7. 高校3年11月② - 「……新人クン、かっこいいよ」
秋晴れと呼ぶには、まだまだ暑いその日、江島啓太の通う高校では、いよいよ文化祭の当日です。この高校ではクラス単位での発表は活発ではなく、部活、有志での参加が多いのがこの学校の文化祭の特徴といえます。
普段は左右に膝上ぐらいまでの植え込みがあるだけの玄関には、演劇部の大道具係と、美術部の有志が、大掛かりな「文化祭」の門を立ち上げました。もちろん、表から見たら立派ですが、裏は廃材を組み合わせて作っているのがよく見えます。
入ると普段はガラス張りで中の下駄箱が外からよく見える昇降口も、展示や催し物などのカラフルなポスターの展示場になっています。
校庭に向かう道は、生徒たちの出店でいつもより細い通路になってしまっています。
校庭では、運動部がテレビ番組のまねをした催し物が用意されています。サッカー部はストラックアウトのようなもの、エースキーバーに挑戦。野球部もストラックアウト、エースの球を打ってみよう。などなど。
体育館では、演劇部、コーラス部、有志の漫才などが予定されています。もちろん、香奈をヴォーカルとしたバンドも、夕方に出番があります。
朝、文化祭の開会式が校庭で行われている時、すでに飯尾喜一は音楽準備室にいました。大きなヘッドホンをし、ギターを触っています。
ボン、ボン、ボン
開会式、と言っても、校庭で生徒が適当に集まり、校長先生の短い挨拶の後、開会宣言し、空砲が3つ上がるだけです。それでも、参加しているおのおののテンションを上げるには十分です。
夕方のバンドのメンバーにとってはあまり関係ありませんが、一般客を入れるのは10分後です。
開会式に出ていたくるみと香奈と啓太が音楽準備室に戻ってきたのは一般客を入れるのと同じぐらいの時です。音楽準備室のあるあたりには、公開している教室はないので、静かです。遠くからは普段聞きなれない年齢層の声も聞こえ始めました。
今日の音楽準備室は少し広いです。普段使わない楽器も体育館に持っていっているせいです。
「えっと、落ち着かない」
くるみは広くなった音楽準備室の端から端までを、なんども往復しています。
「広いとそんなに落ち着かない?」
ちょっと緊張気味の啓太が、自分自身の緊張と解くためにでしょうか、いつもよりテンション高めに言うと、くるみは待ってましたとばかりに、
「落ち着かないのは広いせいじゃないよっ」
と元気に即答です。緊張はなさそうです。
「どうする? 文化祭、少し回る?」
まったく緊張していない香奈は夕方までの時間の過ごし方を提案します。
「そのほうか緊張しないで済むよ、きっと」
香奈はそう言って啓太のほうを見ます。
啓太の両手は小刻みに震えています。正直今の緊張を隠すにはぼちぼち限界になっていました。啓太は平然を装い、答えます。
「ああ、いいね」
香奈にはそれがちょっとおかしく見えました。思わず顔に出てしまいます。
「香奈さん、な、なに」
啓太はなんか笑われているのがわかって、あせっています。くるみは、そのやり取りを見ていて、『確かに姉弟かも知れない……』と感じ、クスッと笑ってしまいました。
「なんだ、『くるみちゃん』も?」
啓太は緊張感からは一時的には解放されましたが、なんか別の恥ずかしさで変な汗をかいています。
くるみは、クスッと笑いながら何かを思い出しました。
「あ、そうだ。香奈ー。例の、もうやっちゃわない? それで構内回れば宣伝にもなるかもよ?」
香奈はその提案に、大きく頷きます。そして、二人は何かをたくらむような目で啓太を見ています。
「な、なんだ?」
*
「香奈さーん、『くるみちゃん』。待ってくれよ。見えないんだって。あ、すみません」
その男は、教室の前においてある出し物の「喫茶店」と書いてある看板に、謝っています。
「新人クン、こっちだよっ」
その男に手を差し伸べたのは一段とご機嫌のくるみです。その男は、メガネを取られ、オールバックにされ、ちょっとアイシャドウをいれられた啓太でした。
