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キク十歳

 俺は小学生のころよく、近所のコウちゃんって子と遊んでいた。コウちゃんは器用で、アニメの絵を書くのがとても上手かった。


 コウちゃんは同い歳なのに兄貴分で、俺は彼のことをコウちゃん。コウちゃんは俺のことをキクと呼ぶ。


 コウちゃんちの敷地は広くて、母屋とは別にある離れで俺たちは、毎日アニメの絵を書く練習をしていた。


 集まるのはクラスで他に行き場のない二軍三軍の連中たち。親があまり干渉しない離れは、かっこうの遊び場だった。


 本当はアニメの絵に興味などなかった俺だが、他の連中同様、他に居場所などないのだ。


 コウちゃんは器用で俺は不器用。結局こんな負け組の寄せ集めの中でも、俺は劣等感を味あわなければならないのが癪に触る。


 好きでもないアニメの絵を、好きなだけ乱暴に描きなぐって帰るのは夕方過ぎ。習い事の一つもしていない俺は、仕事で遅い母親が買い置きしておいてくれた惣菜を電子レンジで温める。


 テレビを付けナイター中継にチャンネルを回す。俺はアンチ巨人で中日ファンな母親の影響で野球中継が好きだった。


 レンジで一分三十秒の温もりとナイター中継が、一人ぼっちな夕食をいつも暖かな物に変えてくれる。


ぴんぽーん

ぴんぽーん。


 白熱するランナー一二塁の九回表、二つのインターホンが、手に汗握る俺を現実に引き戻す。マイクもカメラもスピーカーも付いてない集合市営住宅のインターホン。仕方なく俺は立ち上がり、玄関の扉を開ける。


「夜分すいません。先日三階に引っ越してきた、品川と申します。よろしくお願い致します」


 玄関を開けるとうちの母親とは大違いな品の良さ気な婦人と少女の親子連れがいた。生憎母親は留守なんです。俺がそう言うと、引っ越し蕎麦ならぬ、粗品の石鹸セットを手渡してきた。


 品川婦人に手を繋がれ、後ろで大人しくしている髪を二つ縛りにした少女は、俺を恨めしそうに睨む。まるで世を呪い、万物を否定するような鋭い眼差しだ。


「サオリもご挨拶なさい」


 母親に言われ少女はムスッとしたまま、ぼそぼそと『よろしく』と嫌々ながら挨拶をする。


「俺はキクって言うんだ。本田ほんだきく。こちらこそ宜しく」


 これが品川しながわ沙織さおりとの出会いだ。







 サオリは同じ学年だった。


 転校初日、ランドセルは使わずショルダーバッグを使い、真っ赤な大きいリボン、派手に染めた髪の毛、両耳に開けた銀のピアス。片田舎暮らしの俺たちからしたら外人みたいな空気を身に纏ったサオリは、他児童の注目を集めた。


 その奇抜さと物珍しさに男子たちの注目を集め、瞬く間に女子児童から拒絶される。


『お風呂入ってない、ばいきん女』


『男子としか仲良くしない、ぶりっ子』


『口の聞き方も知らない、田舎者』


 皆口々にあることないこと、陰口を言うが、実際だれもサオリのことを知らない。


 日に日にエスカレートしていく虐め、本人は全く気にしていないようだった。俺は不敏に思ったものの、助けることなんてできなかった。俺には俺の生活があり、俺の社会があるからだ。


 サオリのことなんて上の空で、今年度四年生になった俺は、念願の野球部に入部したのだ。


 親友のコウちゃんと遊べなくなるのは寂しいが、いつまでも光りの当たらない生活は、自分自身を不安にさせる。


 運動神経自体それほど悪くない俺は、次第に新しい友達ができて、先輩にだって可愛がられるようになっていく。


 いつものように、練習が終わり最下級生の俺たちは、グラウンドを整地するためトンボを掛ける。


 そして家に帰ると自宅前に膝を抱えてうずくまっているサオリがいた。


「ん? 品川さん? どうしたの」


「鍵忘れて家に入れない」


 以前の世を呪うような強気な眼差しは何処へやら、その瞳は明らかにSOSを求めるしおらしい物だった。


 鍵っ子歴の長い俺は、サオリの絶望的な気持ちがよくわかる。


「俺んちでメシ食ってけよ」


 パッ-と明るくなるサオリの表情。クラスのばいきん女は、笑うと凄く可愛らしかった。



 



 ダイニングで買い置きの惣菜をレンジでチンする一分三十秒の温もり。俺もサオリも無言で気まずい。


「テレビでも付けようか」


「あっ、サッカーがいい」


 生粋の野球ファンに今更サッカーを観ろだなんて、もちろん言葉にはしない。再び訪れる沈黙。俺は惣菜パスタをずるずるラーメンみたいに啜る。


「ゲームでもする?」


 食後気まずい沈黙が耐えられなくなった俺は、サオリを自室に連れていく。


 今年度版のパワプロとファミスタを出して、どちらがいい? と聞くと、それしかないの? と疑問符を疑問符で返される。


 そこでツボにはまったのか、吹き出すサオリ。


「キク、ウケる。野球ゲームしかないし」


 ファーストネームで呼ばれることに慣れてないウブだった俺は、恥ずかしいようなモヤモヤした気持ちが込み上げ顔が熱くなる。




「サオリね、ゲームよりキクともっとお喋りしたかったよ。でもママそろそろ帰ってきてると思うから行くね」


 立ち上がったサオリは、挨拶もろくにせずに俺んちをあとにする。ただ呆然とサオリの背中を見送る俺。


 そういえば同級生を家に上げたのは初めてだった。


 そしてその日からだ。


 サオリが俺んちにちょくちょく来るようになったのは。



 この日から彼女は何度も何度も俺んちのインターホンを鳴らす。


『ヒーローはインターホンの向こう側に』



 これは無様なヒーローと迷惑なヒロインの、若く、愚かで、胸が焼け付くような追憶の記憶。






 




 





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