最終. 高校3年2月 - 「昨日のチョコと交換!」
「え、新人クンもあの大学受けてたの?」
朝の音楽準備室に、くるみの大きな声が響きます。二人の受けた大学の合格発表は今日、2月14日です。
「うん、やっぱり地元の方がいいかなと思ったし……」
啓太はそこまでびっくりされるとは思っていなかったようです。香奈も飯尾も最近は朝に顔を出します。でも、4人そろっても、合否前の受験生が居ると話は楽しい方向に行かないものです。
「とかいって、私に付いてくる気でしょ、やらちぃー」
くるみは『イー』と言う顔で言います。
「そ、そうじゃないよ。近いから受けたって言っているでしょ。他にも受けているしさ」
「くるみ、啓太クン、お・ち・ついて」
香奈が割って入ります。啓太は、困ったような怒ったような顔。くるみはふてくされたような顔です。
「もう」
香奈はやれやれと言った感じです。飯尾はそのやりとりをギターをさわりながら楽しそうに見ています。
「あ、そうだ」
香奈はそうわざとらしく何かを思い出したような感じで、今日は何かが入っているカバンをあけます。啓太とくるみはそのままの表情で、目だけ香奈を追います。
「はい、あげる」
そうです。チョコです。カバンにはかわいい包みのチョコが3つ入っていました。中身は大きさからおおよそ板チョコが2枚と言った感じです。
「もちろん、友情チョコね。しかもビターね」
そういって香奈は、くるみと啓太と飯尾に渡します。飯尾に渡すときなんか言ったようですがそれは聞き取れませんでした。
「あ、香奈、ありがとっ」
くるみの機嫌がちょっと治ります。
「香奈さん、ありがとう」
啓太は完全回復です。去年もらえなかったのでうれしさもひとしおです。
飯尾は「サンキュ」です。
香奈がチョコを渡し終わると、3人の視線はくるみのカバンに集まります。ちょっといつもより膨らんでいます。
「えっと、な、なに?」
くるみはなにか期待されているのを感じ、ちょっと後ずさりです。
「ここであげなきゃだめ?……ま、いいかな」
くるみは何か考えていたようですが、自ら流したようです。くるみのカバンの中には2つの袋が見えました。一つはチョコが十数個入っているのがわかります。もう一つは……。
「えっち」
無意識にカバンの中をのぞき込んでいた啓太をくるみが一括!
「あ、ごめん」
「いえいえ。はい! ごめんね、バンドメンバー専用じゃなくて、クラスの男子用と同じだけど」
くるみは、ちょっとてれながら、ぶっきらぼうに3人に手渡します。
「くるみ、ありがとう」
「サンキュ、くるみちゃん」
啓太に渡すとき、一瞬躊躇したのが香奈にはわかりました。くるみはそのままいわゆる義理チョコを手渡します。
「ありがとう、くるみちゃん」
啓太はお礼の言葉をうれしそうに発音しましたが、心なしかちょっと視点が定まっていません。
「うん」
そう答えるくるみもなにか我慢しているようにも見えました。
その時、ちょっと遠くでチャイムが鳴るのが聞こえました。この空気を振り払うかのようにくるみが元気に言います。
「あ、ホームルームだよ、行かなきゃっ、ね」
「あ、うん」
4人は慌てることもなく教室に向かいました。
「くるみ、いいの?」
香奈は降りていく階段の途中で小さくくるみに言いました。
「な、なにが?」
くるみは、吹っ切ったような屈託のない笑顔で答えます。
「ううん……」
香奈はそう答えるしかありませんでした。
ホームルームの後、合否待ちの数名は、自由行動です。香奈はそのまま授業を受けます。飯尾は一足先に帰ってしまいました。
「じゃ、私、行ってくるね」
くるみは直接大学に見に行くそうです。啓太も行こうとすると、くるみが手で制します。
「落ちていると恥ずかしいから、別々に行こうよ」
そのくるみの手はちょっと震えています。啓太は少し考えてから、答えます。
「わかった」
くるみはニコッと笑い、ぱたぱたと小走りで向かっていきました。