「まだ、メガネかけててもいいじゃん」
「ううん、今のうちに慣れないと。ね、香奈!」
「そういうこと」
くるみと香奈により『ステージ用』と称された啓太改造計画を実行された啓太です。
「もう、僕、ここで待っているから。店の中は無理だ」
啓太、ギブアップです。教室の前の待合用の席を見つけ座り、一息付きます。
くるみと香奈は中で、音楽準備室で食べられるものを買い物です。
「いらっしゃいませ、植田さん」
くるみの友達のようです。
「どう、お客は?」
「まだ午前中だからね、喫茶店は午後が勝負なのよ」
「なるほどね」
くるみも納得。
「ね、ところでさっき廊下で話していた人、ここの学校の人? かっこよくない?」
くるみの友達は、耳元でそう言いました。くるみは笑いながらちょっと得意げにこう返します。
「でしょ? 今日のライブに一緒に出るよっ」
変装(?)成功で、くるみも香奈もしたり顔です。
*
啓太は、体育館ステージのちょっと薄暗いバックボーンで一人、ポツンと待たされています。髪形はオールバック、薄いアイシャドウ、メガネ無しでは、荷物も運べません。
「メガネを返してくれたら、運べるんだけど……」
今、体育館ステージでは、一つ前のプログラム、演劇部による舞台が行われています。啓太はよく見えないので聞き耳を立てて見ますが、知らない話のようです。もしかしたらオリジナルかも知れません。そのため、後どれくらいで終わるか、ぜんぜんわかりません。
舞台転換でも拍手が起きるので、結構の数の拍手があります。場面が何個あるかわかりません。しかし、どんどん自分たちの番が近づいてきているのは確かです。
啓太は、体育館内から拍手が起きるたびに緊張が足されていくのが、自分でよくわかります。
何個目の拍手の時でしょうか。啓太が緊張からうつむいて固まっていました。
「ごめんね、まった?」
小さく耳元で囁いて頬を指の甲で触られました。その甲はとても暖かく感じました。その瞬間啓太は顔を上げます。
「あ」
急に顔を上げたので、くるみの鼻の先に啓太の顔が来ました。
「ひゃーっ」
くるみは思わず、両手で啓太の両肩を突き飛ばしました。
がたーん。
「い゛てー」
「あ、ごめんなさい……」
くるみが下げた頭を上げてみると、啓太は壁にぶつけた後頭部をゴシゴシしています。そのため、オールバックが台無しです。
「あ~あ」
「くるみ、あ~あじゃないよ」
一部始終を見ていた香奈の声です。
「えっと……えへ」
くるみは口には出しませんでしたが、いわゆる『てへぺろ』です。
香奈は急いで啓太の髪の毛をセットし直します。後少しで終わろうかと言う時、文化祭運営委員の男子の声が聞こえました。
「植田さん、バンドの準備、始めてください。おねがいしまーす」
「あ、はーい」
セットし直した啓太と一人黙々と練習をしていた飯尾、緊張しない香奈を前に、緊張感のないくるみは元気に言います。
「えっと、元気に準備して、楽しくやりましょうっ」
啓太は準備のため、やっとメガネを返して貰いました。
啓太はここまで運ぶのを手伝えなかった分、バックボーンからステージへ張り切って運んでいるように見えます。実際は何かしていないと緊張が増してしまうのでしょう。
飯尾は遠慮せず、物搬は次々啓太に頼み、自分は楽器のセッティングを始めています。もちろん、香奈も同様です。
くるみは、ドラムマシンの代わりのノートPCのチェックとキーボードのチェックをし、最後にちらっと制服のスカートを持ち上げチェックします。今回もスパッツを履いています。
くるみがふと啓太のほうを見るとこっちをみています。慌てて啓太は視線を逃がします。
ちょっと恥ずかしそうな顔をしてくるみが啓太に近づき、パッとメガネをとってしまいました。
「わ」
「えっち」
「……ご、ごめん」
「うそうそ。……新人クン、かっこいいよ。後は演奏だね。楽しくがんばろっ」
