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魔王、戦わずして勝つ

 魔王城の西方に広がる、大平原。


 乾いた風が草を揺らし、その中央で、二つの軍勢が向かい合っていた。


 こちらは、魔王国軍。

 牛山、セレス、シャウ、そしてオークと魔人たち。


 対するは、西部を支配する中級魔人――ジャン・貞光の軍勢だった。


 一触即発の空気の中、牛山が前へと歩み出る。

 その巨体に似合わぬ、よく通る声が平原に響いた。


「ジャン殿。時は来た」


 牛山は、堂々と叫ぶ。


「われらの盟約に従い、世界の調和と統制のため、

 魔王様の旗下に参られよ」


 対するジャンも、一歩前へ出て吠え返す。


「力なき正義は無力!」


 声には、確かな自負があった。


「世界の調和と統制を成すべき“力”があることを、

 この場にて、武をもって示していただきたい!」


 その言葉を聞き、僕は小さく頷いた。


「なるほどね」


 誰に言うでもなく、呟く。


「ジャンって人も、僕の力を見定めたいってことか」


 前線の緊張を感じながら、続ける。


「変に籠城されて、無駄に血が流れるくらいなら――

 この一戦で、すべて終わらせたい。そういう覚悟、ってことだよね」


 そして、一拍置いて。


「……意気込みは、悪くない」


 だが。


「だけども――」


 その瞬間だった。


 ジャン軍の背後――

 はるか後方で、巨大な爆発が起きた。


 轟音が大地を揺らし、黒煙が立ち上る。


「なっ――!?」


 ジャンが振り返る。


「何が起きた!? 後方で、何が――!」


 次の瞬間。


 ジャン軍の兵站陣地が、木っ端みじんに吹き飛んだ。


 補給車両、食糧、魔導資材。

 すべてが一瞬で消し飛ぶ。


 煙の向こうから、静かな声が響いた。


「……当たり所が悪ければ、こんなものか」


 そこに立っていたのは、赤い仮面の男――シャウだった。


 彼の背後には、いつの間にか展開していた別働隊。


 完全に、背後を取られていた。


 ジャン軍は一気に混乱に陥る。


「卑怯な!」


 ジャンが叫ぶ。


 だが、シャウは冷ややかに返した。


「魔王様は、この世界のために戦おうとしておられる」


 仮面越しの視線が、まっすぐジャンを射抜く。


「そのために、貴様の我がままに振り回されて、

 貴重な同胞たちの血を流させるわけにはいかん」


 一拍。


「――降伏を、勧める」


 沈黙が、平原を包んだ。


 兵站を失い、背後を突かれ、指揮系統は混乱している。

 それでも戦えば、確実に大量の死者が出る。


 ジャンは、歯を食いしばり――


 やがて、剣を地面に突き立てた。


「……負けだ」


 その声は、はっきりと響いた。


「魔王殿の器、確かに見届けた」


 こうして。


 魔王コウイチにとって、初めての部隊戦は、

 死者ゼロという結果で、あっけなく終わったのだった。


 ――誰も剣を振るうことなく。


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