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指先に込めた勇気に 1

 ゴツゴツとした感触が、足から伝わって来る。

 シーツに引っかかる足が異常に大きく感じられる。ひと呼吸の内に布団をめくり上げて上半身を起こすと、ベッドの上の両足には靴がはまっていた。

 もう、夜では無かった。

 窓から差し込む光は、弱弱しいものではあったが、部屋の中を照らし出すには十分で、テーブルの上に無造作に置かれた銃が、はっきりと視界に入っている。


(ここは、アサトマユと出会った世界。いや、あれは夢だった……)

(今、俺は夢を見ているのか?)


 同じ夢を2度も見るとは思ってもいなかった。ロボットのような怪人と戦う夢、それに何の意味があるのか。もう一度眠れば、いつも通りの朝がやって来るのだろうか。とも考えたが、妙に高ぶった気持ちのまま眠れるわけがなかった。

 それに、夢にしては、えらく現実めいた感触がある。

 ゆっくりベットから起き上がると、テーブルの上の銃を手に取った。


(やはり、弾は入っていないな)


 何かないものかと、辺りを見回していたが、前回の夢で脱ぎ捨てた上着の事を思いだした。それは、だらしなく床に転がったまま、そこにあった。

 見慣れない上着。を拾い上げる。

 何かのデザインロゴが肩についている白黒のジャケットは、自分の服には無かった。銃と同じく、いや、今はいている靴も、この夢だけの物だ。

 ジャケットの袖に腕を通してみて、ポケットを探ってみたが、何も入っていなかった。内ポケットはどうだろうかと、手を差し込んだ時、はじめて内側にびっしりと、缶コーヒーくらいの円柱状の物が収められているのに気が付いた。

 こんな物が入っていれば、さぞかし着にくかったはずだが、なぜ気が付かなかったのだろうと、考えながらも、それが銃の弾だと思わずにはいられなかった。

 早く銃に装填したみたい好奇心に負けて、銃のレバーを引いて銃身の蓋を開けると、円柱状の弾を一つ引き抜いて、はめ込んでみる。――ピッタリとはまった。

 弾の填まった銃を窓に向けて構えた。

 そこで試し打ちをしようかと思ったが、あの大きさの弾ではどんな威力なのか想像も出来なかったし、限りある弾を無駄にしていいのか疑問がわいてきて、腰のベルトに引っ掛け直した。

 ともかく、これで準備は整った。前回のように手を引かれて逃げるだけではないだろう。ぐっと闘志がわいてくる。


(もう一度彼女に会えるだろうか?)


 そう考えると、彼女の柔らかい手のひらの感触がよみがえったが、すぐに頭から振り払った。

 ここには得体の知れない怪人が潜んでいるのだ。と、緊張した面持ちでドアを開けた。



 街は相変わらず静まり返っていた。

 雨の降りだしそうな、どんよりと曇った空も変わらない。

 人の気配のない民家を通り過ぎ、大通りへと向かおうとして足が止まった。

 この先の大通りは、彼女と出会った場所だが、それは、ロボットのような怪人に襲われた場所でもある。あの怪人がそこに居る可能性はあっても、彼女がまだそこに居るとは思えなかった。


(そうだ、彼女は、俺の手を引いて何処かへ向かおうとしていたのではないのか?)

(途中で、ビルに逃げ込んだが、あそこが目的地ではなかったはず……。)


 大きく迂回する事になるが、大通りを進んで彼女が向かおうとした場所の目星をつけて、民家の建ち並ぶ方向へと足を向けた。

 通学路としてもよく使っている見慣れた通りは、全く知らない町の様に静まり返っていた。

 通りを歩く人の姿はもちろん、家の庭先に繋がれた犬さえ見当たらない。

 生き物が死に絶えたかのような街を、何者にも出くわさないまま、道は川へと差し掛かる。川幅はそこそこあるが、それ程幅の広くない橋は、少し移動すれば大通りから続く大きな橋がある為、普段から学生と地元の人間しか使っていない。

 橋を渡り始めた時に川沿いに目を大通りの方に向けた。遠くに見える橋にも誰かが通っている様子はうかがえない。

 しかし、大量の水を湛えた開けた空間。そこに目をやって、ふと、思いついた。


(ここなら、試し打ちにちょうどいいんじゃないか?)


 もちろん、弾数についても不安はあったが、それよりも、いざ使う時にどれくらいの威力があるのか分かっていなければ、どういう状況で使う事になるのか分からないのだし。そう考えると、腰の銃を構えて川の中心出来るだけ深い場所に狙いを定める。

 引き金を引いた瞬間、ガシャリと缶を潰したような金属音が響いて、銃身に弾を込めた場所の反対側から、勢いよく薬きょうが飛び出す。中の抜けた円柱状の金属の管は真黒に変色して、地面に落ちるとカン高い音を立てた。

 その瞬間、轟音と共に川の水が5mほど立ち昇る。

 手榴弾を投げ込んだかのような威力。

 呆気にとられながらも、その威力に満足気な笑みを浮かべた。


(確かに、この銃なら、鉄の塊のような怪人も倒せそうだ)


 しかし、静まり返った街に、今の爆音はかなり響き渡っただろう。もしかすると、あの怪人を呼び寄せてしまう事になるのでは?