啓太にはうっすらでしたが、その時のくるみはとてもいい笑顔だったのがわかりました。
「幕、開けて良いですかー」
文化祭運営委員の声です。その声に慌ててくるみは、
「あ、ちょっと待ってください」
と返事をします。
ステージ上の配置は新歓の時と同じです。違うのはマイクスタンドが、香奈、くるみのところ以外に、啓太のところにもある、ということでしょう。
前衛の向かって左にボーカル&サイドギターの香奈。右にリードギターの飯尾。後衛の右にキーボード奏者、コーラス、および、ドラムの自動演奏のスイッチ係のくるみ、左にベースギター、及び、サブヴォーカルの啓太です。
今回は全員正しく制服を着ています。
くるみに他の三人は視線を合わせます。くるみは一人ずつと目線を合わせていき、最後にちょっと小さめに気合いを入れます。
「えっと、今年最後のステージ、楽しんで行こっ」
くるみは飯尾にアイコンタクト、飯尾は一回うなずき、スタンバイ。一曲目の頭はリードギターの見せ場があります。
続いて香奈と目を合わせます。香奈はマイクの位置を微調整しながら、笑顔で小さく手を振ります。
最後に啓太を見て、大きな深呼吸のゼスチャーです。大きな動きでメガネなし啓太でもわかるようにです。
そして、ステージ袖の運営委員に、手を大きく挙げ合図です。
カタカタカタカタ……
ゆっくり幕が上がり始めます。いよいよライブの始まりです。
明るいステージから見ていると幕の下からどんどん暗闇が上がっていくように感じます。その暗闇は大きくなるにつれ『拍手』も引き連れてきます。
後列のくるみと啓太が闇の中から人の顔を見つけられるようになったそのタイミングで、くるみは静かにノートPCのキーを叩きます。
カッ、カッ、カッ、カッ
というドラムスティック同士を叩く音が拍手と同じぐらいで鳴り響きます。その瞬間拍手は負けずにその音をかき消すほどに大きくなリます。
しかし、そんな拍手にも負けない音が次の瞬間、鳴り響き始めます。と、同時に幕はステージ上と客の間から姿を消しました。
そうなると拍手は小さくなり『キャー』、『ワー』、『オー』と言う、大勢の人が不規則に奏でる音に一気に移行します。
前奏はリードギターのテクニック紹介と思えるほど、最初から飛ばします。香奈がマイクスタンドの前に顔を移動させると、歓声はすーっと小さくなります。
啓太はなぜかあまり観客を意識することなく、演奏することが出来ています。もちろん細かいミスはあります。
間奏ではまた飯尾のソロです。啓太のベースギターは単純なラインを刻みます。ちょっと一息つけるところです。
啓太は飯尾の丁度前の最前列に文化祭のライブには似つかわない4、50才ぐらいのおじさん方がいることに気が付きます。その人達は香奈と飯尾を冷静に見てひそひそ話しているのがわかります。音楽関係者でしょうか。
「みんな、ありがとーっ!!」
一曲目が終わると、香奈が大きな声で挨拶。それに答えて、何十倍のお返しの歓声です。
『ワー』
『キャー』
『カナー』
『キイチさまー』
『せーのー、くるみちゃーん』
「おお、私のファンだよ、私の! やっほー」
くるみのマックステンションで、歓声のくれた他校の男子達に大きく手を振ります。会場からは笑いも上がります。
「こんにちわ、えー、まだ名前のない、名無しバンドです」
笑いが大きくなりそして静かになり、香奈の次の台詞を待ちます。
「去年も来てくれている人はわかると思うけど、今年は見ての通り、メンバー全員、落ち着いてます」
「香奈ぁ、それはもう良いですっ」
くるみがちょっとむくれて言います。会場からはまだらに笑いが起こります。おそらく去年を知っている人達でしょう。
「あたし達は今年度で卒業するので、今回が最後の文化祭になります」
会場からは歓声と、『えー』『やめないでー』という声が飛びます。
「ありがとー。今回も一生懸命歌います。最後まで応援よろしくぅー!!」
