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第5章(4)「憧れの魔法少女」


「――それでコガるんに相談に来たんですよね、センパイ!」


 突如ヘッドフォンに流れる轟音。

 それは待ちきれなくなってミュートを解除した、コガるんの声だった。

 ミナは思い出したかのように、慌てて配信画面にコガるんの映像を乗せる。毛色の違う二人の魔法少女が、同じ画面に現れていた。


「センパイ、コラボ相手の紹介がちょっと遅いです! コガるん、待ちくたびれちゃいましたよ!」


 配信画面内に映っているコガるんの頬は、可愛らしく膨れていた。


「あっごめん。紹介します、後輩のコガるんです」


「完全に忘れてましたよね!? ……こほん、というわけでただいまご紹介に預かりました、るんるんがこがこ、コガるんでーす!」


『おおおおおおおおおおお』


『推し同士のコラボにワイ無事死亡』


『コガるんのファンです! 初見ですがミナさん可愛い!』


『なんだその挨拶』


『ずっと言ってた後輩ちゃんだー可愛い!』


 大盛り上がりを見せるコメント欄。その流れていく速度はいつもの何倍も大きくて、ミナは一つひとつコメントを見ることが出来なかった。


「今日はミナセンパイとずっと約束してたコラボ配信ですが、どうやらセンパイがお悩みがあるようで、今日はその相談に乗っちゃいます! みんなもご意見あったらちょうだい!」


『おk』


『任せろ~バリバリ』


『ミナち悩みあるん聞こか?』


 コガるんがウィンクをして視聴者にサービスする。

 配信が一気に盛り上がり、ミナは自分の配信がコガるんの雰囲気に染まっていくのを感じた。

 そういえばコガるんのフォロワー数は、魔法少女一年目でありながらミナよりも多い。

 その理由がコラボ配信をしてみて、よく分かった。彼女には人を惹きつける愛嬌とカリスマがあったのだ。


「それでセンパイ、どこから話しましょうか」


 ようやく落ち着いたコメント欄を見て、コガるんは本題を話し始める。


「どこから、って言われても難しいな……」


「じゃあこうしましょう。センパイはどうして魔法少女になろうと思ったんですか?」


 ベタな問いだが、コガるんは明確に意図を持ってその質問をしていることは、ミナから見ても明確に分かった。


「……配信でも話したことがあると思うんだけど、私は光の魔法少女に憧れて、魔法少女になったんだ」


 『知ってた』というコメントが一気に流れる。

 ミナの配信では光の魔法少女の話をしない時の方が珍しいから、視聴者も当たり前のように知っていた。


「ふむふむ、光の魔法少女のどんな部分に?」


「ちょっと長くなるけど良い?」


「どうぞどうぞ」


 コガるんの調子はいつもと変わらない。ミナはこの配信の雰囲気をコガるんに委ねて、こほんと一つ咳払いを入れた。


「光の魔法少女をテレビで初めて見たとき、私は学校のことで落ち込んでいたの。周りでいじめが起きていて、それを止める事が出来なかった。その時私はなんて無力で、そしてなんて世界は嫌なことに溢れているんだろうって思った。それが怖くて、鬱になっちゃって引きこもっちゃったの」


 これは別に初めて話す内容でもなかった。

 魔法少女に憧れた経緯を話す中で、避けては通れない話題だ。別にミナもかつての自分を話す事に抵抗感は無かったため、視聴者の多くはミナが落ち込んでいた事を知っている。


「でも、光の魔法少女を見て変わったんですか?」


 うんうんと頷きながら、コガるんは次の質問をミナへと投げかける。


「そうだね。光の魔法少女はクラスメートをちゃんと助けてた。その時に、ああ私もこんな人になりたいなって思ったの」


「こんな人っていうのは?」


「……目の前の誰かが苦しんでいるとき、それを助けられる人になりたい。何か嫌なことがあっても、そこから立ち直れるように助けてあげたいと思ったの。光の魔法少女のように」


「なるほど、センパイの魔法少女としての根幹には、光の魔法少女があるんですね」


「簡単に言えば、そうかな」


 ミナの説明をまるでインタビュアーのように聞くコガるん。

 既にコガるんなら知っている情報のはずで、視聴者もよく聞いていた話だ。

 だがコガるんは、あえて根本となる部分から再確認をしているようだった。

 まるでミナの歴史を遡って、転換点を探しているように。

 この船はどこに向かうのだろう――舵取りをコガるんに任せているミナは不安に感じつつも、それでも自分がするべき仕事は、今の自分を語ることだと感じていた。


「……でも、私は光の魔法少女にはなれないなって思ったの。私なんか元々は心の弱い平凡な女子だし、光の魔法少女のように怪物と戦う力もそこまであるわけじゃない。何より、大切な人を助けるための力がないの」


