プロローグミッション2
わが円卓最後の戦い。といっても何度も行った狩りを行うだけだ。
巨獣ライトヴァーン。
暴炎鬼ヌーラン。
黒狼ヴォルフォーン。
輝光龍ファランリオ。
サービス終了に伴い、過去のボスたちとの戦いがすべて復刻している。
天伐戦に魔王城攻城戦。
初めて挑んだときは苦労したクエストたちも今ではなれたものだ。実際攻略パターンがすっかりできているので歯ごたえは残念ながらない。
長年続いたとはいえサービス終了目前。俺もぶっちゃけこのゲームには結構飽きている。
でも今日は違う。お互いに息の合う仲間たち。ともにプレイするのってこんなに楽しかったか。ずっとこの時間が続けばいいのにと思う。終わりの中にいるからこう思えているんだろうけど、終わって欲しくないと思う。
「楽しいっすね」
不意にチャットの一つが目についた。戦闘中なのでチャットは飛び交っているのだが、そのなかでも特に。
「楽しいな」
素直にそう思った。きっとみんな同じ気持ちだったと思う。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さてここでいったんギルドの集会は解散にした。終了の瞬間になにかあるらしいのでその時に集まろうということになった。
あと終了まで三時間ほど。ここで俺はもう一つの会合に行かなければならない。わが黒歴史の集大成でもある、結社へと。
薄暗い、町の地下。墓地から入るその場所にはある組織が存在していた。
―――――【黒の王】。
それは闇に魅せられ闇を謳う秘密結社。
はいみんな笑わない。これに関しては俺だけの責任じゃないぞ。俺なんて大したことしてないよ別に。ただちょっと子の結社創設にかかわっただけだし。『原初の三賢者』なだけだし。憤怒の使徒なだけだし。
……はいすんませんでした。そうです私が位階第三位、『憤怒』の斬斗です。
「いあや、待ってたよー」
黒歴史に頭を抱えていると、声をかけられる。
「久しいな……怠惰」
「そうだね憤怒」
ちなみにこれは挨拶みたいなもんで別に久しくなくても言う。今回はほんとに久しいけど。
「みんなもう来てるか?」
「まだだよー(>_<)」
こいつは暴食。名前はシャラ。このゲームにおける最大にして最強のギルド【龍の黒翼】のリーダーである。怠惰といいながら多くのイベントでランキング報酬をかっさらっていった。こいつ自身はいつも気の抜けたしゃべり方なんだが。
「ていうか集まるかな?('_')」
「うーんどうだろ」
実を言うとこの集まりは特に予定していなかった。謎の秘密結社にしたかったのでとくにゲーム外でのやり取りはしなかった。また全員別のギルドに所属しているので、この集まりは正式なギルドとして存在しているわけではない。なので十三日の金曜日の九時ぐらいを集会時間にしていた。なので毎回集まりがあったわけではない。欠席者がよくいるほうがそれっぽかったし。
「チャットで呼びかけてみますー?(*'ω'*)」
「あいつらチャットで呼んで来たことないでしょ」
かなり気まぐれな奴らだった。いい奴らだけどね。この集まりは完全にロールプレイングを目的としており、そのほかの戦闘などではほとんど会わない。(だからギルドにはしなかった)
当然全員とフレンドなんだが、こちらから連絡して会えたためしがない。
「今日別に金曜日でもないしな」
一応終了前の十三日の金曜日に来てみたが怠惰しかいなかった。ギルドのリーダー同士こういうのにはマメだった。
ついでにメンバー紹介。
『憤怒』【暁の円卓】団長の俺。
『暴食』【龍の黒翼】のリーダーシャラ。
『傲慢』【夜想曲:ノクス】所属。対人部屋ランキング三位レイ。
『色欲』【狐の嫁入り】の姫(自称)たまも。三賢者。
『嫉妬』【灰の機甲師団】のエースのロック。廃人でランキング常連。
『強欲』【ダーカーズ】のリーダーバルドル。課金王。
『怠惰』最強のソロプレイヤー、ウルフ。謎が多い。かっこいいと思う。
そして実質的な創始者にして世界を嗤う吸血鬼。
『虚飾』のシグマ。
もっともここではそれらの表の顔には意味がない。
ここでは闇に蠢くわれらの真の姿を見せる。簡単に言うと設定を持ち寄って遊ぶので、ゲーム内ランキングとかの話しはあんまりしない。
例えばこの暴食は実は巨大な黒竜である。太古の昔、人と恋に落ちる。人の姿に化けて、逢瀬を繰り返していた。しかしその後龍と人との戦争の果てに恋人にかばわれ恋人は死ぬ。彼女は絶望し何もかも失いその果てに今ここにいる。すべてがむなしい―――『怠惰』の使途として。
この結社にいる人間は黒王(架空の人物)との契約を行っている。彼女の願いは……おっとそれは言うまい。
こんな感じでまあ中二ごっこをしていた。
え、俺?俺は別にいいじゃない?