会場は歓声一色になり、そして拍手に少しずつ変わっていきます。
「では、メンバー紹介しまーす」
香奈の一語一句に相槌の様に、黄色い歓声が入ります。ちょっとだけ男の声も入っているようにも聞こえますが、ほぼ女子です。
「まず、いつもクール、堅実な演奏、うちのバンドの音の柱、ギターは喜一ぃ~」
香奈のテンションはいつもより高めです。ちょうど音楽準備室に4人でいるときのような屈託のない素直な香奈に見えます。飯尾は人差し指と中指で金色のピックを挟んだ右手をスッと肩のあたりまであげて挨拶です。
『キャー』
『イイオゥー』
『キイチサマー』
黄色い声が響きます。啓太は改めて飯尾の人気を知りました。
「つづいて……」
香奈はそう言って飯尾の後ろにいるくるみにアイコンタクト。くるみは大きくうなずいて、大きく両手を左右に振りながら、元気に自己紹介です。
「キーボードー、うえだくるみ、ですっ!」
『くるみちゃーーん』
『オーーーー』
『オーーーー』
新歓ライブでは聞かれなかった男子の応援に興奮気味なのがよくわかります。くるみはキーボードに両手を付き、そこを軸に両足でぴょんぴょん跳ねています。
啓太はそれをみて、スパッツを履くようにした理由である、去年『やっちゃったこと』が想像できました。
あぶないよ、と、啓太がくるみに声をかけようとしたところで次の紹介に入ります。
「続いて、ベースギター……」
スッと静かになる中、香奈が一歩左によけます。そして手の指すほうにいるベースギターを持つ男に観客の視線が集中します。啓太はメガネがないせいで視線が集中したのを感じませんでした。
香奈はそのまま、すこし溜めます。ここの生徒の声でしょう、数カ所から、『だれ?』『あんな生徒、うちにいたっけ?』という声。
「エ・ジ・マ、ケイター!」
充分溜めた後、香奈は片膝ついてしゃがみながら言いました。
『オー』
『キャー』
『えー』
『うそー』
歓声の中に、驚きの声も聞こえると、香奈とくるみは目を開わせ、二人でしたり顔です。啓太は歓声がこんなに心地よいのかと思いつつも、驚きの声がちょっと気になりました。ただ、どうしたらいいのかわからず、啓太はちょっとお辞儀しただけです。
「最後ぉ、ヴォーカルはー?」
そう言って香奈はマイクを観客に向けます。
『カナー』
『カナー』
『カナァー』
会場から一斉に声が上がります。
「ありがとー。次の曲は、みんな知っていると良いな、カバー曲です。みんな、よろしくー」
香奈のその台詞にあわせて、くるみはノートPCのキーを叩きます。
カッ、カッ、カッ、カッ
二曲目の開始のリズムです。明るいリズミカルな曲です。キーボード、リードギターは忙しそうです。ベースギターは普通にドラムとコードを合わせ持つラインを引いています。サイドギターはお休みで、香奈はスタンドから外したマイクを握り、後ろ向きに立っています。
前奏中の歓声の中にちょっとざわつきが起きました。観客の中に何人か気が付いた人がいるようです。この曲は某有名アニメのオープニング曲です。アニソンをライブでやるのは初めてです。
前奏の間、香奈は珍しく後ろを向いてマイクを持つ右手を胸に当て、啓太のはるか後ろをじっと見ている感じです。啓太が始めてみる顔でした。おそらくこれが香奈の緊張顔、なのでしょう。
歌い始めの一小節前に香奈はバッと振り返ります。そして歌い始めた瞬間、歓声と驚きの声が沸き立ちます。そうです、いわゆる【アニメ】風の声での熱唱なのです。人前でやったことのない、この声でのライブなのです。
観客の中には誰が歌っているのかわかっていない人もいます。驚きと疑問はだんだん歓声とかけ声に変わっていき、一体感が強まっていきました。特に途中の【妹】風の声とくるみとのハモリでは、一段と男子達の歓声がものすごいことになっていました。
曲が歌い終わった時の歓声もちょっと今までと変わっていました。女子の黄色い歓声は相変わらずすごいです。それに加えて、男子の声援が加わります。しかも香奈に声援です。
