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二人の苦しみ

「スリンがムツィオの魔女と皇帝の子ですって」

 その話を初めて聞いた精霊たちは驚いた様子を見せた。

「だから、あの力の強さ、か」

「ジルフェ。あなたわかっていたの」

「あの力は尋常な強さじゃない。それはオンディーヌ、あなたにもわかっているでしょう」

 オンディーヌはうなずいた。

「あの子の力はとても強い。そしてその心には光がある。それこそ、わたしたちのような独立心の強く、矜持の高い精霊ですら魅かれるような。

 ・・・・・・魔女の子だったんだな」

 沈黙はゆっくりとメルーナーたちを覆っていく。

 その沈黙の意味に果たして彼らは気付いたかどうか。そんな彼らをあざ笑うかのように素早く時間は経過していく。

 やがて、ジルフェはぽつり、ぽつりとその沈黙の意味を語りだした。






 昔、昔の出来事。

 魔女が、初めてムツィオに登場した時のこと。

 魔女は己の力を過信し、己の権力に酔っていた。そして己よりも力の強いものを認めなかった。

 その時魔女の暴走の被害者になったのが、精霊たちだった。精霊たちの中でもアストフェリと呼ばれる上位に属する精霊たちはたくさんの迫害にあった。

 そのころに多くのアストフェリが姿を消した。今のアストフェリは当時はとても力の弱かった存在で、そののちに力を付けた者たちだ。

 その迫害は魔女が亡くなるまで続いた。

「そうしてわたしたちは、大切な師を多く失いました。しかし、その事実を知ってなお、わたくしは、スリンのことが好きなのです。

 話を聞く限り、スリンは皇帝のために連れ去られたのだと思います。あのメノウという女性もその被害者でしょう。

 ならばわたくしたちはそこから、その軛から、スリンを解き放つために全力を尽くしましょう」

 それに残りの精霊たちも同意した。

「スリンにはなんの咎もない。あの子はただ純粋にリュウア公爵を好いているだけだ」




「あの時、とは」

 沈黙に耐えきれなくなったメノウはスリンに尋ねた。

「わたくしがお父様と話した最後の日ですわ」

 スリンは泣きながら、話し始めた。

「わたくしはお父様の様子がいつもと違うことに気付いていました。お父様は時間をいつもより気にしているようでした。

 お父様はいつものようにわたくしと話し終えたあと、わたくしを見おさめるような目で見たのです。

 そのあとお父様は少し用事があるから、と家を出ていかれました。わたくしはこれきりお父様に会えなくなるのではと怖くなって、お父様にどこにもいかないで、とつい言ってしまいました。

 お父様は少し困った顔をされた後、軽くうなずいて、こうおっしゃいました。

 『大丈夫。・・・・・・また会おう、わたしの娘、スリン』

 お父様は最後の言葉は聞き取っていないと思われていたみたいですけれど、わたくしにはその言葉がはっきりと聞こえましたもの」

 メノウはしばし沈黙した。やがて、そうか、といい、自分の過去を話し始めた。

「スリン様にお聞かせするほど面白い話とは思いませんが、我慢してお聞きくださいませ。

 わたしは昔から親に嫌われていました。なぜならわたしがルーナーだったからです。女のルーナーが生まれるというのは、魔女の死を意味していると両親は考えていたのです。

 わたしの瞳は黒。誰よりも強い力の証拠を持ちながら、その実大した魔術も使えなかった。わたしはそれで昔からよくいじめられていましたよ。『なんでお前の眼は黒いのにそんなに力が弱いのか』と。それに悩んだ時期も少なからず存在します。

しかし、よく考えると、魔女になるということは、その時点でわたしの女としての『普通な』生活すべてをあきらめねばならないということなのです。わたしはそれが嫌だった。いや、今も好んでそうしたいと思うつもりはありませんよ。命令ならばわたしに拒否する余地はありませんからね。

わたしはそして当時いじめられていたため、弱者の気持ちも分かった。だからわたしは裁判官になったのです。どうせ多くの裁判官は強者のほうの味方しかしないでしょう。こういう変わり者が一人か二人混じることで公正な裁判ができるんじゃないかと思ったの。

しかしそれは間違っていました。わたしがいくら本当に正しい方の味方をしても、結局のところ強者に利のある判決ばかり。あなたのお父様の例もそれよ。『罪人をかばった罪』なんて本当は嘘よ。あなたのお父様は皇帝に殺されたも同然。皇帝は自らの権威を守るために、魔女とリュウア公爵を切り捨てたわ。皇帝は魔女がリュウア公爵と通じていたと公言した。魔女の魔力が弱まったのは民衆にも明らかになっていたから。

ああ、そんな顔をしないでください。わたしはあなたに事実を教えているだけだもの。たしかにむごいことをしている自覚はありますわ。けれど、あなたはこのことを知る機会は今を除いてほかにないのよ。王宮に入ったら陛下を責めるようなことは一切申せませんし。

そう、それでわたしはこの国に嫌気がさしていたの。だから、すすんでチーアーを追いかける役を志願した。ほかの国を知ったら少しは何か変わるかと思って。

でも、そうじゃなかったの。どこの国もほとんど同じ。皇帝の権力がとても強く、民衆どころか、貴族でさえも皇帝に意見を言うことができないほどよ。

ムツィオはまだましよ。皇帝は少なくともそんなに馬鹿じゃない。

そう、それで、わたしがチーアーを追いかけるようになってもう十五年目、それが今回のチーアーよ。そこでわたしはあなたに出会った。わたしはあなたのことを少なからずすいている。あなたがどう思っていても。

できればあなたにはサー・チーアーになってほしい。しかし、皇帝の命令には逆らえないわ。それはそういう運命なの」

運命。その言葉をメノウの口から聞くとは思っていなかったスリンは目を瞬かせた。メノウはそれに気づかずつづけた。

「それは、わたしたちが生まれる前から決められたこと。抗うことは、許されない」

 そういったメノウの漆黒の瞳にはあきらめとも哀しみともつかない色が浮かんでいる。

「そんなことをいわないで」

 スリンは思わずメノウに話しかけた。

「運命なんて言う言葉は嫌いよ。そうしたらわたくしがもし頑張って音楽に秀でたとしてよ、それが運命だって言われるのはいや。わたくしの運命は白紙で、わたくしのこれからの行動によってきまっていくのよ。わたくしがお父様と離れたのも、わたくしがチーアーとなったのも、すべて今までのわたくしの行動によって決まったことよ。

 少なくともわたくしはそう信じているわ」

 メノウの瞳がかすかに揺れた。

「そう、信じることができたらいいのですけどね」

 馬車はゆっくりとムツィオの門をくぐっていく。その音をききながら、メノウとスリンはお互いに顔を見合わせていた。

 決して相容れることはない存在。けれどなくてはならない存在になるであろうこの二人は、ゆっくりと、窓の外を見降ろした。

 それは二人が一年前に離れたムツィオの街並みだった。チーアーを追うものはチーアーがすべて捕まるか、サー・チーアーとなる五年後かにしかムツィオに戻ることができない。

 チーアーをかくまうことを防ぐために。

「なつかしいな」

 どちらからともなくその言葉は自然に漏れた。

「わたくしがここを追われた時、この草はこんなにも伸びてはいませんでしたわ」

 スリンは感慨深げにつぶやいた。

「帰ってきたんだわ」

 間もなく、馬車は王宮前の広場につく。

 


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