第1話(2)「魔法少女ミナの配信活動」
ミナがジェンハリーを襲撃するために、数人の仲間と共に作戦を練っていた。ナヒロとリョウが迎えてくれたこの住居も、本当の住まいというわけではなく、彼女たちを潰すための作戦を練るための、いわゆるアジトと呼ばれるものだ。
アジトにはリビングとダイニングを兼ねた部屋の他に、幾つか部屋があった。
その中の一つに、利用者が電気をつけない、特にいつも暗い部屋がある。
そこにはデスクトップPCとモニター、そしてカメラとマイク付きのヘッドフォンを置いたデスクに、ゲーミングチェアが置かれている。後ろには魔法少女のフィギュアが飾られており、ザ・趣味に没頭する人の部屋、という感じだった。
その部屋に入ってきたのは、ミナだった。
彼女はチェアに座ると、PCの電源をつける。すぐにブラウザで動画配信サイト「Magitch」や、各種配信ソフトを立ち上げた。
ソフトを立ち上げながらヘッドフォンをつけて、あ、あ、と少しだけ声の調子を整える。
部屋の電灯をリモコンでつけると、部屋に置かれた大量の黄色い魔法少女グッズが光を浴びた。それと同時にミナは魔法少女へと変身する。コートを脱いだミナの衣装は、紫がかった学生服のようなデザインをしていた。
カメラの位置をモニターの映像で調整し、自分の姿に違和感がないかどうかを確認してから、ミナはソフトにあるボタンをクリックする。
「……音声は大丈夫そう? 大丈夫だったらコメントください」
ミナが普段よりも少し大きめの声でそう発すると、モニターには、
『おk』
『大丈夫だよ』
『こんミナ~』
といったような文字列が流れ出す。ミナは少しだけ微笑んだ。
「良かった。こんばんは皆々様、魔法少女のミナだよ。今日も配信を始めていくね」
優しげな声で画面へ話しかけるミナ。彼女が始めたのは、配信サイトを通じた配信活動だった。
「あ、”ミナちラブ無言投げ銭マン”さん、いつもありがとう。名前はやっぱり変えてほしいけど。最近は魔法少女ドキュメンタルのお手伝いをすることになったから、壊れちゃったものも多くて。大切に使うね」
ミナは慣れた様子で、配信に流れるコメントとやり取りを行っていく。その口調は先程リョウたちに見せたものよりも明るくて饒舌だった。
放送局からは全ての魔法少女に対して、怪物の脅威から人々を救うことや、困っている人を助けることの他に、いくつか指示された活動がある。その一つが、このネットを通じた配信活動だ。
今や魔法少女は希望を与える存在であり、人々へ希望を効果的に与えるためには、配信活動を通じて知名度を上げていくべきだという方針で、ほとんどの魔法少女にネット上での活動を義務付けていた。
ミナも一年前……中学一年生の頃に魔法少女になってからずっと行っており、一年経った今では名物視聴者が出来る程度にはファンがついていた。
「そうだ、最近ね、魔法少女の後輩ができたの。もちろん中学二年生だから、新しい子が入ってくるのは当たり前なんだけど。でも、本当に後輩って思える子」
『どんな子なの?』
コメントが目に入って、ミナはその後輩の魔法少女の姿を頭に浮かべる。彼女は自分とは正反対な、明るい子だった。
「そうだね、まずは私の事を先輩って呼んでくれるかな。とても懐いてくれて、良い言い方はわからないけど、チワワが『ご主人様~』って尻尾を振ってる感じ? 今度一緒にコラボ配信しようって言ってくれた」
『可愛い!』
『コラボ配信楽しみ~!』
『チワワ草』
『コラボ配信記念代です』
多くのコメントがミナのモニターを流れていく。ミナは一つひとつのコメントに、くすっと笑ったり、申し訳なくなったり、感情がコロコロと変わっていった。
ミナはなんだかんだでこの配信の時間が好きだった。