 軽はずみな事をしてしまったのではないかと言う不安を抑えながら、銃を腰に戻すと、少しだけ速足で橋を渡り切った。

 その後も、街は静まり返っていた。

 何かが現れる気配も無い。試し打ちの爆発音も、思ったほど響かなかったのかもしれないと少し安心していた。

 何せ、あれだけの威力だ。もし、建物を的に試し打ちをしていたら、今頃燃え広がる火災を見つめる事になっていただろう。何せ誰も居ないのだ、どうやってその火を消し止めればいいのか見当もつかない。

 愚にもつかない事を考えながら、通りを歩いた居ると、


「見つけた! やっぱり、また来てくれたんだ」


 待ち望んでいた声が聞こえて来た。間違いなく、アサトマユの声だ。

 振り返ると、彼女は、横の通りから駈け出して、息を整えている。始めたあった時もそうだった、彼女はいつも走っているのかと、つい微笑みたくなってしまう。


「レイジ、今の爆発はあなたが? いえ、それより、急がなくちゃ」


 万夢は、元来た道を走り出す。その後ろ姿は、いつも時間を気にして、走り回っているウサギのように思え、童話の世界を案内される、そんな気分にさせてくれた。


「まってくれ、どこへ行くんだ?」


「みんなの所よ。この先で待っててくれてる」


 目的地までそれほどかからなかった。彼女の向かった先は、通学路を少し外れた大きな公園だった。そこに、二人の男が待っていた。

 一人は、ビルの階段で出会ったサングラスの男。年の頃は三十過ぎくらいだろうか、ロングコートを着て、あの時のバールのような斧を肩に担いで背を向けている。

 もう一人は、随分と細い体つきの男。サングラスの男よりは、若く大学生くらいだろうか? 薄い色のYシャツをだらしなく着ており、腰にぶら下がった銃が不釣り合いな格好だった。

 彼は、公園に入って来る二人に気付くと感じの良い笑顔を向けて出迎えてくれた。


「やぁ、アサト君、早かったね、もう見つかったのかい?」


「はい、ちょうど途中で出会えたので……」


 マユは、息を整えるというよりは、なんだか少し、落ち着かない様子にも見えた。


「彼は、エンドウさん、こちらが……」


「明野嶺士です」


 彼女の紹介に合わせて名のると、エンドウは、目を細めて笑顔を作った。

 初対面にしては、馴れ馴れしいほどに、感じのいい男だ。


「僕は、大学に行っている遠藤豆太。あっちの不愛想なのは、料理人コックさんさ、僕たちはそう呼んでいる。駅前のムーアに勤めているらしいよ、行った事はあるかい?」


 エンドウがそう言いながら、サングラスの男に軽く視線を向けたのにつられて、そちらに目を向けると、彼は、自己紹介に加わろうともせず、公園の反対側に体を向けていたままだった。


「レイジ君は、高校生かな?」


「はい、弐ノ坂高校の二年です」


「弐の坂……あそこの急な坂の上の学校だね」


――ゴツン。

 サングラスの男が、肩に担いだ長い鉄の棒の柄を地面に打ちつける音が響く。


「もういいか? そろそろ、奴らが動き出すだろう」


「まだ、これからですよ。……それに今日は、出会わずに済みそうだし」


 エンドウは、遠くに見える駅前の背の高いビルに視線を移してそう言った。


「そうは言っても手早く終わらそうか。簡単に言うと、僕たちプレイヤーの目的は、ナイトメア、君も見ただろう? あのロボットに殺されない事だ」


「プレイヤー? 俺たちがですか?」


「しかし、ただ逃げればいい訳でも無いんだ。時間が来ると開く扉から現実に戻らないと、いつまでもこの世界を彷徨う事になるからね。それに行動範囲もある。この街から出られない、いや、出れはするんだが、街の外に近づくと、だんだん暗くなって行くのでね。車等の移動手段が使えないため、そこまで行くのも大変なんだが……」


 エンドウは、質問には答えず、まるでゲームの説明をしているかのような話しぶりであった。


「その扉と言うのが、場所も時間もランダムではあるけど、ナイトメアの付近に開く事が多いのでね、付かず離れずうまく逃げ回りながら、時間を稼がないといけない……」


「逃げるだけなんですか?……いえ、俺たちは何をさせられているのですか?」


 彼の言い回しに疑問を持った。銃を使えば倒せるのではないかと言おうとしたが、それについて触れようとしない彼に、切り出すきっかけをつかめず言葉を飲み込んでいた。


「不服かな? いくつかの種類がいる事が分かっているが、総数はまだ把握できていない。こちらから仕掛けるには、時期尚早。……コックさんの持っている鉄の斧は、ナイトメアから奪ったものだが、ぶつかった衝撃から見るに、重さは400kg前後、ビルから落としても傷もつかない外装からして、あれは倒せるものでは無いと思うんだけどね」


 そう言いつつ、エンドウは彼の方へと振り返った。


「肉弾戦を挑もうなど、正気の沙汰じゃない……」


 視線を移したエンドウの呟きは、聞き取れないほど小さく消えて行った。

 それを合図にしびれを切らしたサングラスの男は、背を向けて、鉄棒を肩に担ぐと無言で歩きだす。

 皆黙ったまま、大股で歩く彼の後をついて行ったが、油断なく先を急ぐその後ろ姿は、料理人だとは、とても信じられない、歴戦の戦士にしか見えなかった。



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