精霊の後悔
「僕は自ら光を失った。しかし今はそれを後悔している。人の醜い場所を見たくなくて光を失った瞳は、同時に人の美しい場所も覆い隠してしまうのに。何故それに気付かなかったんだ。遥か昔の僕よ」
さく、さくと木の枝を踏み分ける音がする。遠くから感じるその気配は一番最近の友のもの。
「スリン。何故ここに」
「オンディーヌに懇願して教えてもらったの」
木陰から現れたスリンはウムスの隣に座り込んだ。
「あなたが何に悩んでいるのかは分からないけれど、もしわたくしでよければ力になるわよ」
ウムスの顔をじっと見ていたスリンは慌てた。その閉じられたまぶたの隙間から、透明なしずくがこぼれ落ちて来たからだ。
「わたくしは何か悪い事をいったの」
「ううん。そうじゃない。ただ、嬉しくて」
スリンはウムスの涙をそっとすくった。
「僕は昔から人間に嫌われて来た。僕の力は、人間にとっては強すぎるみたいなんだ」
ぽつり、ぽつりとウムスは話し出した。
「僕は大地を司る精霊。それはつまり、僕が地震や、地割れを起こす事を意味する。
人間は、地震を嫌う。そりゃあ、地震を好きな人はいないさ。でもオンディーヌだって一歩間違えば大雨を引き起こすし、ジルフェが怒った時の風には手の付けようもないほどさ。
だが二人は、雨や風は、人間に感謝されることもある。でも僕はどうか?
僕は人間には感謝されないんだよ。この地面を肥やし、植物をはやしているのは僕の力があってこそなのに、人間は僕に感謝しない。むしろ、僕を忌み嫌う。だから僕は、人間の悪い部分を見たくなくて、神様に願って、光を失ったんだ。その時に、僕は心の光も同時に失っていたんだね。
君に出会って、僕はそれを初めて知った。同朋からもそれは教えてもらえなかった。
ありがとう、スリン」
「いいえ。わたくしは何一つしていませんわ。ただ一つあるとすれば、あなたにそれを気付かせるきっかけを作っただけ。実際に気付いたのはあなたですわ、ウムス。
気付こうとしなければ、何も見えてこないのよ。あなたはすでに、気付こうと思う心があったのですね」
「ああ、なんて君は優しいんだ。君を見る事ができないのが、本当に残念だ」
沈黙が、降りた。
遠くで鳥が鳴く声がする。
「どうやら、君を困らせてしまったみたいだね。
皆の元に、帰ろうか」
急に立ち上がったウムスにスリンも慌てて立ち上がり、砂を払う。
「そうですね、だいぶ暗くなってきましたし」
「おーい、スリン、ウムス、どこにいる」
遠くからメルーナーのものとおぼしき声が聞こえて来た。すぐに返事をしようとしたスリンをウムスがとめた。
「しっ」
戸惑ったスリンをよそに、ウムスは慎重に当たりの気配を探る。
「どうかしたの」
「追ってだ」
短く答えると、ウムスは低く何かをつぶやいた。
たちまち地面が二つに裂け、人が悲鳴をあげた。
「うわあ。助けてくれ」
「先輩、どうされたんですか、先輩」
ただひとり、森の中に残された少年は何がおきたのか分からず呆然と立ち尽くした。
「ウム・・・・・・」
スリンはウムスに声をかけようとして思いとどまった。ウムスから立ち上る殺気に気付いたからだ。それは刺すように冷たく、触れたらたちまち凍ってしまいそうだ。
「あの気配、あの声、間違いない」
「ウムス、ちょっと」
止めようとしたスリンを振り切ってウムスはスリンにささやいた。
「すまない、スリン、これだけは許せない」
「え?」
その言葉の意味が分からず立ち尽くしたスリンを置いて、ウムスはその声の主の元へ飛び去った。
「オンディーヌ、ジルフェ、リグナム、ザラマンダー、来て」
一人になって、不安になったスリンは思わず精霊達に呼びかけた。
「あんの馬鹿が」
悪態をつきながらスリンの元に参じたのはリグナム。
「スリンを一人にするなって言ったのに」
「本当に。ウムスは昔から、自分勝手ですね」
それにジルフェが同意する。
「全く。あいつにも少しは自制というものを覚えてもらわなくては。自分の怒りの為にスリンを危険にさらすのはいただけない」
さらにオンディーヌも重ねる。
「一体、どういうこと」
話についていけないスリンに三人の精霊は微笑んだ。
「あとであいつに聞けばいい。あいつも誰かに話したがっているからな。喜んで話してくれるだろうよ」
その声の向こうでは、ウムスが暴れている音が聞こえて来た。
「ウムス、あんまり暴れすぎて、環境破壊をしないでくださいね」
スリンの一言に攻撃の音がやんだ。
「大地の精霊も、スリンにかかったらひとたまりもないね。あんた生まれながらの精霊使い(フェリア)だよ」
その言葉に、きょとんとしたスリンと、大笑いをした精霊達。それは、ウムスが戻ってくるまで、続いていた。
「さすがだね、兄さん。兄さんが目を付けただけの事はあるよ」
どこかの木の上で、ささやき声がする。
「ウムスをてなずけるとはね。もう数百年ぶりじゃないのか」
「そうだね、最後にウムスを手なずけたの、メイサだもんね」
トヤマ・メイサと言えばこの国の歴史を語る上で外せない人物である。この国の骨組みと作った一人と言っていい。
「メイサでもわれわれとともになるには至らなかった。あの少女は我々とともになる価値はあるのか」
「そんな事言っちゃって。兄さん結構あの娘のこと気に入ってるくせに」
トラクタスは咳払いをした。
「それはともかく」
「あ、放置しておいていいんだ。ローナに取られるよ」
その名前が出たとたん、トラクタスは苦虫をかみつぶしたような表情をした。
「あの女にスリンを奪われてはならない。あれがスリンをどう扱うかは目に見えている」
「それならさっさと契約しちゃえばいいのに」
「それは、だめだ。俺達の力は普通の人間には扱いきれないほど大きなもの。俺達と契約した人間は世界をも変える力を持ちかねないのだから」
「ああ、それは困る」
テンパスは本気で困った顔をした。
「でも、さっさと契約したほうがいいと思うけどね、僕は。だって彼女、王女だから」
「さっき王宮に呼ばれていたのはそれか」
「兄さん気づかなかったの?」
馬鹿にするようなトラクタスにテンパスはそっぽをむく。
「馬鹿にするな」
その言葉で一刀両断し、ふいとどこかに消えていった。
困ったような顔をしたトラクタスだけが残された。
「兄さん、ごめんなさい」
そしてトラクタスはふわり、と木からとびおりると、どこかへ去って行った。




