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王の変化


 スリンを追っていこうとしたメルーナーたちは思わぬ人たちに行く手を遮られることとなった。

「ここから先は通さない」

 ノウヤたち町の人たちが彼らを通すまいと躍起になっている。

「通せ」

 メルーナーは低くつぶやくと、その指で何やら模様を描いた。

「ウィアム」

 人が割れて、たちまち真ん中に道が現れた。

「さあ、行こう」

 メルーナーたちはその間を通ろうとしたが、その間も町の人たちは容赦なく襲ってくる。

「きりがないな。ジルフェ、頼む」

「フェンバオ」

 突然大風が吹き人々は耐えきれなくなって、後ずさった。

「今のうちに」

 彼らは急ぎ足でその道を通り抜けると、あわてて結界を築いた。

「ここから先にわたしたちが通り抜けるまで通れないように」

 メルーナーはつぶやいて、ゆっくり手を動かした。

 追ってきた町の人たちは見えない壁にぶつかってはじかれた。

「すまない」

 思わずメルーナーはそういってしまった。

「さっさと行くぞ」

 ディオネがメルーナーをせかし、その場を急ぎ足で離れた。

「あのな、メルーナー。お前の言いたいこともわかる。しかし、今は俺らのことだけじゃなく、スリンのことも考えて行動しろ。スリンは魔女と皇帝の子だ、その事実は何がどうあっても変わらない。しかしスリンはまた、リュウア公爵の子でもあり、チーアーでもある。彼女はリュウア公爵の子、そしてチーアーとして生きる方を望んだ。このことをわすれてはいけない」

「ああ、すまない」

 いいんだって、とディオネ。その様子を精霊たちは黙って見守っていた。

「フェリエスト、リュウア・スリンか・・・」

「わたくしにはずっと前からわかっていましたわ。スリンがこの世に生まれ落ちたその日から」

 ジルフェは風を読むのが得意なのだ。

「しかし、どうして教えてくれなかったの」

「だって、アストフェリたる方々にわたくしがお教えすることなど、ほとんどありませんでしたから。アストフェリの方々はわたくしのことを無視されていましたしね」

 リグナムは沈黙した。確かに彼はジルフェを侮っていた。アストフェリにもなれぬ精霊、と。

「まあまあ」

 助け船を出したのは火の精霊、ザラマンダーだった。

「そこはわれわれが悪かったな、ジルフェ。しかしおまえもそこまで言っていないで、スリンを探す方に力を費やしたらどうだい」

「それはそうですけど」

 今度はジルフェが黙る番だった。ザラマンダーの言うことは正しい。しかし感情が追い付いていかない。

「そうだな、ジルフェの言うとおりだ」

 耐えきれなくなったオンディーヌが口をはさんだ。

「ジルフェはずっとなやんでいたからな。どうして受け入れてもらえないのだろう、と」

 ジルフェはオンディーヌをにらんだ。

「もう、こんな時だけわかったような口を利かないでよ。オンディーヌだってわたくしのこと、馬鹿にしてたんでしょ」

「そんなことはないわ。ずっとあなたのそばにいたじゃない」

「そのくせ新たな契約者を見つけると一人でさっさと行っちゃって。わたくしのこと全然考えてないのね」

 白熱しかけた口論をとどめたのは、ディオネだった。

「今はそんなことより、スリンをさがすほうが先決でしょう。そう、仲間割れしてはスリンが悲しみますよ」

 三人は口をつぐんだ。

「申し訳ありませんでした」

 ジルフェが謝ると、三人も口々に謝った。

「いいえ、わたしも悪かったですし」

「俺も悪かった、すまない」

 その様子を陰で見ていた双子の精霊、時空を司るテンパスとトラクタスは、視線を交錯させた。

「一見の価値あり、だな」




 王宮前に馬車が止まると、メノウ、スリン、ノウヤの三人は馬車から降り立ち、正門の前に立ち止まった。

「すみません」

 門番にメノウが持っていた皇帝からの手紙を見せると、門番はかしこまって三人を通した。

「陛下にメノウが来たとつたえておくれ」

「しかし、私どもでは、陛下の側近に会うことすらかないませぬ」

「そうか、それでは仕方ない」

 そういってメノウは腰に差した細身の剣をすらりと抜くと二人に向かって振り下ろそうとした。

「だめ!」

 そういってスリンは門番とメノウの間に滑り込んだ。その白い頬が裂け、鮮血がしたたり落ちている。

「わ、わたしはいったい」

「ねえ、メノウどうしてそんなことをしようとするの?メノウ言ってたじゃない。弱者のための裁判をするんだって。あれは嘘だったの?」

「嘘じゃない」

 暗く、押し殺した声でメノウはつぶやいた。

「あのことは本当よ。それは天地神明にちかって嘘じゃない。けれど、限界というものを見たときに、わたしは自分がいったい何をしてきたのかがわからなくなったの。

 今はもう何も思っていない。国家に忠実な犬、そんなものにわたしは成り果ててしまったの。スリン様、どうかお構いくださいますな。わたしのことは放っておいてくださいませ」

