2. 高校2年3月 - 「メンバーになろっか」
卒業式の日、知り合いの先輩もいない2年生の啓太にとってはごく普通の日になるはずでした。
啓太はいつも通り、少し早めに教室に登校しました。しかし、その日はすでに何人か登校しているらしく、机にカバンがいくつかかけてあります。
「女子ばっかり……。卒業式の手伝いかな。特に聞いていないけど」
自分の席に座り、そう啓太がつぶやいた時、廊下を走ってくる足音が聞こえてきます。パタパタと歩幅が小さく、音の軽い足音です。
「あ、違う、あっちだ」
その声は女子です。となりの教室に一度入って、また廊下を走っているのが音でわかります。そして啓太のいる教室の扉を開けるやいなや、
「あ、ここだ」
そう大きな独り言を発し、その女子が教室内に入ってきました。ここの制服のブレザーを着ていますが、ポニーテールをしているせいでしょうか。小柄ということもあり、啓太には一見中学生に見えました。
その女子は教壇に軽く当たり、窓際の席、香奈の席に一直線に……いえ、あちこち机の角にぶつけながら……やってきました。
「よいしょ」
彼女はイスを引き、四つんばになり机の下に頭をいれ、香奈の机の下に置いてあったペッタンコのカバンから何か探しているようです。
「あれぇ、どこかなぁ」
彼女は啓太がいることに気が付いていないようです。
「んっんっ」
啓太は、わざとらしい咳払いをしました。
「え?」
ガン!!
彼女の声と同時に香奈の机が飛び跳ねすごい音がしました。
「いったー」
彼女は頭を抱え、しりもちをつき、そして、啓太がいることに初めて気が付きました。
「あ、おはよう……ございます。えっと、私、1組の植田……」
慌てて挨拶する彼女ですが、啓太は頬杖し、少し赤い顔をして、視線は窓の外を向いていました。彼女は自分の姿をみて、慌てて座りなおし、啓太のほうをキッと見ました。
「あ! み、見た?」
さらに慌ててスカートの前を後ろを直しながら押さえながら、追求します。
「見たでしょ」
「……」
「んー」
「……ちょっと」
「えっちー」
「何で外見ていると思う?」
啓太は外を見たまま、赤い顔のまま答えます。
「……そっか。ま、じゃあ、許したげる」
「こりゃ、どうも」
彼女はなぜかホッとした気持ちになりました。
「えっと、気が付かなくてごめんなさい。私、香奈の荷物を取りに来た、2年1組の植田くるみです」
「え? え?」
啓太は背筋を伸ばし、さっきの二倍ぐらいに目を見開いてくるみの顔を見ています。くるみは予想していない反応に少しびっくりしました。
「えっと、……今から、3年の教室で卒業ライブやるの。で、香奈がピック折っちゃって」
くるみはびっくりしながらも、座ったまま、香奈のカバンを机の下か引っ張り出し、内ポケットあたりを漁っています。
「私もメンバーなんだけど……あ、あった」
くるみは捜し物を見つけ啓太の方を見ると、啓太はまださっきの状態のままです。
「えっと、もう戻らなきゃ。えっと、見に来る?」
くるみは立ち上がりながら社交辞令的にそう言うと、これまた予想外に、
「すごいな、バンドやっているのか……知らなかった。見たいな」
という返事。
「香奈がバンドやっているのは有名だよ。あ、もしかして去年末の転校生さん?」
くるみはそう言いながらスッと立ち上がると香奈の机の角に腰があたります。
「いたっ。もう」
「だ、だいじょうぶ?」
「あたしがドジなのも有名らしいよ」
そう言ってくるみは満面な笑みを浮かべます。
「じゃ、行こうっ」
くるみは教室を出るまでに3回は机の角に挨拶をしながら行きました。啓太は1回も当たらず続きました。
*
廊下を小走りで進んでいると、ドラムの音が聞こえてきました。
「うちのバンド、ドラムがいないのよね」
「じゃあ、この音はどうしているの?」
「打ち込みでやっているよ、えっと、ノートPCにMIDI音源繋いで、自動演奏」
「ふ、ふーん」
たぶんわかっていません。
「転校生さん、もしかして、ドラム、出来るの?」
そう振り返りながら問うくるみの背後にはなぜか廊下に置いてある机が……。
ガン!!
