わかれ
「で、わたしに用とはそなたのことか、お嬢さん」
見目麗しい神がスリンのもとに詰め寄った。
「はい。わたくし、スリンと申します。姓は、よくわかりません。わたくしに音楽の手ほどきをしていただけないでしょうか」
神は薄く笑った。
「ほう、このわたしから。そなたは度胸があるのだな」
「いいえ、そんなことはありませんわ。わたくしは臆病で、弱虫ですわ。今だって、わたくしの親しい精霊たちに守っていただかなければ何もできませんし」
神は嘲笑した。
「そんなことを聞きたいのではないわ。わたしが聞いておるのはそなたに覚悟があるのかということだ。わたしから教えを乞う以上、それ相応の敬意を見せるのは当然のことではないか」
スリンは思わず膝をついた。
「もちろん覚悟はありますわ。ですから、よろしくお願いいたします、芸術の神……メアン様」
神は目を見開いた。
「そうか。それならば仕方がない。教えよう」
言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうな口調でメアンは答えた。
「ありがとうございます」
スリンも、それをはたで見守っていた精霊たちやディオネやメルーナーもほっと息をつき、お礼を言った。
「やはり、スリンも子供だったか」
「そうですね、あれもまだ、十三歳ですから」
オンディーヌとジルフェはスリンとメアン神の様子を見て、ほっと息をついた。
メアンは神である。神であるものと、いくら強い力を持つ精霊使い(フェリア)だからといって、ただの人間であるスリンが長期間一緒にいたら、どうなるかは、想像がつこうというものだ。
「疲れた」
メアンからの手ほどきを受け始めて早くもひと月が経とうとしていた。
スリンは今までにも増して体力気力を消耗している。原因はただ一つ、メアンとの練習だ。
普通の人や精霊に教えを乞うならいざ知らず、神に教えを乞うているのだ、体力も気力も使うだろう、とはじめは楽観視していた二人と精霊たちだったのだが、ひと月たったところで、スリンの体調に異変をきたしてからはそうもいっていられなくなった。
そのことにメアンも気付いていたのだろう、メアンはいつのころからか、スリンにそろそろ終わりにしようとそれとなく告げていた。
スリンができの悪い生徒だったわけでは決してない。スリンは非常に飲み込みの早い、いい生徒だった。だからそれゆえにその才がここで果てるのを惜しんだのだろうメアンが少し厳しくしていたのも遠因かもしれない。
「スリン、そろそろ終わりにしよう」
いつになく真剣な様子のメアンにスリンは少したじろいだ。
「今日は、ここまでですか、メアン様。残念ですわ」
「そうではない。わたしがそなたに教えるのを終わりにしよう、ということだ」
スリンの顔がゆがんだ。
「なぜ、そんなことを仰るのです。わたくしの出来が悪いからですか」
泣きそうになったスリンを、メアンは少し困ったように見つめた。
「そうではない。わたしは、神だ。誰が何と言おうとも。その神とそなたが長く触れ合っていれば、必ずそなたの力を削る。
それはいいことではないと、わたしは考えたのだ。だから、スリン。基礎はもう終わりだ。また数年したら確実にそなたのもとに行く。
その時はそなたの腕を披露してくれ」
メアンはそういって立ち上がった。スリンは名残惜しかったが、しぶしぶ納得した。自分でもここの所体調がすぐれないことは分かっていた。
「わかりましたわ、メアン様。わたくし、数年後には王宮一の楽師にも負けない腕になるように精進致しますわ」
メアンは黙ってうなずいた。そして、懐から何かを取り出し、それを天に掲げると、一条の光がメアンを包んだ。
スリンが瞬きをした後には、もうメアンの姿は跡形もなく消えていたのだった。
「ありがとうございました、メアン様」
その眼には涙が光っていたことに、精霊たちは気付いていたのだった。




