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第2章(2)「無力な魔法少女」


「……お母さん、目を覚ましてよ」


 しかしミナと少女に待ち受けていたのは、一つの悲しい結末だ。

 リョウが放送局に対して協力を掛け合ってくれて、魔法少女の活動の一環として少女の母親探しが認められた。

 夜鷹市における怪物の被害状況は、放送局も情報を集めている。少女が怪物に襲われ母親とはぐれた日時を参照すると、少女の母親はすぐに特定することが出来た。


 少女は母親に会うために、彼女がいるという市内の大学病院に向かう。少女に同行したミナと、先に車で到着していたリョウが合流し、母親がいる部屋へと入った瞬間、少女のその泣き声が聞こえた。

 少女の母親は既に息を引き取っていた。

 担当した看護師の話によると昨日までは、意識はなくとも命を繋ぎ止めていたが、それも限界だったようだ。

 怪物に襲われて即死という事例も少なくはない。命に関わる怪我をしてここまで永らえたのは、少女ともう一度会いたいという、母親の意地だったのだろう。


 泣きわめく少女に対して、ミナは何か声をかけてあげたかった。

 しかしミナには少女にかけるべき言葉が思いつかず、ただじっと、目の前の悲惨な現実を見ていることしかできない。

 自分は無力だと感じた。もし自分が光の魔法少女であれば、何かしら気の利いた言葉や、少女が前を向くためのきっかけとなる言葉をかけてあげられたかもしれない。

 でも、それでも何か、してあげたかった。

 ミナは涙をとめどなく流す少女に対して、少し背丈の小さな彼女に合わせて、小さな体を抱きしめる。


「助けられなくて、ごめんね」


「……おねえちゃん?」


 少女は自分を抱きしめる魔法少女の体が細かく震えている事に気付く。

 声もどこか上ずっていって、まるで自分と一緒に、ミナが泣いているように感じていた。


「私にお母さんを助ける力があれば良かったのにね、ごめんね……」


「おねえちゃん……」


 事実、ミナは涙を流していた。

 目の前の悲しみにつられ、この現実を生み出した怪物への怒りに感極まり、そして何より自分の無力さを嘆いて。

 もちろんミナは、少女の母親が死んでしまった可能性だって覚悟していた。最悪の場合どう声をかければ良いか、いよいよ分からなかったが、それでも自らが涙を流すほど自責するつもりは全く無かったのだ。

 ただ目の前で涙を流す少女の姿を見ると、どうしても自分も涙を流さずにはいられなかった。



* * *



 道端で泣いていた少女の母親を探し、そして悲しい結末を目の当たりにしてから、数ヶ月が過ぎていた。

 ミナは放送局の休憩所で、リョウと一緒にくつろいでいる。休憩所といえば煙草を吸う場所も多いが、ミナはもちろんリョウも煙草は毛嫌いしており、二人はよく他のスタッフが使っている、長椅子のある資料室を休憩所に使っていた。

 偶然にも二人以外、資料室に人の姿は無い。プライベートな話をするのにもってこいだった。

 ミナはリョウに奢ってもらったカフェオレの缶を開けて、小さな口でゆっくりと飲んでいく。リョウもエナジードリンクのプルタブを爪でひっかけて、カシュっといい音を鳴らせた。

 ふう、と二人が一息ついたところで、ミナがリョウの顔を覗き込む。


「そういえば昨日の配信で、『この前はお母さんを探してくれてありがとう』ってコメントが来てたんだ。ほら、リョウにも手伝ってもらったやつ」


 数ヶ月前の出来事ではあったが、二人にとって印象深い出来事だったため、ミナはリョウにも話したいと思っていた。


「もちろん覚えてるよ」


 リョウも懐かしいなあと、資料室の天井をぼおっと見上げながら、感慨に浸る。

 少女を母親と再会させてから、別に少女の方からすぐ何かアプローチがあったわけではない。

 ミナは、自分が余計な事をしたので二度と会いたくない、そう悲観的になっていた。両親が亡くなって身寄りを探すのに大変なんだよ、とリョウはミナをたしなめるのに大変で、結局納得してもらって活動を続けてもらっている。

