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第2章(1)「魔法少女ミナの誕生」


 電灯を消して暗い自室の中、ミナの瞳はまっすぐに、煌々としたテレビの方へと向けられていた。

 そこに映されていたのは、黄色を主軸としたフリフリのコスチュームを着て、巨大な怪物と戦う一人の少女の姿。


 光の魔法少女。


 夜鷹市に現れた巨大な怪物と戦っている少女の通称を、誰もが知っている。

 日本国内に怪物が現れ始めてから、都市近郊のベッドタウンにしては珍しく、しばらく夜鷹市は怪物の被害を受けなかった。しかしそれも時間の問題だったらしく、突如として現れた怪物は、容赦なく町の建築物や人々を踏み荒らしていく。

 しかし魔法少女というシステムが確立されていた都内において、人類の対応は非常に速かった。人類は夜鷹市出身の一人の中学生に、魔法少女としての能力を授ける。そしてその魔法少女は必殺の光線を放ち、見事に怪物の脳天を貫いたのだった。


 彼女の活躍は、同じく夜鷹市に住んでいた一人の少女、玖島水秋の耳にも入る。しかし彼女は自らのことで手一杯で、一躍有名になった芸能人くらいの印象しか抱かなかった。

 しかし光の魔法少女の活躍に地元のしがない放送局であった、南東京テレビが注目する。各都道府県のテレビ局はその時代から人々に希望を与えるため、彼女たちの活躍を放送することが多かった。それに便乗した形で、南東京テレビ局も魔法少女の活躍を描く生放送を実施することになる。

 それが魔法少女ドキュメンタル。ミナが光の魔法少女の姿を本当の意味で知るきっかけとなったテレビ番組だ。


 ミナはテレビに映る、この魔法少女の虜になっている。


 この頃のミナはまだ小学生でありながら、不登校になってしまっていた。

 原因はクラスメートがいじめられているのを止められなかったことだ。

 目の前で困っている人を救えなくて、なんて自分は無力なんだろうか、そして世界はなんて残酷なんだろうか……

 そういった事を考えていたら、部屋を出て学校に行くことが怖くなったのだ。

 ミナが明日の学校も行けないだろうなと、ほぼ諦めのような感情を抱きながら、偶然テレビを点ける。そこに流れていたのが魔法少女ドキュメンタルだ。


 その日は、世界を脅かす怪物から、クラスメートの女の子を助けるというストーリーだった。

 光の魔法少女は、元々はなんでもない一人の女子中学生であり、学校で困っている同級生に声をかけて励ますものの、根本的な解決には至らなかった。

 しかし同級生が怪物に襲われている所を発見し、光の魔法少女となった彼女が九死に一生で助け出すことになる。

 同級生は自分自身が抱えていた悩みから吹っ切れて、明日から明るく学校へ通うことになり、光の魔法少女とも仲良くなるというものだった。


(きらきらしてる……私もあの人みたいになれたらな)


 ミナは今考えれば陳腐でありきたりなストーリーだと思っているが、それでもその当時のミナにはこの物語が突き刺さっていた。

 自分は世界を脅かす怪物どころか、目の前のクラスメート一人を助け出す力すらない。そもそもこのまま不登校が続けば、自分は社会から必要とされない存在になってしまうのではないか。

 そんな怯えが頭の中をずっと埋め尽くしているにも関わらず、いじめの傍観者であったミナは達観という事を覚えていたのか、青臭く助けようと思うことができなかった。ただ自分は、保身のような行動に流れ着いてしまっており、結果として病んで不登校で社会不適合者になろうとしている事実だけが残ってしまっている。


 そんなミナにとって、光の魔法少女はミナの理想そのものだった。

 それも彼女の怪物を倒す姿ではなく、目の前の困っている人を助ける事ができる勇気に憧れたのだ。

 確かに光の魔法少女と怪物が戦う姿はカッコいい。ミナが魔法少女ドキュメンタルを見始めれば、毎週日曜日に彼女は怪物と戦っている。ハードディスクに録画をためていき、第何話がどういう怪物と戦い、どういう勝ち方をしたのかという事を完璧に思い出せるまで、何度も見返した。

 録画可能時間が圧迫されてしまっていて、両親に怒られるかもしれないと少し怯えた。しかしテレビを見るため部屋から出てきたミナに両親は、DVDディスクへ魔法少女ドキュメンタルのデータをダビングしてくれた。


 でも、ミナにとって光の魔法少女の良さは、そんなところではない。怪物と戦うシーンがカッコいいと思えるなら、その後の戦隊モノだってどハマリしているはずなのだ。

 ミナの好きなのは、光の魔法少女が身近な人々を救っていることだった。例えば初めて彼女の姿をみた放送では、クラスメートの女の子は人間関係で悩み事を抱えており、光の魔法少女が彼女の事を助けて助言を与えることで、勇気を与えることが出来ている。そしてその勇気が彼女を変えていくきっかけとなった。

 光の魔法少女は、使っている魔法からそう呼ばれるようになったのだが、ミナにとっては希望の光を与える存在としてその名が刻まれている。彼女のように誰かを救える存在になれたら、そうすれば自分の命というものに意味があるのだと実感出来るはずだ。


 光の魔法少女の活躍を描いた魔法少女ドキュメンタルが終わり、その終わり際に、放送局が次なる魔法少女を探している事を知る。

 残念ながらその時は幼すぎたミナは応募することが出来なかった。

 しかし中学一年生となったミナは、いよいよ放送局が実施している魔法少女のオーディションに応募する。緊張こそあれど、光の魔法少女への愛と憧れだけで面接を突破し、見事憧れの魔法少女になる切符を得るのだった。