「きゃぅ」
「水玉……いや、ドラム、出来ないよ」
くるみはまたまた思いっきりしりもちです。転校生さんの視線は上に行っています。
「水……って、み、見たでしょ」
「見たって言うより見えちゃったんだよ」
「倒れそうになったら見なきゃ良いじゃん」
「一応助けようとしたんだよ、だから……」
話ながらも歩きながら、くるみの追求は続きます。
「だから?」
「まあ、次からは気をつけるよ」
「あれ?」
「どした」
「えっと、いや、別にぃー……」
そう言ってくるみは、啓太の前を歩き始めます。なんか楽しそうなのは、啓太には見えませんでした。
3年2組のまでくるとそこは早朝は思えないほど女子が集まっています。教室に入りきるのでしょうか。教室の前のほうがステージになっているようです。
「思ったより人が集まっちゃってるぅ」
くるみも人の多さにびっくりしていると、前の扉が開きます。
「あれ? 見に来てくれたの」
声のほうを見るとやっぱり香奈です。服装のブレザーはいつも通りですが、ちょっとメイク。髪の毛もちょっと固めて本当に『かっこいい』。
啓太は気持ち押されている感じを押し戻すようにちょっと気取って返事をします。
「あ、おはよう」
「時間的に2、3曲しかできないけど、聞いていってよ。あ、くるみ、ありがとう。自分で行くからいいって言ったのに」
「いいのいいの。よし、香奈、がんばろっ」
そう言って教室の前からくるみと香奈は中に入り扉を閉めます。啓太には扉にある小さい窓から、ギターを持った男子生徒が奥に二人見えました。中では準備が進められています。
啓太が廊下でどうしようかと思っている間に、3年2組は立ち見でいっぱいになっていきます。とりあえず廊下で開けっ放しの後ろの扉からステージが見える位置をキープしました。
その時、チューニングしていた各ギターの音がぴたっと止まりました。そして香奈の大きな声が聞こえてきます。教室の広さなので、マイクは使っていません。
「みんな! 今日は岡島先輩の卒業ライブに来てくれてありがとう!」
『キャー』
『ワー』
『カナー』
『キャー』
一斉に黄色い声が教室に響き、その中にくるみのかけ声がうっすら聞こえました。
「ワン、ツー、スリー、ホー」
ジャーーーーーーン
一曲目が始まりました。音量にも負けない低い香奈の歌声。単純なソフトドラムをカバーするかのような切れのよいベースギターが聞こえます。ちょっと走り気味のキーボードに、ギターがうまく絡んでいます。
啓太の視線は騒ぐ女子の頭の合間から時々見えるメンバーを見ています。
一曲目が終わったところで簡単にメンバ紹介がありました。要約するとこんな感じです。
・唯一の卒業生、ベースギターの岡島浩一。
・リードギターの飯尾喜一。
・キーボード、植田くるみ(ウエダクルミ)。ドラムマシンであるノートPCも担当。
・MC、ヴォーカル、サイドギターの有吉香奈。
紹介の際の歓声の大きさはやはり香奈が一番のようです。なるほど、啓太はバレンタイン・デーのチョコの多さに納得が行きました。
2曲目は打って変わって静かな曲調。この曲ではもちろん香奈がメインヴォーカルですが、コーラスでくるみも参加します。重く力強い香奈の声と、明るくかわいいくるみの声のハモリは啓太には新鮮に感じました。
「ワン、ツー、ワン、ツー、あーー」
3曲目に入るところで、ハプニングです。1曲目、2曲目に続き、くるみがかけ声をしたのですが、
ドン、ツー、ドン、ツー、ドン、ツー……
かけ声の速度に対してドラムのテンポがゆっくりです。
「あ、ごめんなさ……」
どうやら操作を間違えたらしいです。慌ててくるみがノートPCを操作しドラムを止めようとするのをベースギターの岡島が制止ました。
そして、そのまま、おそらくアドリブでしょう。ドラムに合わせ、ゆったりとした優しい感じのベースソロを奏でます。それに合わせ飯尾のギターも入ります。
ゆったり、ズドーンとした感じで始まったその曲は、途中から参加したリードギターがリフを奏でています。それはベースギターの音が高域に上がってくると逆に下がり、ベースギターの音が低くなると逆に上がり、交互に歌っているようにも聞こえます。
『キャーキャー』言っていた女子が静かになって聞いているほどです。
啓太でも、引き込まれるような感じがするほどです。香奈とくるみはやさしい顔で二人の演奏を聴いています。
「飯尾くんと岡島先輩、やっぱりすごいわ」
「プロからも誘われているんでしょ?」
「プロデビューするのかなぁ」
「静かに」
そんな声が教室の後ろの方から聞こえていました。
予定の3曲+1曲が終わったところで、余韻に浸るまもなく、男の大きな声が狭い教室に響きます。
「はい! おわり。机、元に戻して、1、2年生は早く教室へ。もうすぐホームルームの時間だぞ」
観客の中におそらく3年2組の担任でしょう、男の先生が紛れていました。
『えー』
『アンコールはー』