 ミナは自分で言いながら、なんて自分は弱い存在なんだろうと思った。

 目が少し潤んできて、泣きそうだ。

 ナヒロを守れなかったこと、フォグシーに敵わず魔法少女ドキュメンタルを変えられなかったこと、そして魔法少女ドキュメンタルを滅茶苦茶にしたことにより、救われるはずだった何人もの人々が救われる未来が消えてしまったこと。

 自分の無力さが引き起こしたことを思い返し、押しつぶされそうな心が涙を滲ませていた。


「……だから、私は魔法少女に向いていないの」


 その声色は、いよいよ視聴者にも分かるほど震えていた。

 『そんなことないよ』のコメントが沢山流れていく。ミナを励ましてくれているのだろう、ミナにとってすごくありがたいコメントだ。

 それでもミナの心には届いていなかった。自分の弱さを本当に分かっているのは、紛れもない自分なのだ。

 ミナは画面に映っていないスカートをぎゅっと握りしめて、自らの無力さを痛感する。もはやミナの心は内に向いて、その扉を閉ざそうとしていた。


「――皆々様、そうじゃないです。センパイはやっぱり、魔法少女に向いてないです」


 そんなミナの内に向いた心を振り向かせたのは、コガるんの言葉だった。

 彼女は明確に、ミナが魔法少女に向いていないと告げたのだ。ミナはコガるんの意図が分からず、画面内のコガるんへ向けて目を合わせる。

 しかしコガるんはミナの言葉に同調しながらも、その瞳に輝きを失っていなかった。


「センパイは魔法少女には――”光の魔法少女”には向いていないと思います。でも、センパイはコガるんの憧れた魔法少女ミナになることができます」


 自信満々に告げるコガるんの言葉、その意図がやはり汲み取れず、ミナはすがるように口を開く。


「……どういうこと?」


「センパイは違う誰かになろうとしていませんか? 光の魔法少女になろうとしたって、本人にはなれないですよ」


 コガるんの言う通りだった。

 自分は正しい魔法少女――光の魔法少女のような存在になれるように、奮闘していたのだ。


「……確かにそうかもしれないけど」


「正直に言いますね。センパイの心が傷つきやすいことなんか、ファンならみんな知ってます。光の魔法少女になろうとしているけど、自分には実力不足だからって悩んでいるセンパイも、みんなよく知っています」


