優しすぎる剣士
静かな森に、足音が二つ。
一定の距離を保ったまま、ルナは前を歩いていた。
後ろからついてくる気配は消えない。
——まだいる。
分かってはいたが、あえて振り返らなかった。
「なあ、ルナ」
「……なに」
「どんな魔法であんなすごくなるんだ?」
「さあ」
興味のない声で返す。
興味をもたれても、教える気もない。
むしろ、面倒なだけだ。
「でも、ちょっと危なかったんじゃない?」
その一言に、足がわずかに止まりかける。
「……どういう意味」
「周りも結構巻き込んでたからさ」
責めるような言い方ではない。
ただ事実を述べているだけの声。
それが、逆に引っかかった。
「問題ない」
短く言い切る。
「敵は倒した」
「うん、それはそうなんだけど」
ルークは少しだけ言葉を選ぶようにしてから続けた。
「もし誰かいたら、危なかったよね」
空気が、わずかに張り詰める。
ルナはゆっくりと振り返った。
「……だから何」
「いや、ただ——」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
遮るように言う。
視線がぶつかる。
それでも、ルークは逸らさなかった。
「ひとりで全部やろうとするの、やめた方がいい」
静かな声だった。
強くもないのに、妙に響く。
「余計なお世話よ」
即答だった。
「そうかもしれないけど」
「かもしれないじゃない。そうなの」
言い切る。
「私はひとりで問題ない。今までもそうしてきた」
それが正しい。
それが一番、確実だ。
「……そっか」
ルークは小さく頷いた。
それ以上、何も言わない。
否定もしない。
ただ、受け止めるだけ。
それが、逆に調子を狂わせる。
「——っ」
そのとき。
茂みの奥で、何かが動いた。
反射的に魔力を練る。
次の瞬間、小型の魔物が飛び出してきた。
ルナは迷わず手をかざす。
——消す。
そのはずだった。
「待って!」
ルークの声が重なる。
一瞬だけ、手が止まる。
その隙に、魔物は方向を変えた。
こちらではない。
奥へと、逃げるように走っていく。
その先に、小さな影が見えた。
——子供。
木の陰に隠れていた村の子供が、驚いた顔で立ち尽くしている。
魔物は、そのまま一直線に向かっていた。
「っ——!」
ルナが動くよりも早く、
ルークが駆け出していた。
迷いのない動き。
剣を抜き、子供の前に滑り込む。
振り下ろされた爪を、受け止める。
鈍い音。
わずかに体勢が崩れる。
「下がって!」
短く叫ぶ。
子供が後ろへとよろめきながら下がる。
その瞬間、ルークの腕に浅い傷が走った。
「……っ」
小さく息を漏らす。
それでも、剣は離さない。
ルナは舌打ちした。
——無駄なことを。
そう思いながら、手をかざす。
今度は迷わない。
魔力を圧縮し、一気に解放する。
閃光。
次の瞬間、魔物は跡形もなく消えていた。
静寂が戻る。
子供がその場にへたり込む。
「大丈夫?」
ルークがしゃがみ込み、優しく声をかける。
震えながらも、子供は小さく頷いた。
「もう大丈夫だよ」
そう言って、安心させるように笑う。
ルナは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
やがて、子供は何度も頭を下げながら走り去っていく。
完全に姿が見えなくなってから、
ルークはようやく立ち上がった。
「……無茶するな」
ルナは短く言った。
ルークは少しだけ驚いたように目を瞬かせる。
「そう?」
「そうだろ」
視線が、腕の傷に向く。
「かすり傷だよ」
「問題はそこじゃない」
思わず、強く言ってしまう。
「無駄に傷を負う必要はないわ」
「無駄じゃないよ」
即答だった。
ルナは言葉を失う。
「守れたから」
穏やかな声。
それが、やけに重く響いた。
「……理解できないわ」
絞り出すように言う。
「だろうね」
ルークはあっさりと頷いた。
「でも、それでいいよ」
「は?」
「無理に同じ考えにならなくていい」
少しだけ笑う。
「ルナはルナのままでいい」
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。
理由は分からない。
ただ、少しだけ。
ほんの少しだけ、引っかかる。
「……馬鹿ね」
いつものように言う。
でも、その声はほんの少しだけ弱かった。
「うん、そうかも」
ルークは笑う。
痛みを気にする様子もなく。
その姿が、妙に目に残る。
ルナは小さく息を吐いた。
「……なんで、そんなことするのよ」
ぽつりと漏れた言葉。
ルークは少しだけ考えるようにしてから答えた。
「目の前にいたから、かな」
あまりにも簡単な理由。
それ以上でも、それ以下でもない。
ルナは目を細めた。
やっぱり、理解できない。
なのに。
なぜか、その答えが頭から離れなかった。




