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5. 高校3年10月 - 「くるみ、止まって」


 2学期は、放課後みんなであわせることは少なくなりました。飯尾も、くるみの塾のない日に合わせて顔を出すようになっていました。啓太は、飯尾が校外のバンドの助っ人をしている、と言う話を香奈から聞いていました。


「校外のバンドのメインメンバーになるつもりはないみたい。あたし達に気を使っているみたい、かな」


 香奈はうれしそうに話します。




 その香奈と啓太は、放課後毎日、音楽準備室に来ています。


「今日は、どうする? 啓太クン」


 香奈は【お姉さん】風の声で、啓太の横に足を組んで座り、囁きます。


「今日は物理で、お願いします、先生」


 啓太もなんか台詞っぽく答えます。


「うん、そうだったね」


 香奈は素よりも明るく答え、パンパンのカバンの中からいろいろ本を出してきます。啓太はその準備をしている香奈を見ながら思わず漏らします。


「教室では見ない顔だね」


「え?」


 香奈の手が一瞬止まります。啓太はハッとして、ちょっと慌てて付け加えます。


「あ、いや、なんか、教室ではすごく普通にしているじゃん。ライブ準備中とかこの準備室にいるとなんかすごく明るいし、いろんな声で演じてくるし、って思って」


 香奈は右の人差し指を右目の下に当て、ちょっと上を見て考えた後、


「だって、やっぱはずかしいからな。でも、どっちが本当の自分かなー」


 香奈はまたいたずらっぽい目と声で答えます。その声としぐさで啓太の耳はちょっと赤くになりました。


「よし!」


 それをみて、香奈が小さいガッツポーズ。


「香奈さん、お願いしますよ」


「はーい」


 捗っているのか否か、啓太は勉強を見てもらいながら、時には気分転換にギターを香奈に教わっていました。




 おかげで啓太は2学期の中間テストで、くるみと同じぐらいの成績を取ることが出来ました。その順位は香奈と飯尾をも抜いています。


 中間テストの順位発表が廊下に掲示された放課後、啓太はいつもどおり音楽準備室にいました。


    ガラガラ


 扉を開け入ってきたのは、香奈です。中に啓太しかないないことを確認すると、教室では見せない顔、雰囲気で、


「はやいなー。まった?」


と【アニメ】風の声で挨拶です。


「いや、さっき来たところ」


 啓太は普通に笑顔で返事です。


「ぷ、……なんかデートみたいだね」


「そうだね」


 啓太も香奈のお遊びに付き合うように、ちょっと棒読みで返事です。香奈は両手をこぶしにし、腰にあて「ふう」とため息。


「まだまだ感情が足りない」


 香奈はダメ出し。


「いや、僕は声優にも俳優にもなるつもりはないんだからいいの」


「そっかそっか」


 香奈は啓太の頭をポンポン叩きながらそう言いました。ふと、開けっ放しの扉のほうをみると、くるみがびっくりしたような顔で二人を見ています。いつから見ていたのでしょうか。


「くるみ、成績見たよ、すごいね」


 香奈はいつも通りのトーンでくるみに声をかけます。啓太もいつも通り、顔の高さまで手をあげ挨拶です。


 くるみは、ちょっと目が泳いだ後、ぎゅっと目を閉じ2秒。目を開いたと同時にいつものくるみの笑顔になりました。


「いやいや、新人クンの目覚しい向上のほうがすごいよ、びっくりだよっ」


「うん、負けられないからね」


 啓太はそういって口を真一文字です。


「くるみ、今日は塾の日じゃなかった?」


 香奈が何気なくそう言った時、くるみは下を向いて聞いたこともないくるみの低い小さい声が聞こえてきました。


「……邪魔だった? 私、帰るね」


 そう聞こえた途端、くるみは向きを変え、音楽準備室から早足で出て行きました。その後、ぱたぱたと歩幅を小さく、音の軽い足音が遠ざかっていきます。


「くるみ!」


 香奈は大きな声で呼びます。そして、


「行くね。ギター、お願い」


 そう言って香奈は自分の軽いペッタンコになったカバンだけを持ち、駆け出しました。


 啓太はわけがわからず呆然としています。




 香奈は学年でも運動神経が上位。運動部からも声が掛かるぐらいです。もちろん、彼女の目標とは違うので、参加はしたことありません。


 くるみは小柄で体力もあまりありません。くるみ自身もあまり運動が好きではないと言うぐらいです。


 そんな二人が競争したらあっと言う間に香奈が追いつきます。


「くるみ、まって。どうしたの?」


 香奈は軽いステップで構内の階段を降り、一階の廊下を直進しているところで、くるみの真後ろにつけ、声をかけます。くるみは、一生懸命走っています。幸い、生徒も少なく、先生にも見つからず、下駄箱のある昇降口まで来ました。