 コガるんの、自分が一番よくミナの事を知っていると言わんばかりの自信満々な言葉。

 それは先程電話で聞いた彼女の、淡々とした中に一つの芯が入った、純白の想いが込められた言葉だった。

 その無垢な言葉に自らの言葉を挟むことなど、ミナにはできるはずがない。代わりにミナの瞳にはまた、熱いものがこみ上げてきていた。


「――でも、そんなセンパイの事がみんな好きなんです。推しにしたくなるんです。あ、『幻滅しましたファン続けます』ってコメント書いたやつ、いいぞもっとやれ」


 コガるんの言葉が引き金になるように、ミナの右目から一筋の涙がこぼれた。


『泣かないで』


『ミナちの言ってることもすごくわかる』


『好きだあああああああああ』


『ミナちがワイの一生の推し』


 コガるんの言葉に続いて、追い打ちをかけるようにコメントが流れる。本当はもっとコメントが書き込まれていたが、ミナの滲む視界で視認できたのはこれだけだ。

 左目は涙を流せないはずなのに、両目からどんどんと涙が流れ落ちる感覚があり、ミナは思わず顔を手で覆った。


「でも、こんな私だよ、推すだけ無駄だよ……!」


 鼻水が垂れてくる。こんな表情を配信内で見せるわけにはいかない。

 でも手のひらで顔を覆った瞬間、配信で格好良く振る舞わなければいけないという枷が外れ、涙も鼻水も、止まらなくなった。


「なーに自己肯定感サゲサゲの事言ってるんですか。センパイを推してて無駄だと思ったことは一度たりともありません。コガるんが言うんだから間違いない!」


 コガるんはそんなミナの様子にも構わず、追い打ちをかけるように言葉をかける。

 本当にこの子は意地悪な後輩だ――そう感じているミナは、自分が配信中であることを頭の片隅に置きながら、なんとか涙を止めようとティッシュを手に取って拭き取る。

 しかし感情の波は中々止まらず、だから苦し紛れに、ミナはコガるんに質問をした。


「ねぇ、どうしてコガるんはそんなに私の事を推してくれるの?」


「え? まあそれは、ひと目見た瞬間に推しになったんですよ、推しになる宿命だったというか」


 コガるんにしては珍しく、はっきりしない答えだった。


「もうちょっと詳しく聞きたいな」


 少し涙の引いてきたミナは、先程の仕返しと言わんばかりにコガるんへと質問する。


「どエスですよねセンパイって……仕方ないですね、詳しい事は初出しですよ?」


 コガるんはこほんと咳払いを一つする。彼女の表情はいつもの勢いのある明るさではなく、春のうららかさな陽光のような柔らかいものへと変わっていた。


「コガるんが魔法少女になったのは、ある魔法少女に憧れたからです」


「ある魔法少女?」


「そうです。コガるんが悲しかったときに手を差し伸べてくれた魔法少女がいたんです。その人に憧れて魔法少女になったんですよ。一年前くらいのこと、それよりももうちょっと最近かな。それまでは自分が魔法少女になるなんて思ってもなかったです」


 一年前といえば、ミナは魔法少女になっている頃だ。

 もしかしたらミナの知っている人かもしれない。ミナはコガるんの言葉に相槌を入れながら聞く。


「コガるんが印象に残ったのは、その魔法少女が声をかけてくれた時でも、困っていた事を助けてくれた時でもないんです」


「どんな時?」


 コガるんが大きく息を吸い込んだ、その音がかすかにマイクに乗ってミナにも聞こえた。


「――その魔法少女が、一緒に泣いてくれたことなんです」


「それは――」


 ミナの呼吸が、コガるんの返答によって詰まってしまう。

 ミナには名前も聞いていないその魔法少女の気持ちが、痛いほどよく分かった気がした。


「コガるんのお母さんは、怪物の騒動に巻き込まれて行方不明になっていました。その魔法少女はコガるんが一人で泣いていた時に、寄り添ってくれて、助けようとしてくれたんです」


 ミナの呼吸が震えていく。その音は配信には乗らないほど小さいものだったが、ミナの心を確かに揺らしていた。

 きっとその魔法少女は、目の前のコガるんの悲しみを取り除きたくて、仕方がなかったんだろう。


「でもその魔法少女と仲間の人がお母さんを見つけた時には、既にお母さんは死んでしまっていました」


 ミナの瞳が、また熱を帯びていく。

 きっとその魔法少女は、目の前のコガるんへの罪悪感で、身を震わせていたのだろう。


「お母さんが死んで、泣いていたコガるんをその魔法少女が抱きしめて、一緒に泣いてくれたんです」


 ミナの瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちる。

 きっとその魔法少女は、自分の無力さを責めるように、涙を流してしまったんだろう。


「その時にコガるんは思ったんです。こんな人になりたい、誰かのために喜んだり、悲しんだり出来るような魔法少女になりたいって。ね、泣かないでください、センパイ」


「……無理だよ」


 ミナの片目からは、先程よりも多くの涙が流れていた。鼻水もたれてぐちゃぐちゃになっていて、とてもじゃないが生放送でして良い顔ではない。

 それでも、コガるんの想いに何かを答えなくてはいけないという、使命感を感じていた。


「だってその魔法少女の名前は、ミナっていうんでしょ……!」


 あの時の少女――ミナが道端で泣いていたところへ声をかけて、リョウと一緒に母親を探し、そして病院で亡くなっている母親を見つけて、涙を流す姿を抱きしめたあの少女は、今、ミナに憧れて魔法少女になっていたのだ。


『まじで!?!?!?!?!?』


『おおおおおおおおおおおおお』


『つまりミナちが魔法少女になるきっかけ……ってコト!?』


『神 回 確 定』


『これは泣いていい』


『切り抜き師がアップを始めました』


『良かったねミナち!』


 涙を流すミナには見えていなかったが、コメント欄は多くのコメントが滝のように流れていた。


「まあ、そういうことですね」


「……バカ」


 ミナはしゃっくりをなんとか抑えながら、可愛らしく悪態をつく。

 そんな彼女の様子に暖かい微笑みを浮かべるコガるんは、もう一つ使命があると言わんばかりに、まっすぐとした瞳でミナを見つめる。

 配信上では決して目が合っていないはずなのに、ミナには明確にコガるんがこちらを向いていることが分かっていた。


「……いいですかセンパイ。センパイが悩んでいる事は簡単に解決できちゃうんです」


「コガるん……?」


「コガるんの存在が、センパイは正しい魔法少女であることの証明です。コガるんは光の魔法少女に憧れたんじゃない、他ならないミナセンパイに憧れたんです」


 配信画面越しの幼い魔法少女は、まっすぐ、キラキラとした目で、ミナの事を見つめていた。


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