6. 高校3年11月① - 「『新人クン』で、おねがいします」
文化祭まで後1週間です。啓太にとって、二回目のライブになります。飯尾、香奈、くるみ、そして啓太にとって、この4人でやれる最後から2番目のライブになります。
今日は久々に日曜に音楽準備室に集合です。
一番乗りは、飯尾です。まだまだ残暑なので、黒のシャツにぴったりとした紺のジーンズに、大き目の黒レザージャケットに黒のハードギターケースと言う出で立ちです。
続いて、啓太。啓太は、白に紺のボーダーのティーシャツにジーンズ、青いパーカーと言う、ある意味飯尾とは正反対の格好で登場です。もちろん明るい茶のレザーのギターケース、持参です。
「や、やあ」
「うん」
啓太は、始めて見たいわゆる「バンドやっている男」という格好にちょっと見入っています。
「どうした?」
「いや、制服以外、始めて見た見たような気がして」
「……そっか?」
二人ともそれ以上服の話題は弾みません。二人はギターをケースから取り出し用意をしている時です。
ガッターン
静かな校舎の中から大きな音がしました。その音の感じは、遠くからに感じました。
「くるみ、か?」
飯尾が啓太を見ながらボソッと言います。啓太は『え』と言う顔をし、ベースギターを壁に立てかけ、慌てて音の発信源に向けて駆けて行きました。
音楽準備室を出て一つ階を降りると、そこに飯尾の予想通り、くるみがダンボール箱の散乱した中に座り込んでいます。
「えっと、おはよー」
啓太を見つけたくるみはテレながら挨拶です。
「大丈夫?」
啓太は手を貸そうとしてくるみの私服姿に気がつきます。膝までの黒のレギンス、襟のある短めのワンピース。その上にカーキ色の長めのジャケットを羽織っています。それにふわふわのついたベージュのショートブーツです。
くるみは自分の格好を見ている啓太に気が付きます。
「ん? 残念でした。下、はいているよっ」
そう言って笑って小さく舌を出し、ワンピースのすそをちらってあげて見せます。啓太の耳がサッと赤くなります。
「ち、ちがうよ。制服以外始めて見たかなって……」
ちょっと上を見ながら、啓太が言います。
「あれ、そうだっけ……」
「……似合っていると思う……」
「あ、ありがと……」
くるみは、ちょっと困ったような顔もします。でも、ちょっとうれしそうです。
「……」
「……」
「もういいかなー」
突然【妹】風の声。二人が声のほうを見ると、香奈がしゃがみこんで、ひじを膝にあて、頬杖を付いています。
「通れないんだけどぉ」
「えっと、キーボード持ってきたら、ダンボールがバタタタッて」
確かに散乱しているダンボール箱の下に、薄べったい長方形の大きなケースがあります。なるほど、これが積んであったダンボール箱にあたってこうなったようです。
「えっと、手伝ってもらっていい?」
くるみはテレながら香奈にもお願いします。
香奈は「はいはい」という表情で微笑みながら立ち上がります。香奈もやはり制服ではありません。長袖の白いTシャツにジーンズ生地の半袖ジャケット、灰色のジーンズスラックス。ちょっとかかとのあるサンダルです。それに、赤いセミハードギターケースを背中に背負っています。
啓太はそれをみて思わず、「お」と言う音が出てしまいました。啓太は表現として正しいかわからないけど、率直にかっこいいと思っていました。
くるみは、香奈を見ている啓太の目の前に立ち、背伸びをして、視線を遮断。そしてちょっと強め目に一言。
「新人クンも、手伝ってもらっていい?」
「も、もちろん」
その箱は、その前にクラスの文化祭の展示で使用する、フレームやパネル、照明などが入っていました。幸い、見ると、壊れたものはなさそうです。
「休みなんだから、廊下に出しとかずに、教室に入れときゃいいのね」
くるみはあたかも廊下に置いてあるほうが悪いと言わんばかりです。
「そ、そうだよね」
片付け終わって啓太が思ったのは、どうやって通ったらあんな風になるのか、でした。香奈もまったく同じことを考えていました。
音楽準備室に到着すると、飯尾が啓太の分のギターまでセッティングしていました。同時に3人現れましたが、飯尾は予想通りのようです。
「えっと、待った?」
くるみは照れ隠しに元気に飯尾に挨拶です。
「おう。待った」
言葉少なに応答。飯尾はそういう男です。それでも最近はしゃべるようになったような気がします。
「啓太、勝手セッティング、しておいたぞ」
「あ、ありがとう、飯尾」
啓太はセッティングしてもらったベースギターを持ち、椅子に座り再チェックをしているとくるみが目の前のテーブルで持ってきた小型のキーボードをケースから取り出そうとしています。小型といっても小柄なくるみにはちょっと大きいかもしれません。