 ミナの考えている事が杞憂だということが証明されて、ミナは安心とともに、こんな自分でも誰かに感謝されるような事をしたんだと、配信中に心が温かくなったのだ。


「そっか、配信にも遊びに来てくれたんだね」


「配信”にも”?」


 リョウの言い方に違和感を覚え、ミナは疑問符をぶつける。


「実は放送局宛に、今日ファンレターが届いたんだ。今どき珍しい葉書なんだけど、ミナ宛てだよ」


 ミナは何も言わずに、リョウが差し出した葉書を受け取る。

 宛名の裏面には少し可愛らしい丸い字でメッセージが添えられていた。

 ミナはゆっくりとそれを読んでいく。最初は大きかった字が、少しずつ隙間をつめていくように字が小さくなっていき、ミナの胸はぽかぽかした。


「……『おねえちゃんが、私といっしょに泣いてくれて、うれしかったです』って。どうせならもっとカッコよく助けられたら良かったのにね」


 手紙を読み終えたミナが、顔をほんのり赤くしながら、葉書をバッグにしまった。


「でもミナは、ミナなりの方法で女の子を助けたんだよ。立派な魔法少女だ。俺が実際に見た中で、一番の魔法少女が君だよ」


「……言い過ぎだよ」


「そんなことないと思うんだけどなぁ……って、ああほらまた泣いてる」


 ミナの頬には、いつの間にか涙の粒が流れていた。

 リョウはすぐにハンカチとポケットティッシュを手渡す。彼女をずっと見てきたが、数日で涙もろい子だというのが分かった。それ以来、普段ガサツで忘れ物のひどいリョウは、ポケットにティッシュとハンカチを絶対に入れるようにしている。


「だって、こんな私でも、ずび、ちゃんと希望になれたんだって思うと、ずび」


「一旦鼻をかんで落ち着いて話したら?」


「ずび、そうする……」


 チーンと鼻をかむ泣き虫の女の子を見て、リョウは苦笑いとともに、微笑ましさを覚えていた。

 やっぱりこの子は自分の中で一番の魔法少女だなぁ。

 ミナに対してそう感じるリョウのそばで、ようやく落ち着きを取り戻したミナが、一つため息を吐いた。


「……もっと私に力があれば良いなって思うのにな。それこそ、怪物を倒して皆を助ける力があれば」


 ミナは光の魔法少女のことを思い出す。

 幼い頃に憧れ、そして今もなお憧れ続けている光の魔法少女は、怪物と戦ってより多くの人を助けていた。

 自分は彼女のようになれたらと思って、放送局の魔法少女オーディションに参加し、晴れて魔法少女になったのだ。

 しかし実際に彼女が出来ることと言えば、ちょっとした人助け程度だ。しかも今回のように、誰かの悲しみを消すことが出来ないこともままある。

 理想と現実のギャップに、ミナは苦しんでいた。


「……そのことなんだけど、ちょっと真剣な話をしていいかい?」


 自分の無力さを嘆いているミナに対して、リョウが少し声を落としてミナに話を振る。


「どうしたの?」

「実はずっと、魔法少女ドキュメンタルの主役にミナを推薦してたんだけど、今朝上司から返事が返ってきてね」


 魔法少女ドキュメンタルは、怪物と戦う魔法少女たちの勇姿を描く地上波の番組だ。ネットでも配信サイトを通じて見ることが出来るその番組は、言うなれば魔法少女たちの最も大きなステージだった。

 ミナが見た光の魔法少女の勇姿も、地上波の魔法少女ドキュメンタルで映されたものだ。

 厳密には夜鷹市の最初の魔法少女としての活躍を放映した、今とは違う別の番組のワンコーナーでしか無かったのだが、そこから彼女のような魔法少女になりたいと思う女の子が多くなり、人気を博していった。

 そしてミナも、光の魔法少女に憧れた少女の一人だ。魔法少女ドキュメンタルの主役になるということは即ち、光の魔法少女のような魔法少女として活躍できるということでもある。


「……どうだったの?」


 ミナは緊張した面持ちでリョウを見つめる。

 光の魔法少女のようになりたい――それが魔法少女を続けている大きな理由の一つだからこそ、魔法少女ドキュメンタルに出演できるかは、ミナにとって大事だった。

 リョウはエナジードリンクを一気に飲み干して、ふうと息を大きく吐く。


「……主役には残念ながらなれなかった。同期に仲の良い3人の魔法少女がいて、そちらの方が取り上げて人気が出そうだからだって」


「そっか……」


 露骨に落ち込んでいるミナを見て、リョウはいたたまれない気持ちになる。

 ただリョウにはもう一つ、ミナに伝えるべきことがあった。

 エナジードリンクの缶を一度床に置いて、ミナの方へ体を向ける。ミナのびいどろのような瞳が綺麗で、リョウはこの子の活動を全力で応援したいと感じた。


「……でも、ミナは人助けを頑張ってるし、配信活動もちゃんと盛り上げてるから、サポート役ならぜひしてほしいってさ」


「本当に!?」


 ミナは嬉しさのあまり立ち上がる。飲んでいたカフェオレがこぼれそうになり、おっとっと、と慌ててバランスを取った。

 魔法少女ドキュメンタルのサポート役は、時期主役候補と言っても差し支えない。

 魔法少女ドキュメンタルの主役は早ければワンクール、長くても半年で交代する。そしてサポート役は主役の事を陰で支えているからこそ、次の主役に抜擢されることも多いのだ。

 しかしミナにとってはむしろ、怪物との戦いに少しでも携われることが嬉しかった。

 怪物と戦うことで、憧れの光の魔法少女へと近付くことができる。自らがここまでにしてきた行いが正しかったと証明されるようなものだ。


「放送局には了承の方針で伝えて大丈夫だよね?」


「うん!」


「オッケー、良い返事を送っておくよ!」


 ミナの心は、いつになくワクワクしていた。


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