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黒い森 1

 目を覚ますと、いや、眠りにつくと、弱弱しい光の差し込む自分の部屋に居た。

 ゆったりしたジャケットに、腰に下げられた銃。同じ夢だ。

 じめつくような湿度の中、ゆっくりと大きく肺の空気を吐き出す。ため息ではない、そう、自分に気合を入れるためだ。

 夢であって夢ではないこの世界で、何をすべきか答えが出た訳じゃない、だが、何かをしなければ。

 背筋を伸ばし、真直ぐに正面に顔を向けて、部屋を出た。どこへ向かうべきかは、見当がついている。あの公園へと向かえば、彼らも居る筈だ。確信めいたものを感じ、速足で歩きだす。

 途中建物の切れ間から覗く、背の高いビルの姿を何度か振り返ってみたが、別段変わった様子もない。

 変わりがない事にほっとするような、変化を読み取れない不安が沸き上がるような、複雑に入り混じった感情が纏わりついてくる。この世界の湿った空気のように、それは、遠藤とコック、二人の男に対する感情のようであった。何度も助けられ、唯一たよれる存在である筈の彼らだったが、ナイトメア同様の得体の知れない後ろ暗さも感じていた。


「レイジ!」


 沈み込んでいた思考の深みから急に引き上げられて、危うく跳び上がりそうになったが、その声はまぎれもなく、マユのものであった。

 目的の公園までまだ随分あるというのに、路地から顔を出した彼女は、大きく手招きしていた。


「こっち、こっち。良かった、また会えて、貴方が来てくれるかどうか不安だった……。ううん、今日は、ちょっと危険な相手がいるから、急ぎましょ」


 その言葉とは裏腹に、マユは満面の笑みを浮かべて、両手を背中の後ろで組むと、ぴょんと背後に飛び、そのまま踵を返して、ウサギのように飛び跳ねながら昨日とは別の方向へと向かって行く。

 屈託のない笑顔と幼い子供のような行動の合間に、時折見せる愁いを帯びた表情、妖艶な香りさえ感じさせる大人びた仕草は、見る角度で違う輝きを放つ万華鏡のように視線を引き寄せた。

 軽やかに舞うように走る彼女を追って民家の間の路地を抜けると、川の土手沿いにある小さな公園にたどり着いた。空き地といっても差し支えないような殺風景なところだった。

 エンドウの姿は見えず、コックがバールのような斧を、真直ぐに立てて戦士の像のように立っている。

 いつも侵入者を阻む石像のように近寄りがたい雰囲気ではあるが、珍しく彼の方から話しかけて来た。


「エンドウが準備しに行っている」


 端的な状況説明、それだけであったが、彼にナイトメアについて質問するチャンスだった。だが、いざ質問しようとすると、うまく言葉が出てこない、用意していた質問は、どれもこの場に相応しくなく思えて来る。


「あの……、ナイトメアを倒すのですか?」


「倒したいのか?」


 質問に、質問で返された。しかし、それは、意外な問いだった。

 倒さないという選択肢もあるのだろうか?


「あれを倒さなければ、誰かが襲われ続けるし……、倒さなければ、この悪夢から出られないのでは?」


「そうかもしれん」


 この会話に興味がないのだろうかと、思わずにいられない返答だった。この男のサングラスは、自分の表情を隠すためではなく、表情がない顔を隠すために掛けられているのではないかと思える程、顔の筋肉を動かさずに答えていた。


「俺たちは、あれを倒すために、こんな銃を持っているのではないのですか?」


「ナイトメアは街の中心部から出て来る。おそらく、巣のような物があるのだろうが、そこに辿り着くには戦力的に不可能だ。……詳しい話はエンドウに聞け、奴は天才だが、うまく使えば役には立つ。……うまく使えればな」


 体のいい拒絶で会話を区切られた。

 街の中心部には、彼でも倒せないと思う程のナイトメアがいるのだろうか?