『かなちゃーん』
『かなー』
『くるみちゃーん』
『声と見た目のギャップにやられた男子ども』がいっぱい会場に繁殖したのを啓太も感じています。
「ありがとー。えっと……」
香奈は思ってもいなかった熱い声援に言葉を詰まらせました。一瞬会場は静かになります。
『がんばれー、かなちゃーん』
一人の他校の男子の声をきっかけに、歓声と応援と拍手がわき起こります。すぐ後ろにいた啓太もすこし歩み寄ります。
「香奈さん、すごい応援だね」
「うん」
香奈は小さくうなずきました。そして、ちょっと漏れた涙をそのままに会場にお礼です。
「こんな歌、歌って引かれたらどうしようと思っていたけど、歌ってよかったです!」
会場からは拍手と声援が止まりません。
飯尾はくるみに目で、『次』と訴えます。くるみもうなずきます。続いてくるみはノートPCのキーを叩く準備して啓太を見ます。啓太はうなずきます。ちょっと緊張してます。そうです、最後の曲です。
カッ、カッ、カッ、カッ
曲の出だしは、ほぼベースギターとキーボードによるストリングの前奏です。その間に香奈は挨拶です。
「最後はやっぱりこのナンバー。そして、岡島先輩のパートは、ケイター!!」
啓太は必死でリズムとメロディを混ぜ合わせた様な忙しいラインをこなします。そうです、岡島先輩が作曲、編曲したものろ。かなり大変なところです。
前奏の最後に一拍、開きます。その瞬間ピックを持った啓太の右手は高々と上がり、次の瞬間、一気に下げ前奏最後の音を奏でます。残念ながらその時の歓声は啓太には届いていないようです。
直後、二人のギターが演奏開始です。もちろん香奈のボイスも開始です。最初は低めの伸びる歌声です。ベースギターの啓太も本当は休んでいられませんが、ここだけ打ち込みによる、自動演奏を入れてありました。啓太は、数秒の猶予の間に呼吸を整えます。
Aメロが終わり、サビに入るというところで、予定より早くベースギターが復活です。ちょっと自動演奏と啓太の重奏になりましたが、気になるほどではありません。と同時に、香奈はサイドギターの演奏を休み、マイクスタンドを持って、後ろに下がります。その間、飯尾が即興でリードとサイドのパートを混ぜたような非常に細かい演奏に切り替えています。
サビでは、啓太と香奈が並んで、お互いの顔を……いえ、啓太は一生懸命ぼんやりとしか見えない自分の左指を見ながら、歌詞を呼び起こしながら、音程を探しながら、一生懸に演奏しながら歌っています。。それを香奈は楽しそうに見ながら演奏しながら歌っています。サビは香奈の高音と、啓太の普通の高校生の声は妙にあっています。
「どうもありがとーーっ」
予定通り3曲が終わリ、香奈の簡単な大きな挨拶を言った時、ゆっくりと幕が降り始めます。大きな拍手の中、飯尾、香奈、啓太には黄色い声援。香奈、くるみには、男子の掛け声が幕が完全に閉まっても続いています。
幕が閉まった後、やっぱり啓太は腰砕けになったように、その場にしゃがみこんでしまいました。みんなはすごいな、と思い顔を上げると、香奈は両膝に両手をあて、前屈みになり、肩で息をしています。立っているのがやっとのようです。
くるみは……いました、キーボードの前で大の字になって倒れています。笑いながら腹式呼吸しています。
飯尾でさえ、なんかつらそうです。どうも左中指の先が切れたようです。
アンコールは予定ありません。予定しないでよかったようです。幕の向こうはだんだん静かになっていきまし。それを4人は幕の閉じたステージで、お互いを見ながら笑って感じていました。
どれくらいたったでしょうか。飯尾が4、50才ぐらいのおじさんに呼ばれました。啓太がステージからみた人です。対応する飯尾の後ろ姿を香奈はうれしそうに、どこか寂しそうに見ています。
4人の高校の文化祭は、終わりました。
☆つづくの☆