真の追われし者(サー・チーアー)
「いやですわ」
にべもないスリンの一言で空気が凍り付いた。
「なぜわたくしがあなたと共に行かなければなりませんの。
父上の命だとしても、いやですわ。父上はわたくしと約束をなさいましたもの。わたくしが真の追われし者になるまでは決して手を出さないって」
ノウヤはため息をついた。
「やれやれ、物覚えのいいお姫様だ。確かに王の命令は受けていないが、王の代理の人の命を受けてな。左大臣の。
王はいま病床にあってお加減がよくない。それで連れ戻せといわれたわけだ。跡継ぎのいないまま王が崩御されたらどうなるかは君にも想像がつくだろう、スリン」
「ええ、それは身をもって体験しているわ。父上のお加減がよろしくないという証拠を見せていただけたらわたくしは王宮に戻ります。それが約束ですもの。けれど、あなたが嘘をついているとわかったら、わたくし、王女の名においてあなたを許しはいたしませんことよ」
ノウヤは一瞬ひるんだがすぐに余裕の笑みを浮かべた。
「わかった。精霊たち、貴族たち、起きていいよ」
ノウヤはぱちん、と指を鳴らした。
「ジルフェ、姫様を王宮に連れて行ってあげてくれないか」
「いやです」
ジルフェは一蹴した。
「ジルフェ、どうして」
スリンの言葉に、ジルフェは少し困ったように答えた。
「この男が嘘を言っているからです。王は決してお加減が悪いということもありませんし、スリンが真の追われし者になるまでは生きているでしょう」
ノウヤの顔が青ざめた。
「どうして、お前……」
「どうやら最高位の精霊でないと侮ったようですね。しかしわたしは風の精霊の中では最も上位に位置する者。その矜持にかけてやすやすと他人の暗示にかかるわけにはいきません」
ジルフェの言葉にほかの精霊たちも同意した。
「そうだ。最高位の精霊を馬鹿にするな。これくらいの暗示にかかるくらいなら、とっくの昔に人間の奴隷にされている」
ノウヤは慌てて逃げた。
「卑怯な」
ザラマンダーは舌打ちをしたが、スリンが止めた。
「無駄な争いはよくありません」
「しかし、スリン。彼はメルーナーに対抗しうる唯一の魔術師だ」
ウムスが囁いた。
「そうなんですか」
「おそらく、生まれ持った魔力はメルーナーのほうが強いが、いかんせん彼はまだ若い。あと数年たてば彼のほうが圧倒的に強くはなるだろうが」
オンディーヌも同意した。
「それはまことか」
メルーナーが話に加わった。
「あなたが鍛錬を怠ることなければ」
その数日後、ノウヤの死が報じられた。それを知ったメルーナーはひどく落胆したが、誰のせいによるものかは追及はしなかった。
そして、その数か月後、再び運命の鐘が打ち鳴らされた――。
始まりと同じく唐突に終わりを告げたその生活は、三人の中でもっとも印象深いものとなる。
これが、聖なる王国始まって以来初めての真の追われし者の物語である――。




