テラー&ハウス
次回の読み切り漫画の小説版です。
最近の若者はすぐに自らの親を毒親だという。
しかし、それらの話を聞いてみれば、大抵自分の失敗や努力不足を責任転嫁するものばかり。結局は己の人生の責任は己にしか取ることができないのだ。
そして、僕、寺田愛海の親はまさしく正真正銘誰が聞いても毒親であった。
これは、僕がまだ「僕」だった頃と、その「僕」に別れを告げた時の話だ。
僕は、寺田財閥の一人息子として生を受けた。
しかし、世界に広まった僕の性は「女」だった。
生まれつき、僕というものは母の寵愛の外にあった。彼女は、僕が男として生まれたことをヒステリックに嫌悪していた。醜い。嫌らしい。粗悪で穢らわしい存在だと。
何故、こうも男を嫌悪しているのかというと、それは父のせいだった。
僕の父は寺田財閥の御曹司ということもあり、かなり遊び歩いていた。正妻であった僕の母もあくまで跡取りを生むだけの存在という認識だ。
だからそこら中で女を作った。遺産争いの時、きっと酷いことになるだろうと想像することが容易いほどに。
僕は正妻の息子だった。本来は愛されるべき、父の愛を受けるべき存在のはずだった。
しかし、そんな息子さえ、父はどうでも良かったのだ。
だから、母が僕をどんな扱いをしようと何も言わなかった。
母は狂ってしまっていた。僕を本当に女の子の人形のように扱って、誰も来ない森の奥の洋館に閉じ込めて、そこで女の子のように振る舞うことを矯正した。
少女が好むものを与え、少年が好むものを遠ざける。余計な憧れや、余計な知識を入れないために、ネットもテレビも遮断され、一人で住むにはあまりにも広すぎる場所に閉じ込められたのだ。
僕はそこで最悪の教育を施された。
コミュニケーションを絶たれ、母も父も僅かな会話を一年に数回、やってきた使用人の携帯電話で行うだけ。また、自分に学問や教養を教える家庭教師も教育以外の会話を一切しなかった。
自分は何のために生きているのか分からなくなっていた。気が狂いそうになった頃には使用人に頼み込み、たくさんのマネキン人形を洋館に入れてもらった。せめて会話がしたかった。
だから肖像画や剥製を。何か話しかけるものを。人の言葉を発さなくてもせめて話し相手が欲しかった。
そうして出来上がったのは不気味な家だった。
人は痩せこけた女装した少年のみ。そしてそれ以外は全て人の形や動物の形をしたものだけ。
人形しか許してもらえなかった。動物は飼うことを禁じられ、とにかく親は生き物の温かさに触れることを嫌がっていた。
僕に「本当の物」になって欲しかったんだ。
生き物ではなく、所有物に。
もう人生を諦めかけていたその頃、窓を叩き割って侵入してきた理解に苦しむ来訪者がいた。
「お化け屋敷に俺、参上!! ふふふ、ここに妖怪女装少年がいると聞いたぞ! ヒーローであるこの俺は勿論正体を突き止める。そして、仲間にするのだ!! ぬはははは!!」
決めポーズを取る小学生の少年。自分と同い年くらいだろうか。
あまりにもイカれていた。人の家に突入してくる時点でおかしかったが、こちらを見るなり、
「おぉ…妖怪女装少年に早速遭遇! というか痩せ過ぎだな少年! 大丈夫か! この正義のヒーロー、幸太郎に出来ることがあれば聞いてやるぞ! なんせこの俺はヒーローだからな! 実績はまだないがいうか世界を救う男だ!」
「何を…言ってるんだ? というか君、人んちの窓を割って入ってくるとか頭おかしいんじゃないの?」
引いた様子で彼に。幸太郎に言うと、首をかしげたあと、
「ぬぉおお!! ここ人の家のなのか!? てっきり廃屋だと思ったぞ!」
「いや、廃屋でもだめでしょ。おかしいね君」
「そうか!? おかしいのは仕方ない。ヒーローなのだから!」
まじで気が狂っているのかと思った。
しかもそう言いながら慌てて掃除道具入れからちりとりを持ってきて掃除し始めたあたり、純粋にこれは馬鹿な子なんだと思った。
でも……。
初めて楽しい気がした。
「君、そういえばこの家の主か君!」
「僕? あぁ、うん。ここは僕一人で住んでるよ」
「こんなにでかい家にか! 凄いな! 名前はなんという!」
「僕? 僕は……」
そこで幸太郎に初めて自分の名前を喋った。
すると目をまんまるに開いて彼は、
「そうか、愛する海ってかいてまなみか! 女の子みたいだな! でもかっこいいぞ! 俺は海みたいなでっかい男になりたいんだ! ナイス名前だ愛海!」
「かっこいい……かな?」
「あぁ、男らしいとも。君、女の子の顔つきとか格好とか本当に女の子みたいになってるけど、ちゃんとこの細い腕も筋肉付けば良い体つきになるぞ! 骨を鍛えよう! にぼしを食え!」
「煮干しぃ…硬いじゃんか」
「硬けれども喰らえ! 強くなれるぞ! 君もヒーローになれる」
「そもそもさっきから、君、ヒーローヒーローって何なんだよそれ」