『わー、バッサリー』
不満が聞かれる中、バンドのメンバー達はてきぱきと片づけています。生徒達も協力して教室内を片づけています。
メンバー達はバッサリ言った先生にも丁寧にお礼を言っていました。啓太も流れで片づけ、楽器運びまで手伝っていきました。
*
「おつかれー」
「おつかれさまー」
卒業式の後の最初の金曜の放課後、学校の最寄りの駅前にあるカラオケにバンドメンバー4人とプラス1人が集まりました。5人ではちょっと手狭な部屋です。
「みんな、2年間、ほんとにありがとう。すげー楽しかった」
岡島先輩のプチ送別会です。岡島先輩と飯尾が可動式のイス。袋小路のビニールのソファーには奥から、啓太、香奈、くるみです。岡島先輩のみ、黒いダメージジーンズに、白いTシャツ、大き目のブーツと言う私服です。
「江島君もありがとう」
岡島先輩が啓太にもお礼をいいます。
「いえ、すみません、お邪魔して。もっとメンバー以外もいるかと思ってたので」
「うん」
飯尾も大きくうなずきます。そういえば、飯尾の声、聞いた記憶がないと、啓太は思いました。
「じゃ、簡単だけど乾杯しようか」
岡島先輩自らそう言い出します。
「はい、僕が乾杯をするよぉー。いいかな、いっくよー」
突然いわゆる【男の子】風で声を張り上げたのは香奈です。教室では大きな声も声色も使わないのですから、このメンバーだけといる香奈は、啓太にとってはちょっと別人です。
「えっと、だれだーおまえはーー!」
突然、くるみがつっこみます。これは啓太にとって違和感ないようです。
「オリジナルだよ、てへ……」
一度シーンとなって……
「……『ぺろ』はつかないのかーー!」
二人ともテンション高いです。啓太は顔は前を向いたままびっくりしたような目で香奈を見ています。
察した岡島先輩が、
「オレは、こういう香奈さんのほうが自然なんだけどね」
「そうなんです、か。教室でも、明るいですけど内容がぜんぜん違いますよ」
先輩からも「さん」付けされている有吉香奈って……、と啓太は思いながらもちょっと納得です。
岡島先輩は、啓太にいろいろ質問をしてきます。
「じゃあ、こっちには5年ぶりぐらい?」
「はい。でも、幹線道路が出来たおかげで全然違う町になってますが……」
「そうらしいな。オレは再開発で出来たマンションに越してきたんだけど、元々の住民はあまり残らなかったみたいだな」
飯尾は黙々と腹ごしらえ、香奈とくるみはあれやこれ言いながら、最初に歌う曲を選んでいます。岡島先輩と啓太の話は、結果的に二人だけの内緒話になっています。
「よっし、一番」
香奈がガッツポーズです。じゃんけんで香奈が勝ったようです。香奈が曲を入れていると、突然、くるみがちょっとむくれた感じで、隣の隣の啓太に絡み始めました。
「ね、転校生クン、なんで来たの?」
突然すぎて啓太は、
「父の転勤で……」
「……じゃなくってー、この会になんで来たのって」
「そりゃ、……」
啓太は隣の香奈を見て、
「……誘われたから」
「やらしー」
「な、なんでそうなるんだよ」
「だってそーじゃん」
「くるみ、ストップ」
リモコンの送信ボタンを押す寸前の香奈が【男】風の声で制します。鋭い目で左右に座る啓太とくるみを2、3回交互に見ます。
「くるみー、変わってあげるー」
突然の【おねえさん】風の声をあげると、くるみに抱きつき、お尻の下に手を入れ軽く持ち上げながらクルッと体を入れ替えます。一瞬で二人の席は入れ替わりました。
「見事」
珍しく飯尾も反応しました。
「私は歌っているので、二人でどうぞぉ」
香奈はそう言ってウィンクしてリモコンの送信ボタンを押します。体を入れ替えられたくるみは啓太に寄っかかっている状態になってました。
「な、なにすんのよ」
「僕のせいじゃないよ」
「きゃ、なんかプニュってしたの、さわっちゃった。あー、ソファか」
「先輩、助けてくださいよー」
啓太はノリで岡島先輩に助けを求めましたが、岡島先輩は啓太を見てなにか考えています。その間、思いっきりかわいい【妹】風の声でかわいい感じの……たぶんアニメの?……曲を歌っています。見た目とギャップありまくリです。飯尾は優しい顔で見守っている感じです。
「自分の教室じゃ、おとなしいって言うじゃない」
くるみの言葉に、香奈が啓太の方を見てウィンク。情報源もちろん香奈です。くるみの攻撃はまだ続きます。
「もー、メンバーじゃないんだから、こう言うときは気を使って来ないでしょ、普通」
「いや、でも……」
「よし!!」
突然、岡島先輩が立ち上がります。……でも、しばらく硬直です。
「ん?」
飯尾もそれに反応。
そして、香奈がちょうど歌い終わり、後奏に入ったところで、
「啓太君、メンバーになろっか」と岡島先輩の提案。
「は?」と、啓太は思わず言ってしまいました。
「えー」とは、くるみの言葉。
「いいんじゃない」は【男】風の声。
そして「ああ」は飯尾です。
☆つづくの☆