(それなら、俺たちは、何をすればいいのだ……)


「お待たせ、そろそろ良さそうですよ」


 エンドウが散歩でもしていたように、ゆっくりと歩いて姿を現した。無言で歩きだしたコックと肩を並べると、元来た道を歩き出す。二人の男が並んで歩く後ろを、少し距離を開けてマユとついて行った。

 何かの準備、ナイトメアに対する備えだろうか? マユは危険な相手がいると言っていた。……考える程に相手について何も知らない自分に嫌気がさして来る。


「マユ、危険な相手って、どんなナイトメアが居るんだ?」


「それは……」


「百足だよ」


 振り返ったエンドウが答えると同時に、先の大通りから軽い金属の音が、靴を鳴らして軍隊が行進するように聞こえて来る。

 百足というにはあまりにもグロテスクな姿だった。細い頭の無い胴体に5メートル近い鋭く尖った足が無数に生やしたナイトメアは、巨大なヘビの白骨に見える。

 滑らかにすだれをかき鳴らすような音を立て、規則正しく動く、あばら骨のような足には見覚えがあった。廊下を駆け抜けようとした時に、壁から突き出した槍と同じものであると見て取れたが、その全体像を見てしまえば、どうやって戦えばいいのか見当もつかなかった。


「気を付けて、見つかっちゃう」


 呆然と眺めつつ通りに乗り出しそうになっていた所を、マユが後ろから服の裾を握り締めて囁いた。

 頭の無い姿につい油断していたが、百足は、ぷっつりと途切れた背骨の様な胴体から、二本の細い触角を辺りを探る様に振り回していた。

 あの触覚で動く物を探しているのだろうと、思ったその時、触覚が鞭のようにしなって、建物を打ちつけた。感覚器官などではない、鋼鉄のワイヤーの破壊力は、簡単にコンクリートの壁を破壊し、そこに大きな穴を開ける程だった。


「うわぁぁぁ! 助けてくれ!」


 崩れた壁の内側から、男が叫び声を上げて転がり出て来る。百足はくるりと向きを変えると、体を持ち上げ鋭く尖った足を振り上げた。

 助けねば、と、考える間もなく、ジャケットの内側から弾を掴みだし腰の拳銃を引き抜こうとしたが、伸ばした腕をマユの両腕がしっかりと抱きとめた。


「ダメ! まだ、彼が味方だと決まったわけじゃない、から……」


(どういう意味だ? 味方?……味方ではない人間がいるというのか?)

(壁男の時もそうだ、彼女は助けられないと言った。この世界には、助けてはいけない、助けられない人間が、居るという事なのか?)

(しかし、目の前で襲われている人間がいる今、そんな事を言っている場合ではない!)


 彼女の手を振り払ってでも、銃を引き抜こうと、後ろを振り返った時、爆音が上がった。

 それは、悲鳴を上げて逃げまどっていた男が放った銃弾だった。

 大通りを埋め尽くすほど広がった爆発は、引き鉄を引いた男をマッチ棒のように吹き飛ばし、ビルの窓ガラスをたたき割る。路地裏に隠れていても押し倒されるほどの威力だった。


「うぅ……、大丈夫か? マユ。……何て威力だ」


 耳鳴りのする頭を抑えながら、マユに声を掛けたが、丁度振り返ったおかげで彼女を庇う形になっていたはず、それよりも頭の中を駆け巡っていたのは、銃の威力についてだった。


(俺が撃った弾は、爆竹程度でしかなかったが、なぜ、あの男の銃はこれほどの爆発力があるんだ?)

(マユの言った、助けられない、とは、こういう意味なのか?)

(いや、弾に何か文字が書いてあったはずだ……)


 弾に書かれている文字が威力の違いを示しているのかもしれないと、先ほどから握りしめていた弾に目をやった。

 『タイヨウ――オオモリ』

 書かれていたのはまた二つの単語。意味はまたしても分からなかったが、太陽が大盛りなら前回の砂糖よりは、威力があるように思える。それを銃の中に押し込むと、大通りの様子をそっと伺った。

 あれだけの爆発、たぶん直撃したであろうはずなのに、百足は、無傷のままそこに立っていた。

 いや、触手を円を描いて振り回しているが、その場から動こうとしていないのは、何らかのダメージがあるのかもしれない。

 助けるなら今しかないと、少し離れた場所に倒れている男に向かって、大通りに足を踏み出すと同時に、百足はカチカチと全身を震わせて動き出した。

 それが動き出す合図だと直感した。

 咄嗟に銃口を百足に向ける。

 硬いグリップの感触に、一瞬にして頭がさえわたった。テストで問題を読んでいる最中に考えるより先に手が勝手に動いて答えを書き出すほどに。


(外してはならない……、大丈夫、冷静に狙いを定められる。息も乱れていない、手の震えもない……)


