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終章「日曜日の朝」


「――ナヒロ、全部終わったよ」


 ミナは夜鷹市の住宅地の奥にある、さびれた墓地に来ていた。

 彼女の目の前には、柊家の墓石がある。それはナヒロが眠っている場所だった。

 ミナはナヒロに選んでもらった、少しスマートでカッコいい服を着て、手を合わせて拝んでいる。その瞳は閉じたままだった。

 そしてしばらく経って目を開き、灰色の墓石を見つめて、少し目線を低くしながら口を開く。


「魔法少女ドキュメンタルは終わって、プロデューサーだったフォグシーは私が倒した。それ以来、日曜日の朝に怪物が出てくる事はなくなった。……ナヒロの仇は、これで取れたかな」


 怪物が出現しなくなってから、魔法少女ドキュメンタルは放送中止になった。

 魔法少女の大きな役割であった怪物退治がなくなり、平和が訪れたからだ。


「そういえば、ジェンハリーとグランダーは意識を取り戻したみたい。もう魔法少女にはなれない、というか二人がなりたがらなくて。……後は、もう一人の事を探しているのかな」


 もう一人……それはもちろん彼女たちの親友であったブルーム・ティアラビイだ。

 フォグシーとの戦いの後、ミナは意識を失ってしまい、結局目が覚めたのはリョウの知り合いである魔法少女専門の医者が働いている診療所だった。

 あの戦いの後、ティアラビイは行方不明になっている。

 その場にいたランプ曰く「……親友二人から、魔法少女としての命を奪った貴方たちを、私は許せない」とだけ残して、どこかに行ってしまったようだ。

 リョウもティアラビイの事を親友の二人に聞いたようだが、何も知らない様子だったという。


「後は、私のことも話しておくね。まだ魔法少女のままで、配信も続けてる。この前またコガるんとコラボしたよ。……登録者数は増えたけど、私は前の方が、ゆっくりコメントが見れて好きだな」


 コガるんは相変わらずではとどまらず、あのコラボ配信やフォグシーとの戦い以降、ミナによりひっつくようになった。

 ミナは相変わらず煙たがっているが、内心ではやっぱり嬉しいと感じている。界隈では”ミナコガ”か”コガミナ”かの戦争が起きているらしいが、ミナはよく分からなかった。


「……ナヒロが生きていたら、アジトでみんなと、この話が出来たのかな。ごめんね、中々来ることが出来なくて」


 ミナの瞳には涙が浮かんでいた。


「――でも、これは私の罪だから。私が理想の魔法少女を押し付けた、消えない罪」


 ミナは手を合わせて、静かに目を閉じる。頬に一筋、涙が伝った。



* * *



「ナヒロにちゃんと伝えてきたか?」


 墓地を去ろうとするミナの目の前に、意外な人物が現れた。

 それは自分たちと共に魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すため戦ってくれた、ランプだ。今は魔法少女の姿ではなく、あくまで一般的な女子高校生の衣装を着ている。

 そんなランプはミナを見つめて、少しニヤニヤしていた。どこかニヒルな笑みを浮かべるランプと、寂れつつも厳かな雰囲気を残している墓地のミスマッチ感が、ミナをより困惑させる。