魔法少女の本業は困っている人を助けたり、怪物からこの町を守ったりすることだ。もちろんミナも、そういった活動をしたいからこそ魔法少女になった。その気持ちは今でも揺らいでいない。
ただミナにとっては自分が助けた人たちや、自分を応援してくれる人たちとの繋がりがこのように保っていられることに、嬉しさを感じていた。
ミナは多幸感を表に出来るだけ出さないよう、こほんと咳払いを一つ。
「また正式に決まったら教えるね。……ああそうだ、みんなも気になるよね、魔法少女ドキュメンタルのジェンハリーさんのこと」
ミナは少し暗いトーンで話し始める。表情もそれに伴って、少し俯きがちになった。
「期待をさせちゃうのは良くないから先に断っておくけど、私はネットでニュースになっている以上のことは知らないんだ。命に別状はないみたいだけど、魔法少女として活動するのは難しいみたいだね……私は魔法少女ドキュメンタルのサポートをしているから、余計に責任を感じちゃうな」
ミナは少し涙ぐんだような、落ち込んだような声色で画面に呟く。
しかしその内心は、我ながら道化にも程があるなと呆れていた。ジェンハリーを魔法少女として再起不能にしたのは、他ならぬ自分なのだ。
落ち込む素振りをするミナに対し、目の前のモニターには、
『ミナちは何も悪くない』
『泣かないで』
『実際にやった奴がすべて悪い』
というミナに対する心配のコメントが流れている。
ミナは心苦しくなった。ジェンハリーを魔法少女として殺したのは自分だ。そして今自分は、ジェンハリーの大事を心配する道化を演じている。
全く魔法少女らしくないなと、心の中で呆れながら、ミナは流れていくコメントを眺めた。
ほとんどがミナに同調する心配の声と、襲撃者に対する怒りの声だ。それは先程リョウに見せてもらったネットニュースと大差は無かった。
ミナはその全てのコメントが、自分を非難するものだと解釈する。俗に言えば、炎上というやつだ。
ミナの名前を責めているコメントは一つもないのに、自分は炎上の真っ只中にいる。その感覚が不気味で、ミナは視聴者にわからないよう、少しだけ身震いした。
「……ごめんね、暗い話をしちゃって。明るい話をしよう」
ただそれでも譲れないものがあった。ミナは歯を食いしばり、覚悟を新たに笑顔を浮かべる。
理想に描いた魔法少女とは違う行動をしても……いいや、理想の魔法少女である事を貫きたいからこそ、最終的にはジェンハリーを魔法少女として殺す結果になったのだ。
ミナは既に道化を演じる覚悟が出来ている。それは中学二年生のいたいけな少女には相応しくないほどの決心だった。
配信はまだ続く。ミナは自分がジェンハリーと戦った素振りは一切見せず、ただ他人とも言い切れない可哀想な関係者を徹底して演じていた。
* * *
「……ふう」
配信活動が終わり、ヘッドフォンを外し変身を解いて、一息つくミナ。
大好きな配信活動のはずなのに、ミナは心労が絶えなかった。こうなることは分かってはいたが、実際に感じてみるとかなりショックだ。好きなものが楽しめなくなる感覚って、こういうことなんだろうなと頭の中で解釈する。
「いやぁ、ミナは良い役者になれるね。魔法少女一人殺しておいて、あそこまで被害者面できるとはねぇ」
後ろからパチパチパチと拍手が聞こえた。ミナもよく知っている女性の声が聞こえ、ミナはゲーミングチェアを少しだけずらして、声の方を見つめる。
そこには魔法少女がいた。魔女のような三角帽子を被り、表情が見えづらい中でも、上がっている口角からニヒルな笑みを浮かべているのだけはよく分かった。
長く伸ばした茶髪に、豊満な胸と女性らしい曲線美を醸した派手な衣装。魔法少女というより、妖艶な魔女と形容した方が良いだろう、そうミナは思っている。顔立ちは幼さも残っているが、大人の女性らしくすっとした鼻のラインで、まるでミナよりもいくつか年上の姉のようだった。
