1. 高校2年2月 - 「しゃべれるんだ、江島くん」
「先輩、もらってください」
「あの、これ」
「はい、お返しよろしく」
休み時間や昼休みになると、女子生徒は、いそいそと教室を飛び出して行きます。ブレザーの硬いポケットに本命チョコを忍ばせていたり、大きな紙袋に義理チョコを詰め込んでいる今日は、バレンタイン・デーです。
この高校では特に禁止しているわけでもなく、オープンでプレゼントが行われています。
本命チョコで見事成功する女子もいる中、ノリで義理チョコを男子友達、部活の先輩にあげる女子もいます。
また、やはり義理でさえ貰えない男子もいます。昨年の暮れ、2年の2学期の後半に転校してきた江島啓太もその一人です。
今は3学期。啓太が引越してきて、すでに3ヶ月近く経ちますが、一人でいることが多いようです。あと少しで3年生になりクラス替えがあるということもあるのでしょうか。
啓太は小学校まではこの町に住んでおり、5年ぶりにまたこの町に帰ってきたので、啓太としても小学校の頃の友達にまた会えるかも、という、期待をしていた反動もあるようです。5年の間に、この町は大きな幹線道路が出来、町の形、住民は大きく様変わりしまっていたのです。
何の変哲もない、背丈も高くもなく、成績も良くなく悪くなく、普通のサラッとした黒髪に、細縁の銀のメガネと、特徴もないごく普通の転校生の啓太は、窓際の教室の自分の席でいつも校庭を見ている静かな男子になっていました。
そんな啓太に転機のきっかけがあったのは、バレンタイン・デーの放課後でした。
「香奈先輩、おねがいします」
「受け取ってください、香奈先輩~!」
この日ひときわ目立つのが、啓太のクラスにいる有吉香奈。女子です。
普段はそれほど目立つわけではないのですが、明るく、スポーツ万能、ショートカットの男の子のような髪型。背も女子の中では高いほう、そして、ちょっとオタクかも……かばんについているアクセサリーや持ち物から判断……です。
確かにかわいい、というよりかっこいいという形容詞が似合いそうな香奈ですが、なんで女子にそんなに人気があるのか、啓太にはわかりませんでした。でも、正直どうでもいいことです。ただ、おそらく、この学校で一番チョコを貰っているのは有吉香奈であろうと想像はできました。
放課後、やっと『受け取ってください』のコンボ攻撃を乗り切った香奈は、『ふう』と自分の席で一息です。下級生の一年女子が多くお邪魔していた教室も気が付けば、啓太と香奈だけになっていました。
香奈の机の上には山のような箱が積まれています。啓太は思わず、
「すごいな……」
と、つぶやきました。その声に香奈が気が付きます。そして振り返り、にっこり笑いながら言いました。
「ん? しゃべれるんだ、江島くん」
啓太の声は、2つしか離れていない席では、十分聞こえてしまう音量だったようです。
「あ、ああ」
啓太はちょっと恥ずかしそうに答えます。独り言を聞かれてしまった件、女子と久々に話す件、この2つがなんか恥ずかしかったのです。
香奈もちょっとテレながら、
「なんかねぇ、女の子には人気あるんだよねぇ」
ちょっとテレながらいわゆる【アニメ】風の声で言いました。啓太は思わず驚き……
「え? 声……」
「あ、いけない」
と香奈は普通の声で言った後、
「実は声優、目指していてさ、いろいろ声色をもってんの。あ、これ、内緒でよろしく」
香奈は、いたずらっぽく笑い、貰ったチョコレートをカバンと手提げ袋に詰め込みます。
「じゃね。江島くん、リアクション、いいね」
今度は【妹】風の声で挨拶し、大荷物を抱え帰って行きました。
その会話もその時だけで、学校での啓太の物静かな男子生徒ぶりはその後も変わりません。香奈との会話が増えたわけでもありません。そのまま何の変哲もなく2年の3学期が淡々と過ぎていきます。
☆つづくの☆