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盲目の精霊

「王女様。どうしてあのようなことをおっしゃるのです」

 王の部屋から退出したスリンは侍従にこう尋ねられた。

「わたくしは今はチーアーよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。だからあなたも今はわたくしに気を使う必要はありませんわ」

「わたくしがお聞きしたいのはそのようなことではございません。今チーアーでなくなれば、もう追い回される事もないのですよ?もう道でねなくともよろしいのですよ?それなのになぜ」

「わたくしが大切にしている事は、だれにも壊せないの」

 スリンの強い瞳に侍従は黙った。

 しばらくして、屋敷を出る時に、侍従はスリンに向かっていった。

「お大事に、スリン様」




 屋敷をでたスリンは向こうから、知った気配が追ってくるのに気付いた。

「オンディーヌ、ジルフェ、リグナム、ザラマンダー」

 嬉しそうなスリンに、精霊達も答えた。

「スリン、良かったですわ。わたくし、あなたがもうチーアーでなくなるのかと」

「ほんとうに、よかった。メルーナーさんたちも王宮の前に来ていますよ。

 ジルフェ、頼んだ」

「はいはい、仕方がありませんね。あまり使いたくはないのですが」

 そういってジルフェは舞い上がった。

「スリン、わたくしにお捕まりなさい」

 スリンと精霊達は舞い上がり、王宮の前に立ち往生しているディオネとメルーナーのもとに降り立った。

「ただいま、メルーナーさん、ディオネさん」




「この国の、裏の話をしよう」

 王はメノウに語りかけた。

「そなたは、悪鬼に取り憑かれた家族(アキ・レ・ファム)という制度を知っているか」

「聞いた事は、あります」

「ごくまれに生まれる短命の者たちを出した家族の事をこういう。その家族は、次に魔術師が生まれるまで、のけ者にされる。

 今は、真の魔術師(サー・ルーナー)は偽の魔術師(イン・ルーナー)の力を打ち消すもの、と言われているが、そもそもの始まりは、この制度なのだ。

 今でこそこの制度は辺鄙な村でしか行われていないが、昔はこの制度が広く行われていた。その当時村八分にされた者の一部は今でもそのままだ。お前の家も、おそらくはそうなんだろう」

「まさか、そんなことはありません」

「本当に、そうか?

 お前の瞳が黒くなければお前はいじめられなかったと思うか?」

「分かりません」

 王は一つため息をついた。

「そうだな。今となっては想像の域を出ないが、少なくともわたしはそう考えている」

「つかぬことをお聞きしますが、陛下は今おいくつですか」

「さあな」

 王はとぼけた。

「もし陛下が今崩御されたら、王家は悪鬼に取り憑かれた家族(アキ・レ・ファム)になるのでしょうか?」

「だから、もう昔の話だと言っただろう」

 メノウは王の目を正面から見た。それは本来ならば無礼とされていることだった。

「陛下は今、おいくつですか」

「・・・・・・ちょうど、百になったところだ。わたしが今死んでも悪鬼に取り憑かれた家族(アキ・レ・ファム)にはならぬ」

「陛下はご自身のお命になにか不安でもあるのでしょうか?」

 畳み掛けるようなメノウの質問に王はしばし瞠目した。

「ない、とはいいきれぬ。それゆえスリンを帰したのだ。二度も父親を失わせは、しない」

 それは王としての顔ではなく、父親としての顔だった。

「セイナ陛下・・・・・・」

 メノウは初めて王の名を呼んだ。そうでもしないと王がどこか遠い所へ消えていってしまいそうだったからだ。

 王は我に返ったように慌てて周りを見渡すと、メノウをひたと見据えた。

「今までの事は決して言ってはならぬ。メノウよ。今から魔女としての修行をはじめるのだ。倉の中にある書物にそれが書かれている。直ちに探せ」

「はい」

 メノウは再び王の目をまっすぐに見返した。



 あの後。スリンはメルーナー、ディオネの二人に非常に怒られた。

「わたくしのせいではありませんって」

 それは全く二人の責任転嫁なのだが、九歳やそこらの女の子が十五六の少年に口で勝てるはずもなく、スリンは説教を聞くはめになってしまった。

 それを見ていた精霊達はくすり、と微笑み交わした。

 異色な気配が現れたのに最初に気付いたのは、ジルフェだった。

「ウムス。お久しぶりですこと」

「その言い方は、ジルフェだね」

 精霊達と三人の前に降り立った盲目の精霊はスリンに向かって微笑みかけた。

「リュウア・スリン、僕は大地を司る精霊、ウムス。君と契約をしたくてここに来た。

 僕と友達になってくれないか」

「いいですわ。わたくしもあなたのような方なら大歓迎よ」

 いたずらっ子のようにスリンも微笑み返した。

「ありがとう、スリン。よろしく」

「よろしくお願いします」

「一つ言っておく。僕は見て分かる通り、目が見えない。別に精霊だからそのことによって何ら不便を被ったことはない。だけど、君の要望を完全に叶える事ができないかもしれない。が、それは許して欲しい」

 スリンは声を立てて笑った。

「なんで笑うんだい」

「だって、ウムスがあまりにも気にしすぎるから。わたくしは決してそんなことで怒ったりしないのに。他の精霊達の話を聞いていなかったの」

 目が見えない事をそんなことで片付けられたウムスは戸惑った。ジルフェが少し勝ち誇ったようにささやいた。

「だから、言った通りだったでしょう。まったくみんなしてわたくしの事を馬鹿にして。風の精霊を馬鹿にするといい事がありませんわよ」

 ジルフェが少しからかうように笑った。

「分かったよ。ジルフェの言う通りだ」

 ウムスは降参、とでもいうように手を高くあげた。

「わかればいいんです」

 オンディーヌはそれを見てくすり、と笑った。

「なんなのですか」

「いや、あまりにも微笑ましい光景なのでつい」

 オンディーヌに対して、今度は二人が抗議した。

「一体どういう事なんです、オンディーヌ」

「そうだよ。何が一体楽しいんだい」

「いや、なんでもない」

 二人が恋人みたいだと感じた事は黙っておこうとオンディーヌはかたく心に誓った。そんなことをすればこの二人の事だ、たちまち距離を置いてしまうに違いないから。

「さあ、いきましょうか。いつまでもここにいては危険ですわ」

 スリンの一言で我に返った精霊達は慌てて自らの友の後を追った。

「まってよ、スリン」

 スリンの気配だけを頼りにスリンの後を追うウムスは、スリンがあまりにも早く移動しすぎると後を追う事ができない。

「ああ、ごめん」

 あっけらかんというスリンにウムスはむしろ救われたような心地がした。

「ありがとう」

 思わずお礼を言ったウムスにスリンは首を傾げた。それに照れくさくなったウムスはスリンを残して飛んでいった。

「いまのは一体なんだったのでしょう」

「あいつの事だからほっといてやった方がいい」

 オンディーヌの言葉にスリンは釈然としないままに首肯した。




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