この後、香奈と啓太は、一年の女子の『受け取ってください』のコンボ攻撃が待っていました。啓太にとっては始めての経験で、舞い上がっていた、というより、パニクっていて、正直女子の顔をほとんど覚えられませんでした。もちろん、何をしゃべったかも覚えていません。
「ふう」
香奈は自分の席で一息です。啓太も自分の席で、ちょっと放心状態です。もちろん、顔は真っ赤のままです。
「すごい人気だね、啓太クン」
「あ、いえ、はい、びっくりですよ」
「いい気分?」
「なんだろう、なんかすっきりしない、かな」
啓太は、ちょっと落ち着いたところで貰ったチョコを一個一個見見ていきます。
「あ、これすごい」
「お、すごいねそのチョコ。本気、かもね、そのコ。男子には悪いけど、結構ノリで上げる女子も多いからね。でも、本気なコもいるから、ちゃんと自分の気持ちを伝えてあげて……」
そう言いながら香奈が啓太をみると、ものすごく真剣な顔をしていくつかのチョコを見ています。そして、香奈を見て頼みます。
「よかったら、義理とノリと本気を教えてくれないかな」
「……まじめだね、啓太クンは」
「え?」
「ううん。了解、本気チョコを教えてあげよう」
なぜか【男の子】風の声で答えました。
その日、啓太が大学に合否を見に行ったのは、薄暗くなってからです。行く前に、香奈が認定してくれた『本気』のコ、数人に、ぞれぞれに会いに行っていたためです……。
*
「……香奈」
その日の夕方、一人で「受け取ってください」のコンボ攻撃を凌いだ香奈のところに、くるみが帰ってきました。この高校からだと往復だけで3時間かかるので、香奈はそのまま帰ると思っていました。
そのくるみがわざわざ学校に戻って来たのですから、良い報告かと思ったのですが、どうもくるみの顔を見るとそうでもなさそうです。ちょっと顔色がよくないです。少し震えているようにも見えます。
「くるみ……」
まだ、クラス内には数人残っています。
「……準備室、行こうか?」
くるみは無言で頷きます。
音楽準備室について、くるみをイスに座らせて、扉を閉めた時、くるみが何か言いました。
「……れてた」
静かな音楽準備室でも香奈には聞き取れませんでした。
「なに?」
香奈がやさしく問うと、くるみはバッと立ち上がり、堰を切ったように、話し始めました。
「ど、どうしよっ、新人クンが本命チョコ貰って、コクられてたっ。かわいいコ。たぶん一年生の。昇降口の置くの体育館に向かう通路の横で。最初一人だと思ったから、声かけようと思って近づいたら、相手がいて、だから慌てて隠れて。でも、声が聞こえちゃって」
くるみは話しながら、真っ赤になり始めた両目の下を両こぶしでなにかを抑えているようです。そして、また、イスにゆっくり座ります。
香奈は近づき、そして、座っているくるみの左に立ち、頭をゆっくり、自分のほうに引き寄せました。体が小刻み震えているのがわかります。
「それで、それで、そのコがス、スキですって言ったけど、なんか、他に好きな、コがいるって……他に好きな、おさな、幼なじみのコがいるって……」
「そう」
香奈は優しく頷きます。その瞬間にくるみは、体の向きを変え立ち上がります。
「香奈! 私、どうしたの?」
その質問に一瞬驚いた香奈ですが、にっこり笑い、やさしくくるみの頭をなでながら、ゆっくり言いました。
「たぶん、自分の気持ちを抑えすぎているんじゃないかな。他人の事じゃなくて、今のくるみの素直な気持ちに聞いてみたらどうかな」
くるみは両手を握って顎の下当たりに持って行き、少し祈るような格好で考えています。
ゆっくりと震えが収まっていくのがわかります。少し落ち着いたようです。それをみて香奈はこう続けます。
「今のくるみの気持ちを素直に言うのが一番いいと思う、くるみらしく、ね」
くるみはちょっと下を見て考えているようです。香奈はくるみがおそらく『考えていること』だろうことを、口に出してみます。
「……もしかして、前に聞いた、例の小学校の時のカレ?」
くるみはその言葉にハッと顔を上げ、ちょっと力強くこう言いました。