* * *



 道端に、一人の女の子が泣いていた。

 裸足でここまで歩いてきたのだろうか、どこかにぶつけて青くなっていたり、皮がめくれて血を流した跡が残っていたりして痛々しい。衣装も数日着替えていないのか、しわだらけ、糸が解れてそのままになっている。

 周りに保護者と思われるような人は誰もおらず、少女はただ道の端っこで座り込んでいる。膝を眼に当てて顔は見せずに、それでも鼻水をすする音と、時折聞こえるしゃっくりの声が、彼女が泣いていることを表していた。

 もちろん決して裏路地というわけではないから、通行人がそれなりにはいる。しかし子供はおろか、大人さえ誰も彼女に声をかけようとしなかった。


「きみ、どうしたの?」


 ただ一人、偶然通りかかった中学生の少女以外は。

 少女は顔を上げて、声の主の方へと振り向く。目の前にいたのは、自分よりも同い年か、それとも少しだけ年上か程度の少女だった。

 制服のような衣装ではあるが、所々に刺繍があり、本当の学生服にしては豪華だ。少し色が抜けてほんのり透明感を漂わせている艷やかな黒髪が、路地に吹く風によってさらさらと靡いていた。

 中学生の少女は心配そうに少女を見つめるような表情ではなく、ほんのり口角を上げて、目の前の相手を安心させて警戒心を抱かせないようにするための、柔らかい笑みを浮かべている。

 その瞳はビー玉のように透き通っていて、少女は綺麗だなあと感じていた。


「……おねえちゃん、魔法少女?」


「そうだよ、ミナって呼んで」


 少女に声をかけたのは、魔法少女になって1年目のミナだった。

 ミナはかがんで少女に目線を合わせる。頬と瞳をほんのり赤く染めている少女は、かなりの間泣いていたのだろう。油断をすればまた俯いて、泣き出してしまいそうなほどに不安定だった。


「迷子?」


 少女は首を縦にふる。

 まだ言葉を上手く交わしたわけではないが、警戒心を抱かせることなく、ちゃんとコミュニケーションが取れる事に、ミナは安心した。


「お父さんか、お母さんは?」


「お父さんは私が生まれてすぐ家出しちゃって、帰ってこないの」


「お母さんは?」


「……怪物が来て」


「怪物が来て、はぐれちゃった?」


 こくりと頷く少女。少女の表情にまたもう一色、陰りが塗られたような気がした。

 ミナはこの少女の母親の行方について思考する。少女を早く笑顔にしてあげたかった。


(怪物が来るのはいつも日曜日の朝で、今日は火曜日。会えてないにしては、時間が経ちすぎてる)


 彼女自身も最後まで見通せていたわけではないが、ミナの思考の行く末は、明るいものであるとは感じられなかった。

 おそらくこの子の母親は怪物に襲われて怪我をした……最悪の場合、命を落としている可能性が高い。

 怪物の襲撃で怪我をしたり命を落としたりすることは、魔法少女が生まれてからも決して珍しいことではない。

 しかしそのままこの少女に、この推論をぶつけるのは酷だろう。自分とは少し違うくらいの年齢だと思うが、それでも魔法少女として怪物の脅威を学んでいる自分と、何も知らないいたいけな女の子では、許容できる悲しみの量に差があるはずだ。


「お母さん、早く会えると良いね」


 結果、ミナは彼女に将来への希望を見せるべく、努めて明るく振る舞うことしかできなかった。

 優しげな笑みを浮かべるミナに、少女も少しずつミナの方を積極的に見てくれるようになる。

 しかしその表情には、やはり悲しみが浮かんでいた。そしてミナは、それをなんとかしてあげたいと思った。


「……ちょっと待っててね。お姉ちゃんのお友達に、人探しのプロと知り合いの人がいるの。電話してみるね」


 ミナの精一杯の笑顔に対して、こくりと頷く少女。

 ミナは一度立ち上げって、スカートのポケットからスマートフォンを取り出す。

 そしてメッセージアプリから、自分とも交流が深い、とある人物に電話をかけた。


「……もしもし、リョウ?」


『どうしたの?』


 応答したのは、青年の声だった。


「実は先週の怪物騒動で親とはぐれた子がいて、助けてあげたいの」


 ミナは少女の方へちらりと目線だけ向ける。少女はじっとこちらを見つめていた。

 その不安そうな、しかしどこかミナに期待をしている様子に、自らの使命感を感じる。周りの人間は助けてくれなかったが、自分だけがこの子を助けてあげられるのだ。

 魔法少女の本分の一つが人助けであることを心に反芻させ、電話口の方へまた意識を向けた。


「一度引き取ってもらって、お母さんの行方を探してもらえる? 詳しいことは着いてから話すよ。出来ればあったかい食事とお風呂、着替えも用意してくれると嬉しい」


『……オッケー。今日はこの後目立った仕事が無いし、問題ないよ』


「ありがとう」


 スマートフォンから耳を離し、満面の笑みで少女と目線を合わせる。

 少女も自分の様子につられたのか、ミナは彼女の不安で悲しそうな表情が、どんどん笑顔で満たされていくのが分かった。


「大丈夫、お母さん探してくれるって!」


「ほんと?」


「ほんと! あ、お腹空いたでしょ? お母さんを探してくれてる間、ご飯作ってくれるんだって。お姉ちゃんと一緒に食べよう」


「うん!」


 二人は手を繋いで歩き始める。

 少女の自分よりも少し小さな手が、とても冷たかった。これまでずっと道端で泣いていたのだから、体が冷えて当然だろう。

 ミナは自分の温もりを分け与えてあげたい一心で、壊さないようにその柔らかい手のひらを、ぎゅっと握った。


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