キャンディー味の唇
ガムよりも飴派で、棒付きが好き。
コロコロと口の中で転がしている間、凄く幸せで口寂しさなんて一切感じない。
虫歯になるよ、なんて声は聞こえないふり。
のど飴は甘くないから、好きじゃない。
甘いものがいい。
甘いものは正義だ。
新しく出ていた棒付きキャンディーの、色々ミックスされた味を口の中で転がす。
コロコロ、カッカッ、歯に当たっては高めの音を出した。
美味しい、けど、少し酸味が強いかな。
何の味か思い出せずに、ゴミ箱の中に突っ込んだ包み紙を探す。
カサリ、指先にぶつかる感触をつまみ上げれば、深い青色が大々的に使われた飴の包み紙。
ペリペリ音を立てて広げれば、そこにはフルーツプラネットとか、シトラスとか書いてある。
あぁ、シトラスか。
ちゅっ、と唇をすぼめながら飴を取り出せば、薄いレモン色に赤とか緑とかオレンジとかのツブツブが混ざっていて、綺麗とは少し違う。
舌がピリピリするような酸味は、嫌いじゃないけれど、思っていたのと違う気がする。
何もかも、違うような……。
口の中に戻した飴を転がして、包み紙を再度ゴミ箱に突っ込む。
不味いわけじゃないんだけど、もっとベタっとした甘いやつが食べたかった。
それこそブラウニー味とか。
「……そんなに口寂しいなら吸えばいいだろ」
先程は虫歯になるよ、なんて忠告をしてきた人間が、何故か今は吸いかけの煙草を私に向けていた。
いや、いいよ、と言いながら右手でその手を押し返せば、訝しげな顔をされる。
元より私はヘビースモーカーで、煙草がないと生きていけない喫煙者だった。
最初は興味半分で始めた煙草は、恐ろしい程にニコチンの威力を喰らい、なかなか辞めるきっかけが掴めなかったのだ。
「折角だから一緒に禁煙すれば良かったんだよ」
「そんなに甘いもの摂取しなきゃいけないなら、本末転倒じゃね?糖尿になんぞ」
ふぅ、と煙を吹きかけられる。
久々に感じる煙草の煙は目に沁みて、しぱしぱと瞬きの回数を増やす。
個人的には肺が真っ黒になるのも、尿が甘ったるくなるのもごめんだと思うけれど。
どっちも嫌だろう、普通。
私が禁煙しようとも、彼が喫煙者なら受動喫煙していることになるから、肺はじわじわと黒くなっていくだろう。
――いや、受動喫煙の方が吸っている本人よりも、有害物質を吸い込んでいるんだよな。
あれ、辞めても変わんない。
「どうせいつか死ぬなら、好きなことして死にてぇ。我慢なんてクソ喰らえだね」
べぇ、と突き出される赤い舌。
清々しいくらいに言い切る彼は、煙草に唇を付けて深く吸い込む。
一週間も我慢すれば、自然とどうでも良くなったから、今もそんなに吸いたいとは思わない。
これは完全に、煙草断ち出来たということだろう。
「でも、これあんまりかな」
棒を引っ張り飴を取り出した私は、手を伸ばして彼の持っている煙草を奪う。
黒目がちな瞳が私を映すので、笑顔を一つ向けてから、逆の手に持っている飴をその口に押し付けた。
唾液で溶けた飴を唇に押し付けて、グロスでも塗るみたいに伸ばす。
ベッタリと下品なテカリが出た唇に、彼はクシャリと顔を歪めた。
あはは、笑い飛ばしてやる。
先程突き出した赤い舌で、そのテカリを舐めて「あんまっ」と不快そうに呟かれれば、私の笑い声は大きくなった。
そして半開きの口目掛けて、持っていた飴を突っ込んで私は満足。
コロン、彼の口の中から飴が歯にぶつかる音。
「微妙だからあげるねぇ」なんてケタケタ笑って、奪い取った半分位の長さになった煙草を、その辺に置いてあったガラスの灰皿に押し付ける。
グリグリ、か細い煙を残して、火が消えたことを見届けた私は、のんびりと新しい飴の包みを開けた。
煙草の代わりに唇に挟まれている飴の棒をつついて、部屋に引っ込む私。
新しく開けたのはベリー系。
こういうのが食べたかったんだよねぇ。
やけにテカっていた彼の唇を思い出して、ミックスベリー味になった自分の唇を舐める。
あー、舐めておけば良かった……。
ちゅっ、と音を立て吸い取った唾液は、酷く甘ったるい。