呪いの茸
「スリンはもう大丈夫だろう」
二人の様子を見ていたメルーナーは感慨深げに、しかしどこか寂しそうにつぶやいた。
「そうだな。だが、やはりまだまだ心配な面もたくさんあるけどな」
ディオネの物言いに、メルーナーは苦笑した。
二人にとってスリンはすでに妹のような存在になっていたのだった。
「しかし、夕餉をどうするかな」
「とりあえず近くの森かどこかで、食べられそうなものをさがしてくるとするか」
そしてスリンに向かって
「俺らは夕餉の何かを探してくるからな」
と、声をかけた。
「わかりました。いってらっしゃい」
スリンは明るく返事をした。
「あの二人だけで食べられるものがわかるのでしょうか」
オンディーヌは不安そうに言った。
「二人とも一応そういうことはわかっているみたい。その点わたくしなんかよりもよっぽど役に立っているわ。わたくしはやっぱりまだ誰の役にも立てていない。歩くのも遅いし、オンディーヌと出会う前は自分で自分の身一つ守れなかったわ。いいえ、いまだって、自分では守れないの。オンディーヌの助けを借りなければ。
時々思うの。あの二人はわたくしがいなければもっと楽に逃げれたのではないかって。もしあの二人が捕まることがあれば、それはわたくしのせいなのではないか、と」
「それはありません」
オンディーヌは半ば怒った様子で言った。
「スリン、あなたの存在は非常に重要です。あなたがいなければあの二人はもうとっくの昔に仲たがいをしていたでしょう。あなたという存在は非常に重要な求心力なのです。それを忘れてはいけません」
「ありがとう。やさしいのね」
スリンが微笑むとオンディーヌは急にどぎまぎした。
「あなたが落ち込んでいると周りの人にも迷惑がかかりますからね。それ以上でもそれ以下でもありません」
スリンはふふ、と笑った。
「なにがおかしいのです」
オンディーヌは軽くスリンをにらんだが、スリンは素知らぬ顔だ。
「言いたいことがあれば言ってごらんなさい。わたくしは決して怒らないわ」
「だ、だからですね、その・・・」
オンディーヌは口ごもってしまった。
「なあに」
「い、いえ。何でもありません」
オンディーヌが慌てていたときに、ふたりが戻ってきた。
「ほら、ちょうど二人も戻ってきたようなので、今日はこの辺にしておいてあげましょう」
「しておいてあげましょう・・・ねえ。それはいったいどっちのことばなのかしら」
「わたしの言葉に決まっているではありませんか」
その強がりがスリンにはかわいく思えた。
「聞いてくださいよ。スリンが・・・」
オンディーヌが二人に訴えようとしたが、二人は顔を見合わせただけだった。
「すみません。もう一度話していただけないでしょうか」
「?」
今度はオンディーヌが首をひねる番だった。
「えっと、オンディーヌ。今二人はもう一度言ってくれないかって言ったのよ」
もしかして、精霊の話す言葉と人間の話す言葉は違うのかもしれない、とこの時初めて四人は思った。
「いまわたくしは何語で話していますか?オンディーヌ、メルーナーさん、ディオネさん」
スリンの問いかけに三人は一斉に首をひねった。
「わからない。だが俺には理解できた」
「わたくしも理解できたよ、スリン」
ディオネとオンディーヌがそれぞれ答えた。
「ということは、いまわたくしは何語を話しているの?」
「わからない。もしかしたらフェリアというものはそういうものかもしれない。
われわれフェリアでないものはフェリアを通してしか精霊の言葉を理解しないものなのかもしれない。
前回フェリアと対峙した時、あの精霊の声は聞こえた。また、先ほど、オンディーヌがスリンに契約を頼んだ時も聞こえた。ひょっとしたら、精霊がフェリアに対して発する言葉は、フェリアが精霊に対して発する言葉は我々にもわかるのだろう。しかし、精霊とフェリアでない人は直接交流することがめったにないため、精霊の言葉は普段は我々には理解できないのかもしれないな」