そう尋ねると幸太郎は笑う。
「そりゃ、世界で一番自分の人生を楽しんでて、周りの人間の人生も楽しませる最強の存在だ。全てを救い、皆を幸せにする! それがヒーロー! だけど俺はまだヒーローとしては見習いぐらいだ。だって俺は母さんを救えなかった。母さんが俺にとってのヒーローだったから!」
……満面の笑みで彼はそう言い切った。
「救えなかったって…?」
「死んだ!! 俺の母さんは俺と父さんを救って死んだ!! だから俺は母さんくらい、いや母さんを超えるヒーローになる!! 母さんは俺がそうなることを応援してくれていたから!!」
あまりにも嬉しそうにそういう彼。
あぁ……そうか。彼は……僕とは違う方向性で壊れていたんだ。
そこで初めてこの少年の異常性の根っこを垣間見た気がした。彼はきっと不退転の心をその年で得たのだろう。もっとも、それを得る代わりにあまりにも大きなものを失ったのだろうが。
僕は最初から愛されなかった。
しかし、彼は愛されていた。その愛をくれた存在との別れが彼をここまで狂わせるほどに。
ヒーローとは彼にとって自分の心を強く持つための魔法の言葉なのだろう。
そして、彼は自分が本当は辛いはずなのに、その精神の根っこを守るために周りを救う活動を繰り返すことでなんとかしようとしている。
がむしゃらなんだ。だから様子がおかしい。
子供なりに考えて考えてこうなってしまったのか。
「ねぇ、僕もヒーローになれると思ってる?」
「勿論! 何なら俺の仲間になれ! 父さんは俺に言ってたんだ。俺が本物のヒーローになるには、いっぱい仲間がいるって。だから俺は君を仲間にしたい! 仲間になれ愛海!」
「ちょっと圧が強すぎるよ……でも、また遊びに来てくれるなら……」
「なんなら毎日入り浸るぞ! ここは秘密基地に最高だ!!」
「私物化はちょっと……」
ぐいぐい来るなこの子。
でも、なんというかこの家の嫌な空気が消えているような感じがした。
まさしくムードメーカーというか、ムードブレイカー。
でも、そのくらいがきっとこの家の空気を変えるには必要だった。
そうして、彼との日々が始まった。
次の日から大量の自分が触れることさえなかった漫画本を持ち込んできたり、タブレットPCで一緒に彼が尊敬するヒーローの特撮番組も見た。
アルティメットサンマスクという作品だ。彼と似たようなテンションの男が戦うちょっとイカれたヒーロー特撮だった。
特に友情だぁあああと叫びながら、意気消沈しているライバルを担いで山に登るシーンなんて意味が分からなかった。
これから、コレが出来上がってるのかと感じるところがあった。正直、両親が変な番組は見ないほうが良いと言っていた理由も一理あるとは思った。
でも楽しそうに見ているのだ。それが自分にとっては楽しい時間になっていた。
彼はよく言っていた。
「アルティメットサンマスクはすごいんだ。悪役でもみんな仲間にしようとするんだ。この世に悪人はいなくて、悪人というのは不和から生まれるものだと彼は信じている。俺も悪人とみんな仲良くなれると思っている。愛海、君もそう思ってほしい。誰しも本気でぶつかればきっと分かり会えると」
「それをその年で言える君、凄いよ。色んな意味で。でも僕も、そうだな……」
両親と分かり会える日がくるのだろうか。
よくわからない。
両親は僕のことをどう思っているのか。今でもよく分からなかった。
そうして、彼との日々が過ぎていく。
三ヶ月ほど経過した頃……。
ついに僕は見つかってしまった。
外界との接触。
僕といた彼は両親の使用人に担ぎ上げられ、家から引きずり出されてしまった。
そして……僕達が並べられたのは真っ白な部屋の中。
床は真っ赤な血に染まっていた。
「愛海。お前は人形にすらなれないの?」
母の声が聞こえる。
隣で、彼の悲鳴が聞こえる。
頭は拘束具で固定されて、彼の様子は見えない。
何をされているのだ。これは……なんだ?
「彼は彼の父の方針でヒーローになることになったの。貴方はもう穢れてしまったけど、彼の父が貴方を買い取ってくれるらしいわ。良かったわね」
そう言って、母は離れていった。
彼の悲鳴が聞こえる。
彼の痛みの声が聞こえる。
そして、僕の眼の前にも、白い防護服に身を包んだ人物が近づいてきていた。
「それでは『輸血』を始めます」
そうして……僕は……。
***
「彼らは成功したようだね」
「あぁ……幸太郎も、愛海くんも……」
「けど、逃げてしまったよ」
「別に良いだろ。彼らは彼らなりに世界を救うとも。なんせ私の息子もついている」
腐食した壁に囲まれた研究所だった場所の跡地で彼らは夜明けを見ていた。
「少なくとも寺田財閥の一人娘のこれからの人生は今までよりも良いものにはなるだろう。それが決して痛みの日々だったとしても。無気力な空虚の日々よりも良いものになるだろう」
だから、君も幸太郎の仲間であってくれ。




