの確認せずに撃った弾は、河野武と書かれていたのか? それなら、俺は……、俺が……)


 彼らを殺した?

 藤堂、壁に埋まって死んでいた男を助けようと、河野と佐藤を殺した。

 斎藤を助けようと、大森を殺した。


(俺は何を考えている? 全ては、夢だ! 夢の中の出来事、だったはずだ……)


「どうした?」


 傍目から見てもわかる程、真っ青になっていたのか、真が不審そうに声を掛けた。


「河野も佐藤も、同じクラスだが大森も、それ程仲が良かった訳でも無いだろう? 俺も、お前も……」


 彼の言葉が頭から離れなかった。

 顔を見れば分かる、という程度の知人であるからこそ、彼らの命を俺が……。


(あの弾は、あの銃は、一体何なのだ!)

(あの世界は、俺に何をさせようというのだ!)


 心臓を掴みだされるかのように感情が溢れ出す。

 自分の引いた引き鉄の重さに、ようやく気付いた。

 万夢は、必死で止めようとしてくれたのに……。

 彼女は、それを知っていたのか?

 遠藤の言った、戦うリスク。

 それは、ナイトメアに襲われて命御落とすだけでなく、唯一の武器が、誰かを犠牲にしなければならないという事だったのか?

 「それでも、倒したいのか?」頭の中でコックの声が響いた。

 憐れむような、蔑むような声が、グルグルと回りだす。

 何も知らず、風車に向かって走り出す、そんな気分だった。

 それでは、俺は何をすればいいのだ……。


(シュヴァルツヴァルト、彼らは知っているのか?)


 彼らがナイトメアに向けて引き鉄を引く度に、誰かを犠牲にしているという事を、知っているのか?

 知っているのなら、知っていて、あれほど戦えるのなら……。

 正義のヒーローなどと言う虚像は、脆くも崩れ去っていた。

 それどころか、あの世界にいるすべての人間に、得体の知れない不信感が生まれていた。

 彼らは、あの世界で何をしているんだ?

 これまで、どうやって生き残って来た?

 そうだ……。誰かが戦わねば……。


(そうだ! 全ては偶然かもしれない)


 たまたま似た文字が書かれていただけかもしれない。

 切羽詰まった状況で、正確に読み取れたという自信はあるのか?

 記憶の不確かな夢の中の文字を正確に覚えているのか?

 全ては偶然、偶然の一致、不確かな数字の並びに規則性を見いだせるような偶然の一致。

 偶然、彼らの名前が書かれていると思った。

 偶然、夢の中で引き金を引いた場所で彼らは死んだ。

 偶然……。

 そんな偶然がある訳がない……。


(俺はどうすればよかったのだ……。)


 答など在ろうはずもなかった。

 全てを放り出し逃げ出したかった。あの世界から逃げ出したかった。

 だが、いずれ夜になる。夜の闇と共に悪夢がやって来る。

 何杯目になるだろうか、苦みを感じる程濃く入れたコーヒーを喉に流し込む。細かなコーヒー豆の粒が、舌の上でひりつき、余計に喉が渇く。

 眠らなければ、悪夢を見る事もない……。

 暗い闇の中で、夢の無い眠りが訪れる事を願っているのか?

 俺が眠らなくとも、あの世界で彼らは、彼女は……。


「死にたくは無いだろう? 俺も、お前も……」


 突然、耳元で囁くような真の声が聞こえた。

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