誘惑
それからスリンは落ち込むことが多くなった。メアンとのこともあるだろうが、もう少しで王宮に行かねばならないことが、少なからずスリンの心に負担をかけているように思えた。
「ねえ、オンディーヌ、ずっと一緒にいてくれる?」
十三歳にしては幼く見える言動は、知り合いのいない王宮でどうやって生活をしていくかを本気で考えていたからだと、オンディーヌは知っていた。
「ずっと一緒にいますよ、スリン」
そう答えると、スリンは安堵の表情を見せた。だがそれも一瞬、すぐにまた暗い顔になってしまう。
「おや、ずいぶん落ち込んでるじゃないか」
ノウヤがスリンに声をかけた。
「ノウヤさん、いったい何の用事なんですか」
きっとスリンはノウヤの顔をにらんだ。
「せっかくのかわいい顔が台無しだよ、スリン。
それともなにかい。用事がなければ会いに来ちゃだめなのかい」
「ええ」
スリンは即答する。それにノウヤは少し哀しげな顔で微笑んだ。
「それならば仕方ない。君が困っているんじゃないかと思ったんだけどね」
スリンは一瞬詰まったが、すぐに真顔で言った。
「どうして困っていたらあなたに知らせないといけないの」
ノウヤは顔にふざけた笑みを張り付けた。
「おっと。そういう気の強いところも僕好みだよ。
ああ、そんなに怒らないで。ちょっと冗談でからかっただけじゃないか。
べつに知らせる必要はないと思うんだけどね、君がおちこんでたら、僕が困るじゃないか。
言っただろ?僕は君のお目付け役。君が真の追われし者になるまで、君のそばにいるように陛下から派遣された者。
あの落ちぶれ貴族のなれの果てよりも僕の方がずっと頼りになるよ」
スリンは怒った。かつてないくらいの勢いで。
「あなたがわたくしのお目付け役なんて聞いてないわ。あなたとは一緒にいたくない。わたくしの大切な二人を侮辱する人と一緒にいたくないわ。わたくしの精霊たちを呼んで、わたくしを守らせるわよ」
スリンの脅しも、ノウヤには全く聞いていないようだった、
「君の精霊たちと、あの落ちぶれ貴族には少し眠ってもらったよ。話の邪魔をされると困るんでね。
とりあえず自己紹介から行こうか。僕は、ノウヤ。レイノール・ノウヤ。レイノール侯爵の妾の子ということで、家ではだいぶ肩身の狭い思いをしてたからね、父上はさっさと僕を町の夫婦に任せた。
本当は厄介ばらいをしたかったのかもしれないけど、そこは分からない。
でも僕はそこに行けて幸せだったよ。その夫婦のもとで過ごした十年間は僕にとって数少ない、幸福な記憶さ。ちょうど、君のチーアーになる前の八年間のようにね」
「それだけじゃないわ。今までの五年間もよ。
だけど、この先は……わからない」
「そうだろう、だから……」
その時鋭い声がスリンの耳朶を打った。
「そこまでだ、ノウヤ」
「メルーナー」
ノウヤは茫然と声の主を見つめた。
「スリンに術をかけるな、もう二度と近づくな」
スリンが今までに聞いたことのないような鋭い声で、言った。
「それはむりだね。僕は王様からの命令を預かっている。だから、王女様のそばにいるしかないんだ」
メルーナーは一瞬、あっけにとられた。そのすきにノウヤはさらに言葉を重ねる。
「スリン、今まで、さみしかっただろう。精霊たちや、できの悪い貴族と一緒で。
さあ、おいで。僕と一緒に遊ぼうよ」