「そうだとすると、これから先、困るとおもうわ。だってオンディーヌとディオネさんやメルーナーさんが話す必要だってこれから出てくると思うの。だから、オンディーヌ。メルーナーさんやディオネさんにお互いの言葉を理解できるようにすることはできないの?」
「わかりません。もしかしたらわたくしが願えばできるのかもしれません。そうですね。一度やってみましょうか」
その途端、二人の周りを透明な青色の光が取り囲んだ。スリンはその美しさにうっとりとしていた。
「ディオネさん、メルーナーさん。わたくしの言っていることがわかりますか」
二人ははっきりとうなずいた。
「これで意思の疎通ができますね」
よかった、と四人は安堵した。
「それでは無事解決したところで、夕餉にしようか」
そういわれて初めて、スリンは自分がおなかがすいていたことに気が付いた。
「そうそう、こんな珍しいものがあったからね」
エノコ茸なんてめったにないからなあ、と話しながら二人は何かをたくさん取り出した。それは、不思議な形をした、茸だった。
「それを食べてはいけない」
オンディーヌの声が耳朶に突き刺さった。二人ははっとしてオンディーヌのほうを見た。
「なぜです。エノコなんてめったに見ませんし、食べても毒になるものではありませんでしょう」
「そなたたちはエトニアのエノコの話を知らないのですか」
「申し訳ありませんが、存じ上げません。もしよろしければ教えていただけるとありがたいのですが」
「わかりました。それでは話しましょう」
それはこんな話だった・・・。
大昔、一人の少年が今のエトニアのあるところに迷い込んできた。
その少年はひどく美しい顔立ちをしていたため、多くの女性が彼の虜になった。
しかし少年はそんな女性たちを歯牙にもかけずに、ある場所を目指していたように見えた。
少年はしばらく町の中を歩いていたが、やがて女性たちに嫌気がさしたのか、突然、姿をけした。
後から聞いたところによると、その少年は、ひそかにエトニア最高峰の山に登って髪になろうとしたという噂が存在する。
それから数か月したある日、少年はまたふらりと町に現れた。しかし町の人々は誰もその少年があの美しかった少年だとは思わなかった。
町の人たちは途端に手のひらを返したかのように少年に冷たく当たった。
少年はそれに耐えきれず、ある日とうとう山に登って自らの首を掻き切ったという。
その少年から迸った血潮はあたり一帯を染め、その少年からあふれた血塊はその近くにあったある茸が全部吸い取ったという。
「その茸がエノコなのです。それ以来、ここの人たちはこう噂するようになりました。
『エノコを食べてはいけないよ。少年が自分を見捨てたエトニアの人たちを呪いに来るから』
と」
「その子がかわいそう・・・」
スリンがつぶやいた。
「確かにその少年は不幸だったのかもしれません。少年が何をなしたかったのかはいまだに不明で、今でも少年が何をなしたかったのかの研究がなされているくらいです。
少年が何をなしたかったのかがわかったら、この呪いも解けるのではないかと信じている人も少なからず存在します」
「それでは私たちはこれを戻してきたほうがよいのでしょうか」
「そうですね。あとできれば燃やすか埋めるかしてあげてください。そうすればその少年も少しは安らぐと思いますから」
「わかりました」
メルーナーは一人で山に分け入っていった。
「イン・ルーナーが二人から離れたぞ」
ひそひそ声がどこかで聞こえる。
「今ならあの二人は無防備だ。誰も守るものはいない」
「やれ」
「分かりました」
三人だろうか。どうやら彼らにはオンディーヌの姿は見えていないようだった。
「放て」
「危ない」
「危ない」
そう、オンディーヌは叫び、たちまち水の障壁を築いた。二本の矢がそれに包まれ、跳ね返っていく。
その跳ね返った矢はそれを放ったものたちにまっすぐ突き刺さった。思わずうめき声をあげる二人に頭らしき人は戸惑った。
「いったい何が起こったんだ・・・?」