「ひまだからきりくんの設定開示するねー( *´艸`)」
「は?」
斬斗は古の英雄の名だ。彼はその名を受けて、騎士として邁進してきた。しかし彼には誰にも言えぬ秘密があった。それは彼の中に眠る闇。それはかつて闇の王を討ち果たした騎士。黒の龍を屠りし英雄。彼は太陽の加護を受けていた。故に日中彼は無敵だった。数多の戦いを越え、一度たりとも木津が付かなかった。そいて最後の戦い。彼は月の化身たる女王を討ち果たした。しかしその最後。呪いをかけられた。それは子孫への呪い。彼の子らの中に自らの因子を潜り込ませ、いつか復活をもくろむ。
そしてそれは結実する。彼こそ太陽の末裔たる最強の騎士であり、月の子たる最悪の怪物。
生まれたときから続く自問。
「私は一体どちらなのだろうか――――」
そし――――
「やめろぉ!」
「えーなんで( ゜Д゜)」
「いやなんか恥ずかしい」
「ここでそれはいいっこなしでしょー(*´з`)」
「いや久々だし……」
なかなかパンチのある設定じゃないか。高2の俺、良かったな。かっこいいぞ。うん。
まあそういう趣旨の集まりだし。こういうのって恥ずかしがって作るほうが恥ずかしいんだよね。だからここで痛い設定つくるのは普通って言うか、痛さが誇りみたいな?まさにこの傷が俺の聖痕な――なんだその目は。やめろ。俺を見るな。
「まあ軽いほうだしねこの中じゃ」
「だから昼は男、夜は女の子になっちゃうんだよねー」
「ストオオオオオォォォップ!!」
「『最近思うんだ……夜の姿が本来の自分なのではないかと。私はおかしいか……?』」
いやほんと勘弁して。
「これ当時きりくんがはまってたアニメにもろ影響うけてるよn」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
結局俺の黒歴史開示は続いた。
ちなみにほかのメンバーは来なかった。傷をえぐりに行っただけとかほんとウケるね。
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さてギルドに戻ってきた。さっきのやり取りの記憶はもう消してあるのでノーダメージ。この切り替えの早さで数多のトラウマを越えてきた。
「団長遅いっすよ」
咲にセイテンが来ていた。ほかのメンバーはいない。
「いやー散歩楽しかったなー」
「なんすかそれ……」
セイテンはやっぱりおとなしい。もう終了時間まで一時間を切っている。長く続いた冒険も、もう終わりだ。そう思うとこの数年が次々と思い返される。初プレイ。セイテンとの出会い。ギルドの立ち上げと、結社の設立。初のイベント。多くの出会い。いい思い出も、黒歴史も。そのすべてが俺の物語だった。そして今、物語は終わろうとしている。エンディングの時が来た。
しんみりしているとピコンとチャットが来る。ギルドのメンバーからだ。
ギルド用のオープンチャットではない。
「どうした?」
「いやーすんませんフレと盛り上がっちゃって……そっち行けないです」
「忙しいので一人でゆっくり過ごしたいと思います。楽しかったです団長」
「大侵攻クエやってて手が離せん。こっちで迎えるからそっち不参加で」
………………
…………
……
は?