「ランプ、戻ってきてたの」
「ここはランプさんのアジトだからね、戻ってくるのは当たり前さ」
姉御肌じみた、くだけた話し方だ。ただ配信でもないのに自分の事を名前で呼ぶのはやや変だと、ミナは感じている。
彼女は高校二年生で魔法少女を続けている珍しい人物だ。
基本的に魔法少女が魔法を一番使いこなせるのが中学二年生、ちょうどミナの歳で、そこからは下降線をたどっていく。
魔法少女ドキュメンタルで主役に選ばれるのがほとんど中学二年生ということもあり、基本的に中学三年生に進級するか、中学卒業のタイミングで魔法少女を辞めることが多い。
そんな中で高校生になっても続けている人間がごくわずかおり、その一人が目の前の女性、ハーク・ランプだ。
「何の用事?」
ミナは配信の気疲れを癒やす間もなく現れたランプに、やや嫌そうな表情を浮かべながら口を開く。
「いや別に。配信も終わったことだし、楽しくおしゃべりでもと思ってさ。ついでにどこかで作戦成功の祝勝会でもやらないかとお誘いもしに来た」
にやにやと笑うランプ。妖艶な魔女というミナの形容は間違っていなかった。
ミナはこの人が周りから魔女と呼ばれている事を思い出す。何を考えているかがよく分からない、昔からいる魔法少女。魔女と呼ばれるのもむべなるかなと感じていた。
「隣にリョウがいる」
「ランプさんが話したいのはミナだから」
「残念、私は忙しい」
ミナは嫌そうな顔で、デスクの上に置いていた電灯のリモコンを手に取る。そしてランプを拒絶するように、配信の時はつけていた部屋の明かりを消した。
ランプはそんな様子のミナに何も言わない。ミナが抱えている心労も、覚悟も、彼女は仲間の一人でよく知っていたからだ。
ミナは無線のマウスを手にとって、ファイルから一つの映像データをクリックする。煌々と光るモニターに映されたのは、少しだけ画質の荒い映像だった。
(ああ、そういうことか)
ランプは一つの納得感を得て、呆れるように笑った。
画面に映っているのは、通称「光の魔法少女」である。
魔法少女として長くいるランプだけでなく、今どきの魔法少女、果ては魔法少女でない人々にもその名は知れ渡っている、伝説の魔法少女だ。
ミナが暮らす夜鷹市において初めて悪の組織による怪物が召喚された時、彼女は夜鷹市初めての魔法少女となって、怪物に立ち向かった。以来、魔法研究が認可された民間放送局である南東京テレビ――現在の名前はMTS東京――と手を組み、夜鷹市で初めて魔法少女ドキュメンタルの放送が行われる。勇敢に怪物と戦う彼女の姿は、当時の多くの人々に希望を与えたのだった。
光の魔法少女が映し出されているモニターの光が、ミナの近くにある魔法少女のフィギュアを照らす。その造形は、モニターの中の魔法少女と姿が一致していた。
(……そういえば配信の後、いつもこいつはこうだった)
ランプはやれやれと肩をすくめながら、音を立てないように部屋を出ていった。
部屋には暗闇の中でミナがぽつんと一人、食い入るように映像を見ている。他を視界に入れないよう、その瞳は一直線に映像の魔法少女の勇姿に視線を注いでいた。
これはミナの習慣で、彼女は定期的に、自らの憧れである光の魔法少女の映像を見るのだ。特に精神的にまいっている時には、これが彼女の支柱になるため、まるで抗不安の頓服薬のような習慣になっていた。
ミナは今日自分が起こした事を思い出しながら、強く決心を固める。自分は間違っていない、自分はこの光の魔法少女と同じ、正しい魔法少女として活動しているのだ。
そしてミナのまっすぐな瞳が、光の魔法少女にかつて憧れた、幼い彼女の瞳と重なった。