8. 高校3年1月 - 「デ、デビュー出来たら、ね……」
高校3年生は、文化祭が終われば、後は、期末テスト、そして4月からの生活、そしてその後の人生を左右する決断と受験が待っています。
香奈は、あの後、本校、他校の男子からもラブレターをいくつか貰うようになったそうですが、その気はないようです。大きく変わったことと言えば、教室のクラスメート相手でもたまに【アニメ】風の声などを使っていることでしょうか。もう隠す必要はありませんから。
くるみの変わったところと言えば、受験のせいでしょうか、ちょっと考え事をしていることが増え、笑いながらしゃべっている時間が減ったかも知れません。そして、塾の回数は減らしました。その代わり、啓太と一緒に『香奈講師』の下、音楽準備室で勉強する時間が増えていました。
飯尾は、放課後、すぐ居なくくなることが増えました。香奈の話では、校外でのライブ活動の助っ人をちょっと増やしているそうです。それでも、卒業ライブに向けて週2回は音楽準備室に顔を出します。
啓太は結局いつも通りの髪型に戻し、メガネをかけています。教室では相変わらず大人しいごく普通の男子生徒です。くるみと一緒に『香奈講師』の下、音楽準備室で勉強する時間も、相変わらずです。ギターの練習はちょっと減りました。
「でも、啓太クンもくるみも、期末試験、あたしより上だったじゃない」
音楽準備室では『香奈講師』が二人に出題した後、ボソッとつぶやきます。
「えっと、でもでも、なんか、香奈には勝てないんだけど、負けたくないんだよね」
くるみが出された問題を一所懸命解きながら、答えます。
「ふーん」
くるみの真剣な顔とは釣り合いのとれない、どこか不可思議な、且つ、不安げな台詞に、香奈はありきたりの返事をするだけになってしまいました。
「後、『メガネクン』にも負けられないっ」
くるみはそう言って問題に向かいながらも机の下では、向かいに座っている啓太の膝を軽く蹴ります。啓太は一瞬顔を上げますが、すぐに問題に戻ります。
「ふふ」
このやり取りを香奈は微笑ましく思っているのでしょうか。やさしく笑って見守っているようです。
実は、この時すでに、香奈は短大に推薦での入学が決定していました。
飯尾は、上京して大学通いながらプロを目指すそうです。その大学も決定済み。
くるみは、地元にこだわり、家から通える大学を目指しています。
啓太は将来どうするか、見えてないのでとりあえず進学……と言っています。
*
試験シーズンになると、学校は自由登校になります。啓太、くるみ、香奈の教室も、今日はいくつかの大学の試験と重なるため、一段とまばらです。くるみと啓太も試験でいません。
「有吉さん、つまんなそうね」
クラスメートの女子が香奈に声をかけます。授業と授業の合間の短い休み時間。音楽準備室行ってもたぶん飯尾も来ないので、教室でぼーっとしてしまっていました。
「あ、うん。なんか、この時期って受験しない人にはちょっと、ね」
「わたしも推薦で行けちゃったから」
たわいの無い会話で日々過ぎていきます。彼女らの次のイベントといえば、後は、卒業式です。
「いえ、バレンタインよ!」
急に声を上げるクラスメイトに香奈はびっくりしました。
「ねえねえ、江島くんって誰かと付き合っているの? 植田さんとか?」
「た、たぶん違うと思うよ。……な、なんで?」
「江島君、結構人気あるのよ、特に一年に」
「へえ、意外」
香奈はそういいながらも、文化祭のコーディネーターとしてはちょっと『そーでしょ』と自慢げです。
「あ、でも香奈ほどじゃないと思うわよ」
「あたしは、もう、いいって……女ですよ、あたし」
『お姉さん』風の声で色っぽくいいます。
「やーん、有吉さん、いいわー。デビューしたら教えてね」
「デ、デビュー出来たら、ね……」
そういうと香奈も不安げに窓の外の空を見上げます。啓太とくるみのテストの心配もします。安心してほおって置けるのはは喜一ぐらい?と香奈は思っていました。
結果発表の日と、バレンタイン・デーはもうすぐです。
☆つづくの☆