「そんなの、許さないわ」

 スリンは激しく怒った。それはとても苛烈な怒りで、その場にいた門番も、ノウヤもあきれて呆然と突っ立っていた。

「メノウ、あなたは自分を失っているのよ。そうに違いないわ。だって、あの一年ほど前に会ったメノウはそんな人じゃあなかったもの。

 確かにあの時、あなたはわたくしを王位継承者にするといった。そのときわたくしはそれが何を意味するのかをわかっていなかったから意味をなさなかったけれど、今回の話も全く同意なしに行われたわけじゃない。あなたは一年前にわたくしに教えてくださったのよ。

 それなのに、今回のは、何?この方たちにはなんの咎もない。そんな人をいじめて何が楽しいの?ねえ、お願い、目を覚まして。

 あの日の誇り高いメノウに戻ってよ。

 お願いします、メノウ様」

 その一言でまるで金縛りが解けたかのようにゆっくりメノウの瞳に黒い光が宿った。

「わ、わたしはいったい何を」

「門番を切り殺そうとでもしたんじゃないかしら」

 スリンは努めて平静に言った。

「な、なんと申し訳ないことを。申し訳ありません、ユイ様、ケイ様」

 二人の門番は明らかに動揺した様子だった。

「メ、メノウ様。わたくし共に丁寧語を使う必要などございませぬ。わたくし共はいやしい字下人の身。

 魔女であるメノウ様とは雲泥の差がございます」

「いいんだよ。わたしがそうしたくてしているんだから」

 メノウはからりと笑った。




「どうしてわたしの瞳は黒なんだろう」

幼いころからの疑問。それを母にぶつけたとき、母は少し悲しそうにいずれわかりますよ、とだけ告げた。その意味が分かったのは大分後になってからだったけれども。

陛下に呼ばれたとき、母が何を言っていたのかを理解した。わたしは「魔女」だったのだ、と。ということは、先代の「魔女」が魔力を失ったのも、「魔女」が陛下と通じてしまったのも、すべて、わたしのせい?

そんなはずはないのだが、一度そう思ってしまうと簡単には否定ができなくなってしまった。

それを打ち明ける友人もおらず、メノウは一人で抱え込むしかなかった。




「ねえ、どうしたの、メノウ」

 スリンが気づかわしげにメノウのほうを見る。

「なんでもありませんよ」

「嘘よ。そんなはずはないわ。だってメノウ寂しそうにしてたもの」

 メノウは苦笑した。

「スリン様は本当にいい心根をお持ちですね。それをわたくしなどではなく、ほかの人に分けてやってくださいませ」

「いいえ、そうはいかないわ。わたくしは決して誰も見捨てたりはしない。メノウ、いいから話してよ。何がいったい」

 メノウはしばし迷った。このことをスリンに話していいものかどうか。しかし先ほど話した時点でもはや大分スリンを傷つけている。この際だからすべて行ってしまおうとメノウは考えた。

「スリン様にはご不快な内容が含まれるかと存じますが、聞いていただけますか。

 わたしが陛下に呼ばれてから、わたしは、ずっと迷っていました。わたしが魔女になる資格があるのかと。わたしが魔女の魔力を奪ったも同然ではないかと。

 つまり、魔女が陛下と通じたのもわたしのせいではないかと、こう思っているのですよ」

「そう」

 そういったきりスリンは黙り込んでしまった。メノウは内心で舌打ちをした。

(やはり聞かせるべきではなかったか)

 スリンは賢すぎるほど賢いところがあり、今の話を聞いておそらくすべてを理解したはずだった。それで自分が拒否されるのなら、それでもいい、と感じていた。

 しかし次のスリンの言葉は、メノウの予想を裏切るものだった。

「どうして今まで言ってくれなかったの」

 わたくしはそんなことで人を嫌いにならない、と。

「ありがとうございます」

 メノウは叩頭せんばかりにお礼を言った。

 スリンは慌てた。

「そんなこと、しないでちょうだい。わたくしはあなたよりも年下なのよ。身分もあなたの方がずっと上でしょう、メノウ様」

「今までは、ですよ。今まではあなたはチーアー、わたしは裁判官。しかし今はあなたは王女、わたしは魔女。わたしは将来あなたの臣下とならねばなりません。

 不思議なことでしょう」

「ええ、不思議だわ。でも魔女は臣下ではありませんわ。魔女と陛下は対等でなければなりません」

「それは前までの話です。陛下は、魔女は臣下でなければならぬと仰せなのです」



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