「んーどうしたんすか?」
「え、なんかみんな来ないって……」
うそでしょ。これで最後なんだよ?すっかりエンディング気分を味わっていた俺は突然の事態に困惑していた。いや、たしかにギルド以外のつながりも大事だろうけど、団長をしている立場としてはこれは悲しい。最後はみんなで集まって迎えたかった。
「人望ないのかな」
「まあいいじゃないっすか。宣誓やってクエやって、十分じゃないっすか」
「うーんでも」
「それよりなんすけど」
「?」
残念に思って割とマジでショックを受けていると、セイテンに話しかけられる。いまはそれどころじゃないんですけど。
「折角だし、最初のギルドハウスに行かないっすか?」
そんな提案を受けた。
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最初のギルドハウス。都で立ち上げたさいに貰った小さな部屋だ。いくつか選べて、自分たちはシンボルタワーの中層階に作った。見晴らしがよくてお気に入りの場所だったが、いろいろあって今の場所に引き上げている。
「懐かしいっすねえここ」
「ああ、そうだな」
ここでは円卓発足からすぐに引き上げたのでここで過ごしたのは俺とセイテンだった。
「確かに懐かしいな」
思えば二人ここから始めたのだった。ここでもいろんなことが想起される。特にこのちょっとアホな戦友といると。もしかしてこいつなりに気を使ってくれたのだろうか。
「ありがとな」
「なにがっすか」
「いや」
はぐらかされてしまったのだろうか。こいつらしいが。でも感謝だけは伝えたかった。
「これまで俺に長いこと付き合ってくれて、ありがとうな」
そう感謝を告げる。仲間がいたから楽しかった。なかでも最高の仲間に。
ありがとう。
俺と仲良くしてくれて。
中二野郎と友達になってくれて。
「団長」
セイテンに名前を呼ばれた。しまった、ちょっとクサかっただろうか。これは黒歴史にまた新たなページを刻んでしまったか。
「なんだよ」
大層からかわれるかと思ったが、そういう感じではないらしい。
「もったいぶるなよ」
なんか緊張してきた。
「自分も、ありがとうございました。こんな自分と仲良くしてくれて」
あ。思わず泣きそうになってしまった。こいつにお礼を言われるとは思っていなかった。
「泣かせるなよ、問題児のくせに」
照れくさいので少しふざける。
「一人だった自分に声をかけてくれて」
しかしセイテンは続ける。意外な言葉だ。リア充っぽいが考えてみればギルド以外の付き合いは少ない。こいつもまた、このゲームに居場所を見出していた一人だったのだろうか。
「だから団長。最後に伝えたかったんです」
「ありがとうございました」
ありがとう戦友。お前に会えてよかった。
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10
ついにカウントダウンが始まった。
9
このゲームが終わる。
8
楽しかった。
7
ゲームだなんて笑うやつもいるかもしれないけど、俺の青春だった。
6
黒歴史なんかじゃない。すべてが大事な思い出なんだ。
5
もし―――――。
4
もしこのゲームが終わった瞬間に。
3
昔読んだラノベみたいに、このゲームに吸い込まれて。
2
またみんなでバカやりながら冒険できるなら。
1
それもいい――――――。
そして画面は暗転した。
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――――――――――――
――――――――
「……」
なんてそんな事あるわけないんだけど。
ゲームは終わった。流れているのはエンディングだ。
これが言っていた最後のイベントか。
流れているのは新規のムービーだろうか。見たことのない映像だ。
今までの冒険をなぞっているらしい。
うん。楽しかったな。
ああこんなこともあった。
ああここは―――――。
―――――――?
一瞬違和感を覚えた。なんだろう。
なおも映像は進む。
何の違和感だ?ごく普通のゲームの映像だ。見たことのないシーンもあるが、それは新規映像だからだろう。ちゃんと全部自分の辿った冒険だった。どれも憶えがある。
都。魔王城。始まりの平原。世界の裏側。天界。それにここはギルドハウスを建てることにした巨大樹の森だ。
うん。おかしいところはないな。気のせいだったらしい。
そしてスタッフロールが流れ。
スペシャルサンクス。
最後にメッセージ。
「長い間ご愛顧いただきまして、ありがとうございました。本日を持ちましてオンラインゲーム「鎧殻の戦機神」のサービスを終了させていただきます。多くの機甲師たちのもと行われた長い戦いは終了しました。多くの運命を乗り越え、ウォルガアースの平和を守ってくださったすべての方々に感謝を申し上げます。長い戦いを終えた皆さま。手にした自由を謳歌し、ゆっくりと翼を休めてください」
「長い間まことにありがとうございました!」
これで終わり。
この物語は終わった。
俺の口からこれ以上語ることはない。
「ありがとう」
ゲームの画面に最後にそう呟いた。
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ゆえにこれから語るのは彼の物語ではない。
このゲームの物語ではない。誰の物語でもない。
途方もない現実と一つの事件の物語。
終わった物語ではなく
その後の話。
栄光を終えた、失われた世界の物語。
何物でもなくなった彼らと/何もでもない彼らの物語。