逃避行
「おい、兄ちゃん。
かわいい女の子つれてんじゃねえか。
こっちに渡しな」
無法地帯の真ん中を過ぎる辺り。
柄の悪い人達がたくさんいて、スリンは怖くなった。
そんなスリンの思いを見透かしたようにディオネは言った。
「大丈夫。あれらはわたしたちを傷つけることなどできないよ」
スリンは微かに頷いた。
いくら大丈夫だと分かっていても怖いものは怖いのだ。
「しかし、本当に多いな」
ディオネは呟き、メルーナーに向き直った。
「メルーナー、一旦このあたりでこいつらを絞めておくか」
メルーナーは曖昧に頷き、スリンに気遣わしげな目を向けた。
ディオネは大丈夫、というように目配せをし、無法者たちの正面にたった。
「なんだあ、兄ちゃん、やる気か?」
頭らしい男が笑うと他の男たちも追従する。
「いつまで笑っていられるかな」
ディオネは笑んだ。
そして――。
地面が一瞬にして灰になった。
男たちの笑みがひきつる。
「お前、魔術師か?」
頭の震えた声が聞こえる。
「だったらどうなんだよ、奴隷商人よ」
「お前には聞いてねえよ、お兄ちゃん。こっちの子に聞いてんだよ」
ディオネはそれを無視して続けた。
「大方トーウ伯爵にでも頼まれだのだろう」
頭の顔が真っ青に染まった。
「我々とて、トーウ伯爵と事をおこそうと思うほど馬鹿ではない。
この場は見逃してやるから、さっさと失せろ」
奴隷商人の集団は尻尾を巻いて逃げ出した。
「ディオネさん、メルーナーさん、ありがとうございました。
それにしても、どうしてあの人たちがトーウ伯爵に雇われてるって分かったんですか」
その時スリンは聞いてはいけないことを聞いてしまったことを悟った。
ディオネの顔は蒼白だった。
「わたしはトーウ家の長男だったから」
ぼそっと告げられた言葉に、スリンはどう反応したらいいのかわからなかった。
「そんなに気にしなくてもいいよ、スリン。君は知らなかったのだから」
ディオネは無理に笑顔をつくった。
「ただ、あまり突然だったから驚いただけだよ」
その時、メルーナーはある提案をした。
「ディオネには悪いが、俺は今がお互いの身の上話をする絶好の機会だと思う。
ディオネ、スリン、どうだ」
「わたくしは構いませんけど……」
そう言ってスリンはディオネを盗み見た。
「俺も構わない。
メルーナー、それならばどこか安全なところに移った方がよくはないか」
「そうだな……」
メルーナーはあたりを見渡した。
「あそこはどうだ?」
メルーナーの指差す先には鬱蒼と生い茂る森があった。
3人はこの先のことに気をとられていたので後ろから3人を見ていた影に気づかなかった。
かくして3人は森の中で身の上話を始めた。