「カレじゃないよ……でも、約束したし……覚えているかわかんないけど……」
香奈の思ったとおりのようです。
「うん。それね」
「え?」
「それも含めて、くるみの考えていること、ちゃんと気持ちを伝えてみなきゃ」
「で、でも……」
頬を赤らめてちょっとすねた顔になっているくるみを見て、香奈は思わず抱きつきます。
「くるみ、かわいーーーー」
「ひゃー」
しばらくぎゅっとした後、両肩をつかみ手を伸ばします。香奈の真っ正面にいる目と頬の赤いくるみに、力強く、そして、やさしく言います。
「くるみ、後悔しないで。まだ間に合うよ。くるみを全部ぶつけてみよ?」
まだ悩んでいるくるみに香奈は思い切ってカミングアウトです。
「これは応援になるかわかんないけど、あたしも最近告白したよ、喜一に」
「は?」
くるみは一瞬意味がわからず、へんな声を上げてしまいました。
「……え? え? 喜一って……飯尾?」
「返事は保留されたけどね……。黙っててごめんね」
香奈はペロッと舌を出して、珍しく赤い顔をしています。
「ね、だから、くるみも!」
そう言って香奈は今出来る最高の笑顔をプレゼントしました。
「……うん」
*
次の日、くるみはかなり早い時間に学校に着きました。しかしそれよりも早い人がいました。
くるみが教室の扉を開けると、すでに啓太が朝日の差し込む窓枠にちょっと座る様に立っていました。
「おはよ」
啓太はくるみが来るのを窓から見ていたのでしょう。特に驚いた様子はありません。啓太は相変わらず朝は一番乗りです。ただ、今日は昨日の合格を報告したくて一段と早めなのです。
「おはよっ」
くるみも驚いていません。教室の扉をちょっと入ったところで、元気に挨拶です。でも、いつもとはちょっと違います。なんか元気を演じているのです。
「くるみちゃん、早いね」
「うん、なんか早く起きちゃったから、家にいても暇だし、昨日……昨日出来なかった、合否の報告も早くしたかったし……」
くるみは言葉を言うたびに声のトーンが下がります。
「……うそ」
最後の言葉はすごく小さいですが、まだ誰もいない教室では、扉から窓までの距離でも十分啓太に届きます。
「うそ?」
「うそ、うそ、うそっ」
くるみは自分の言葉一生懸命否定します。
「……新人クン、……『ケイタクン』も早く来ているといいなって思って、早く来ましたっ」
くるみの発した『ケイタクン』の発音はうわずってます。仕方ありません。初めて発したのですから。
「くるみちゃん?」
「ほんとは卒業ライブの後って思ったんだけど、……今日、朝、居たらきちんと話そうと思って」
ちょっと興奮気味に一生懸命は話すくるみに、窓際の啓太は優しい眼差しで答えます。くるみには逆光ですが、啓太の表情は見えたようです。
「すう」
くるみはちょっと一息着いて落ち着きます。そしてゆっくり啓太の方にちょっとギコチなく歩きながら、ぺったんこのカバンから何かかわいい紙袋を出しました。
啓太の前、2mぐらいの距離で立ち止まります。くるみはちょっと下を向いたままですが、その表情は一生懸命微笑んでいますが、緊張しているのがわかります。
そしてかわいい紙袋を右手に持ち、啓太の前にスッと差し出します。それは、たぶん昨日の朝、くるみのカバンの中にあったもう一つの袋です。
啓太は何だろうと思いながらも、受け取ろうと手を出すと、くるみがその体制のまま、いえ、ちょっと震えながら、
「き、昨日のチョコと交換!」
と強めに言ったあと、小さく、
「……してください」
と言いました。啓太は、うつむいているくるみの顔を首を傾げる様に覗き込みます。そして、こう答えました。
「なんで?」
「な?」
くるみはその予想外の応答にびっくりして顔をあげました。啓太の笑顔が、その後ろから差し込む朝日よりも輝いているように見えました。
くるみは差し出した右手は一段と震えています。眩しい啓太の顔から少しだけ視線をそらします。
「えっと、……昨日、見ちゃいました。一年生のコと会っていたのを……」
「あ、アレ? あれは……」