 香奈はくるみがそこで止まると思っていました。


「くるみ?」


 くるみは、上履きのまま、外に出て行ってしまいます。香奈も慌ててそのまま追いかけます。今度は、香奈の本気の走りです。あっという間にくるみに追いつきます。


「くるみ、止まって」


 くるみはまっすぐ前を見て走っています。それを見て、香奈はくるみの左に回りこみ体を半回転させ、左手をくるみのお腹から腰に回し、背中の服を握り自分に引き寄せました。


 「え?」


 その時、くるみは我に返ったようです。しかし、すぐに体は止まらず、くるみの振っていた左手が香奈の右わき腹に思いっきりあたります。


「いっ」


 そのまま二人はバランスを崩します。そこはちょうど膝ぐらいまでの高さの植え込みです。香奈はそのまま体を回転させ、くるみと植え込みの間に入り、右手で受身を取るような体制で倒れこみました。


    がさささささ


 植え込みの先は、門、そして車道ですが、幸い飛び出しても車も陰はなかったようです。


 すごい音に周りにいた生徒も心配して声をかけます。香奈は笑顔で、「大丈夫、大丈夫」の一点張りで、その場を離れます。くるみは、ちょっと呆然としたままです。




 門を離れ、学校の隣にある小さな公園に行きました。移動中、二人とも無言です。


「くるみ?」


 くるみをベンチに座らせて香奈が優しく声をかけます。


「大丈夫?」


 コクンとくるみはうなずきます。


「どうしたの?」


 間髪いれず、くるみが香奈の目を見ながら言います。

 

「香奈は『新人クン』と付き合っているの?」


「……え?」


 くるみは真剣に聞いています。しかし、香奈はまったくの予想外の言葉を耳にし、かなりびっくりした顔になりました。


 くるみは、真剣な目で香奈の目を見続けます。口は小さくぎゅっとつぼんでいます。香奈はびっくりしたままです。


 先に表情を変えたのは香奈です。なるほど、それであの『邪魔だった?』の台詞になったということかと、理解できました。香奈はにっこり微笑み、くるみの頭に手を優しくおき、ゆっくり伝えます。


「付き合っていないよ」


「好きなの?」


 また、くるみは表情変えずに、間髪いれずに質問します。


「啓太クンのこと? うん、まあ、好きかな」


 その瞬間くるみはぎゅっと目と唇をつむります。その姿を見て、香奈はくるみの頭に置いてある手を少し後ろに回し、自分に引き寄せ答えました。


「でも、友達、としてね。男としては……どうかなぁ。うーん、弟かなぁ?」


「え、そうなの?」


 くるみは、そう驚きながら立ち上がります。


「うん。啓太クンはどう思っているか知らないけどね。あ、これ、啓太クンには内緒だよ」


 香奈は胸を張って大きくうなずき、いたずらっぽく言いました。そして、くるみに顔を近づけて、


「……そういう、くるみはどうなの? ん?」


 そう言われるとくるみはちょっと考え、両足ジャンプで一歩前に飛び出し、ちょっとしゃがんで、ちょっとためて、立ち上がってくるっと香奈のほうに振り向き、


「私は待っている人がいるからねっ」


 その顔はいつものくるみの笑顔でした。香奈もやれやれ、という感じの笑顔です。これもある意味いつも通りです。


「えっと、あと、……ごめんね。ありがと……」


 くるみは恥ずかしそうに笑いながらそう付け足しました。香奈は小さく頷きます。これもある意味いつも通りです。




 公園の前をキョロキョロしながら、ギターを二本背負い、なにかを必死に探している上履きのままの啓太を見つけたのは、その直後です。


 啓太が何を聞いても二人は「内緒っ」なので、結局なにがなんだかわからない日になってしまいました。ただ、二人が笑顔に戻っていたので、とりあえずは安心するしかないようです。




☆つづくの☆

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