黒い森 2
彼らはあれだけの戦闘力を持ちながら、何を恐れているんだといぶかしんだが、こちらに敵対する意思は無い。出来るだけ警戒されぬ様、丁寧に答えた。
「彼は、あの百足に襲われていた……、初めて見る人です。僕は――」
「やぁ、今日は。今晩はかな? こんな所で出会うとは奇遇だね」
後ろから言葉を被せて来たのは、エンドウだった。
まるで、この場にそぐわない言葉に驚いて振り返ると、彼はこずるそうな笑みを浮かべていた。
「エンドウ……」
リーダー格の男は、明らかな敵意を込めた視線をエンドウに向け、周囲を警戒するように、素早く周りに視線を動かす。それと同時に残る二人も背の高い男を中心に左右に銃を構え警戒を強めた。
「こんな所で、油を売っててもいいのかい? 君の仲間たちは、今頃……」
「きさま……、まぁ、いい、行くぞ!」
リーダー格の男は、吐き出そうとした呪詛の言葉を飲み込むと、百足が逃げて行った方向へと走り出した。二人も周囲への警戒を解かぬまま、その後に続いて行く。
彼らとエンドウにどんな因縁があるのか、詳細は分からなくとも、友好的なものでは無い事だけは理解できた。しかし、得体の知れない怪物が跋扈するこの世界で、何を争っているのだ?
エンドウに疑問の目を向けたが、彼は笑みを浮かべたまま、あらぬ方を指差した。
「彼。目が覚めたようだよ」
指差された先には、上体を起こして地面に座っている男がいた。
まだ事態が呑み込めず、辺りを見回して不安そうな表情を作っていた。
「君達が、あの怪物から助けてくれたのか? ありがとう。俺は、サイトウコウイチだ」
「いえ、俺たちじゃなくて彼らが……」
彼らは既に走り去っていた。そして、その名も知らないと気づき、言葉を続けられなかったが、エンドウが繋ぐように話し始めた。
「彼らは、『シュヴァルツヴァルト』自分たちをそう呼んでいる。ナイトメアを倒すために組織された集団だ。だが、結構好戦的な面もあってね、敵を倒すためなら多少の被害も顧みないどころか、邪魔になれば、他の人間も排除するような連中だ。……あまり、関わらないほうがいいよ」
そのいいように疑問がわいてくる。目的が分かっていれば、彼らと敵対せずに協力し合えるのではないのか?
「ナイトメアを倒すのなら、皆で協力したほうがいいのでは? あれ程巨大な怪物もいるのなら……」
そうだ、どう考えてもあの百足は、一人で対処できる相手では無かった。他にもあのような怪物がいるのなら、共に戦う人数は多いほうがいいに決まっている。
「協力し合えればね……。ここに来たばかりの人間は、大抵集団戦で役に立たない。それをティーガは、リーダーの男の事だけどね、堪え切れず、囮に使って、追い詰められて生き残った者だけを選別しようとするのさ。それに、戦った所で、ナイトメアは倒せないからね」
「それは……、街の中心には、もっと強いナイトメアがいると?」
「街の中心には、壁がある。目に見えないよく分からない物で仕切られているのだ。どういう理屈かは、分からないが、そこから先には行けないようになっている」
街の中心にあるという巣を守るための防壁? コックの言っていた話を思い出していた。それなら、なおの事、協力して突破しなければいけないのではないのか?
「それに、彼らの様に戦うには、リスクが大きすぎるからね。あれでは、だれ一人生き残れない……」
だからと言って、逃げ隠れするだけより、正面からナイトメアに立ち向かおうとするシュヴァルツヴァルトたちの方が、好感が持てた。自分たちの力で、切り抜けようとしている彼らの方が……。
カンッっと、金槌で叩いたような音がして、皆が一斉に視線を向けると、ビルの入り口の前にコックが鉄棒を真直ぐに立てて立っていた。
「そろそろ出口が開く頃だね」
エンドウはゆっくりと歩き始める。後ろからついて行くと、先を歩く彼は、堪え切れない笑いに肩を震わせていた。
「くっくっく……。彼らはね、コックさんが怖いんだよ。まぁ、分からないでもない、彼の身体能力なら鉄の塊を着こんでも、あれと同じくらいに動ける気もするからね……くっくっく……本当に、彼は人間なのかね」
ナイトメアの中に誰かが入っているかもしれないと言っていたが、そうだとしても、仲間にその疑いを向ける彼の思考が理解できなかった。小刻みに揺れるその背中に不気味な、得体の知れない邪悪さを感じて、答えられずに黙ったまま後に続いた。
「何だかよく分からないが、とりあえず、ここから出られるのかい?」
後ろからついて来たサイトウが笑顔でそう言った。人の好さそうな男だった。
この世界で初めて人間味のある人物に会えた、そんな気がした。