「買ったの?」
そう啓太が声をかけると、くるみがニコッと笑い、うれしそうに、
「買ってもらっちゃった」
といい、さらに、啓太の耳元に近づき、小さく囁きました。
「えっと、さっきは来てくれてありがとっ」
そして、啓太の肩をバンバンと二回叩き、キーボードのセッティングに戻ります。
「えっと、文化祭まであと一週間ですっ」
みんな準備が出来たところで、くるみが3人に向かって元気に声をかけます。3人がくるみを見た時、「どうしようぉ」とちょっとパニクったくるみになりました。確かに去年は岡島先輩がまとめていました。今年は岡島先輩はいません。
「くるみ、だいじょうぶ。みんながいるんだから、ね」
「一人じゃないよ」
「ああ」
くるみは、まだパニクって目が回っていますが、気合を入れて言います。
「おお、結束力だね! よろしくねっ」
……ちょっと意味がわかりませんが、みんなの気持ちの方向性は同じです。
演奏する曲を、練習してきた候補の曲10曲ほどから3つを選出、そして順番を決めました。
今回、初めて2曲目に今までみんなの前で発表したことのない感じの曲を入れました。珍しく飯尾の提案です。ちょっと香奈が難色を示しましたが、最終的には納得で決定です。
後、3曲目のサビでは、去年岡島先輩がやったサブヴォーカルを啓太がやるということになりましたテストしてみると、美声とは言い難いですが、曲の雰囲気にも合っていますし、音程も問題ありませんでした。なかなかです。
ただ、その後も、しつこいぐらいくるみは、啓太に聞いていました。
「ほんとにイヤいやじゃない? 無理やりにやらせてない? ほんとに?」
不安げにくるみは言います。
「緊張するだろうけど、まあ、大丈夫だよ」
くるみは、どこかで去年のことを思い出しているのでしょう。
「ほんとに? 無理してない?」
その表情から啓太も、香奈も、飯尾も、やっぱり新歓のことを思い出しているようです。啓太は右手でくるみの左肩を力強くつかみ、力強く、
「大丈夫!!」
と頷きます。啓太は慌てて、
「あ、痛くなかった? ごめん」
とらしくない、行動と、慣れ慣れしく肩をつかんだことを謝りました。
「大丈夫! 伝わったよ、新人クン! よろしくっ」
くるみは元気な顔に戻り、元気にそう言いました。ただ、その言葉に反応したのは香奈です。
「……くるみ、その『新人クン』は、そろそろやめない? 啓太クンもそう思わない?」
意外なところを突っ込まれたような顔をしているのは、くるみだけじゃなく、啓太も同じでした。
「僕は、もう慣れたし」
「えっと、なんか『ケイタ』って言い難くて、ごめんね。……『メガネクン』でもいいよ!」
「『新人クン』で、おねがいします」
「まあ、いいんじゃないか」
飯尾も珍しくしょうがないというような言い方で会話に参加です。
「了解です」
香奈も笑いながら諦め顔です。
文化祭までの一週間は毎日4人が放課後、音楽準備室に集まります。最近は週2回が多かったので、ちょっと新鮮です。
啓太のベースギターの技術は、もちろん岡島先輩には全くおよびませんが、十分上達していました。もちろん、岡島先輩の基礎訓練の賜物ですが、受験勉強の合間の息抜きの香奈との演奏により、『慣れ』をプラスさせ、技術に自身を持たせています。
香奈とくるみは時間的に一足先に帰ります。毎夕、飯尾は啓太に付き合ってか、かなり遅くまで残っていたようです。
*
いよいよ文化祭が明日と言う日の放課後、珍しく練習前に飯尾から啓太に話しかけます。
「啓太、今日は演奏しないで、イメトレとコーラス、段取りの練習だ」
ベースギターの練習禁止、要求です。啓太は慌てて言い返します。
「なんで?」
「指先を見てみろ」
啓太の指先は真っ赤で、一部腫れています。それ以上飯尾は何も言わずに、自分の指先も見せます。だいぶ硬くなっている飯尾の指先もちょっと赤くなっています。
啓太としては、演奏の不安がまだどこかに残っているのは確かですが、痛みからちょっとミスが出ているのも感じていました。
「……わかった」
バンドの先輩でもある、飯尾の話を受け入れます。
「じゃ、啓太クン、コーラスのほう、やろう」
香奈が声の練習に誘います。啓太にとっていろんな意味で緊張するファクターです。
香奈と啓太のハモリはくるみが聞いて、香奈とくるみのハモリは啓太が聞いて確認します。
「えっと、新人クン、歌詞カード見ないと無理? 会場は暗いからあまり読めないよ?」
「あ、そうか。一応暗記しているはずだから見ないでも……」
「じゃ、没収~」
くるみが楽しそうに歌詞カードを取り上げます。
そう、歌詞カードを見ないでも演奏、コーラスが出来ないと、困る理由がもう一個あったのです。
明日はいよいよ文化祭、ライブ当日です。
☆つづくの☆