「……どうしてここに?」


 墓地はアジトから少し離れたところにある。しかも辺りは住宅街で、この墓地が目的でなければランプが来る意味がわからない。

 疑念を抱くミナに対して、ランプは片目を閉じてはぐらかすように笑った。


「ランプさんだってミナの”魔法少女ドキュメンタルを潰す”ことに同調した仲間の一人だよ? ナヒロの墓参りくらいしても良いだろう?」


「……それはそうだけど」


 ミナはランプへと真っ直ぐに向き直る。

 ランプはふと現れたミナの真剣な表情に、口角を下げて真面目な顔をした。


「……ランプ、あなたは何者?」


 ミナの核心を突いたような質問に、ランプの表情はしかし崩れない。

 ミナは不思議で仕方なかった。

 ミナの考え方に同調し協力してくれているのは分かったが、まずそれが突然過ぎる。

 リョウやナヒロのように元々繋がりがあればともかく、よく分からない一介の魔法少女に、魔法少女ドキュメンタルを壊す期待を抱くほど、彼女は頭がお花畑ではないはずだ。

 そもそもどこからその情報を手に入れたのかさえ、ミナには分かっていなかった。

 何も告げずに真顔を貫くランプに対し、ミナは自らの推論を語りだす。


「……今回の件はおかしい所がある。どうして私はフォグシーに正体がバレても、平気でいられたのか。普通、顔と魔法の種類さえ分かれば、特定できそうなもの」


「さあ、なんでだろうな。ランプさんに聞かれても困るぜ」


「とぼけないで。何らかの力が働いているとしか思えない」


「とぼけてなんか……いや」


 ランプは観念したようにため息を吐く。どうやら腹に抱えていたものを何か、教えてくれるようだ。


「ま、魔法少女ドキュメンタルを潰してくれたんだ。ちょっとくらい喋っても許してくれるだろ」


 ランプはミナに改めて向き直る。

 いつもの飄々とした様子ではなく、空気を一瞬止めるような雰囲気で。


「――スパイだよ。ランプさんは放送局の偉い人と繋がっているのさ」


 字面だけを見れば突拍子もないことを言っているランプは、しかしその表情の鋭さだけで、ミナに渡す説得力を作り出していた。


「……放送局の人って、誰のこと?」


「それは言えない。あの人も複雑な立場だからね。でもミナたちの味方であることに変わりはないさ。信じてくれ、それは分かるだろ?」


 ランプの表情は至って真面目だ。彼女のこんな様子を見たのは初めてで、ミナはどうしても彼女の言葉が嘘八百のように思えない。

 そして彼女が語れないこと、それでも自分たちが味方であることを信じてほしいこと、少なくともそれだけはミナにも確実に伝わっていた。


 しかしなおミナは不満を抱えている。

 今回の勝利は自分たちの手で掴み取ったものだ。それが誰かよくわからない人物の手伝いがあったからと言われると、癪に障る。

 味方であることは信じても良いかもしれない。事実、ランプの協力がなければ、ミナたちはフォグシーを倒し、魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すことは出来ていなかったのだ。

 ミナはもはや、誰かの手のひらで踊らされていただけかもしれない事だけが不満だった。


「……誰だか分からない人に味方されても、本当には信じられない」


「そっかそっか、まあ納得は出来ないよな」


 ランプは不機嫌なミナに対して、にやりと笑った。

 そして用が済んだとでも言いたげに、回れ右して墓地を後にしようとする。

 待て、とミナが彼女へ告げる前に、ランプは首をこちらに向けて、口角を上げて笑みを見せた。


「――光の魔法少女の勇姿は、一体誰がカメラに収めてたんだって話さ」


「それって……」


「あ~これ以上言ったら怒られてしまうから、ランプさんはこのあたりで退散する。アジトで待ってる、またな!」


「ちょっ――」


 ミナは墓地を足早に去るランプの背中を追いかけたが、角を曲がったところでその姿は消えてしまった。

 残ったのは、道端に取り残されたミナだけ。あとは買い物帰りの老婆がカートをついて、ゆっくりと歩いているだけだった。


「……光の魔法少女、カメラ、か」


 ミナはもやもやした状態で帰路につく。

 歩きながら考えを巡らせていると、ふと、リョウの顔が頭に浮かんだ。

 今回のフォグシーとの戦いで、自分の活躍を撮っていたのは、リョウだ。怪物と戦う時は普段の配信とは違って、誰かにカメラを持ってもらう必要がある。

 だとすると、光の魔法少女を撮影し、自分と同じように彼女の活躍へ目を輝かせていたのは――


「――あ、そういえば、リョウに卵を買ってきてほしいって頼まれてたっけ」


 すっかり忘れていた事を思い出したミナは、自らの味方となった謎の存在の事を忘れて、スーパーへの道を歩き出す。

 その足取りはミナにしてはやけに軽く、子供らしくスキップでもしているようだった。


(終)


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