啓太が言おうとするのを、くるみは目をぎゅっと閉じて制します。
「聞いてっ」
いつもとは全然違うくるみに啓太も少し緊張し始めます。
「……会話も少し聞こえちゃって……ううん、聞くつもりじゃなかったの」
「うん」
啓太は優しく頷くだけです。
「……好きなコがいるって……幼なじみの……」
「うん」
「……私もいるの、幼なじみで、その、好きな人……」
「……」
「でも、もしかしたら、もう覚えていないかもしれないの、小さい時の話でね」
くるみは、ふと、啓太の顔に視線を合わせます。啓太は微笑んだまま、じっとくるみを見ています。くるみはすっと視線をはずして続けます。
「会ってないの……。だからその人に会ったらどうなるか自分でもわからないの……でも……」
くるみは、キッとした顔で前を向き、啓太の目をじっと見た後、ぎゅっと思いっきり目をつぶり、誰もいない廊下まで届きそうな声を出しました。
「今は、あなたが好きっ」
くるみの体は震えているのが2mほど離れている啓太にもよくわかります。何より、右手の紙袋の中がカタカタ言っているのです。
啓太は、少し前に進み、紙袋を持つくるみの右手をそっと左手で触ります。ものすごく冷たくなっています。不安そうにくるみが目を開けます。啓太は相変わらず朝日を背中に、受けながら、ほっとした表情になっているのがわかりました。
「よかった……、覚えていてくれたんだ、くーちゃん……」
啓太の発したやさしい言葉は、くるみを落ち着かせることはありませんでした。
「え? え? え? えー? 『くーちゃん』って……、えー?」
くるみの目にはいっぱいの涙が今にも落ちそうなぐらいにあふれ始めました。ただ、状況が読み込めなく、うれしい顔? 疑問の顔? 混乱の顔? それぞれが入り乱れ交互に現れます。
「うん、くーちゃん、僕も好きだよ」
そう言ってくるみの冷たかった右手をぎゅっと握ります。くるみは、信じられないというような顔で小さく質問します。
「けいくん、なの?」
「うん」
「うそ、何で言ってくれなかったの?」
「覚えていないと思ったから……ごめんね」
「ううん。けいくーん」
くるみはそのまま前にジャンプし、けいくんの体に体当たりします。くるみの頭はちょうどけいくんの胸あたりにぶつかっています。けいくんは、右手で頭を抱きかかえます。
「よかった、けいくんだった、けいくんで……」
「くーちゃん、久しぶり」
「うん。……おっきくなったね、けいくん」
教室にはまだ誰も来ません。昇降口のほうからやっと声が聞こえてくるまで、二人は、一日遅れで貰ったチョコを二人で食べながら恥ずかしそうに笑っていました。
「あ、ぼちぼち、他の生徒がくるかな?」
くるみはいつも通りの口調に戻りました。でも、目は赤く、口元はにやけたままです。普通に戻ったくるみを見て、啓太はずっと気になっていたことを聞きます。
「くーちゃん、一個、聞いていい?」
「なに?」
その呼ばれ方は久々なので、まだ恥ずかしそうです。
「なんで、僕の名前を見た時、思い出さなかったのかなって。あまり『エジマケイタ』って一般的な名前じゃないと思うんだけど」
「だって、私、『エノシマケイタ』って覚えていたんだもん」
くるみは恥ずかしそうにちょっと口を尖らしながら答えました。
「……くーちゃんらしいね」
「けいくんは、私ってすぐにわかった?」
「うん、あの時に。あまり変わってなかったし、名前と水玉で、絶対そうだと……あ」
「もう。……けいくんのえっちー」
☆おわりなの☆
終わっちゃいました。これを書いていた一週間、このバンドのことばかり考えちゃっていました。いよいよ文化祭だっとか、もう少しでコクれるよ、だからがんばれってみたいに。
夏フェスとか合宿とか岡島先輩襲来事件とか、新メンバーの宇佐美留美ちゃんとか、バッサリで、ごめんなさい(登場人物に謝ってます)。
機会があれば、ぜひ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。