 放たれた弾丸は、真直ぐに百足に向かって行く、命中した、そう確信していた。だが、弾は足と胴体の隙間をすり抜けて、百足の後ろにあるビルの看板に当たった。


(そんな……)


 狙って撃つことなど不可能に思える、針の穴を通すような不運に、呆然と立ちすくむ。

 考えている時間はない、すぐに弾を込めて次の攻撃に移るべきか、それとも、男を助けに向かうべきか、一度路地に身を隠して体勢を立て直すべきか、決めなくてはならない。

 百足が動き出す前に。

 直ぐに鋼鉄の鞭のような触角を振りかざし反撃が来るはずであった。しかし、百足は急に体をひねると、背後に触角を向ける。自分の体の上に落ちて来る、ビルの看板の破片を気にしているようである。

 それもまた信じられない事であった。

 あれだけの巨体を持つものが、小さな破片に気を掛けるのだろうか?

 判断を下す前に、ビルの影から弾丸が放たれ、百足の胴体側面で爆炎を上げる。不意の攻撃に金属がこすれるような雄たけびを上げ、怒りをあらわにした百足が、体を大きくひねり、立ち上がるようにして体の向きを変えると、看板を撃ち抜いたビルから数人の男が走り出し、百足に追い打ちをかけた。

 複数の銃を持った人間が、煙の中で暴れる怪物を取り囲む。

 鋭い足を振り上げて反撃する百足に、次の者が銃を撃って牽制し、煙を切って素早く振り回される触覚が狙いを定められないように入れ替わっては、よく訓練された兵士のように、連携の取れた動きで次々と攻撃を仕掛けて行く。

 映画のワンシーンのような光景に見惚れていた。

 いや、見惚れている場合ではない、彼らが何者であるかは分からなくとも、今のうちに助けねばと、倒れている男に駆け寄って、肩に担ぎあげた。

 背も高く、かなりの重さのある男だったが、足を引きずりながらもなんとか移動させることが出来そうだ。

 マユの隠れている路地まで運ぼうと、男を引きずって移動しながら、百足と戦う彼らに視線を向けた。

 巨大なナイトメア・百足相手に優勢に戦いを進めているように見える。

 彼らは何者なのだろうか? と、一番近くにいる一人をよく見てみれば、それは、若い女性だった。

 軍隊のように銃を操る集団に、女性がいる事に驚きを隠せず、視線を向けていると、煙の中から百足の触覚が彼女の足元を薙ぎ払うように振られるのが見えた。彼女の位置からは、立ち込める煙で死角になっている。


「危ない!」


 男を担いだまま、大声を出した。それが今出来る精一杯の事だった。

 一瞬彼女は、こちらに視線を向けたような気がしたが、銃を構えたまま軽く後ろに跳ぶと、そのまま空中で、引き金を引いた。

 爆炎が上がった。それが決定打となったのか、百足は大きく仰け反ると、体の向きを変えて大通りを元来た方向へと引き返していく。


(助かった……)


 そう思った瞬間、体の力が抜け、バランスを崩して担いでいた男の重みで地面に倒れ込んでしまった。

 男を地面に仰向けに転がしたまま、立ち上がろうとしたが、自分で思っていた以上に膝に力が入らず、ふらつきながらようやく立てたという感じであった。

 男を見下ろしながら、もう一度担ぎ上げるのは無理だと、考えていたが、百足の脅威も無くなったのだ、ここに寝かせていても問題は無いだろうとため息をついていると、背後から、鋭い声を突き立てられた。


「お前は、何者だ?」


 先ほどまで百足と戦っていた男達であった。

 いや、人数が減っている。背の高い男と、先ほどの女性と、もう一人。残りは百足を追いかけて行ったのだろうか?


「その男は、お前の仲間か?」


 背の高いリーダー格の男が、さらに質問を続けた。その鋭い言葉だけでなく、油断なく銃を構えた彼らからは、強い敵対心が伝わって来る。


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