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第5章(2)「味の変わったお茶」


 リョウは首吊り自殺を図っていたミナを急いで配信部屋から連れ出して、リビングのソファに座らせる。

 彼女の髪はボサボサで、汗臭い。目の下に隈ができている。リョウが久々に見たミナの姿は、やはりとてもやつれていた。

 左目には眼帯をしており、眼帯からはみ出るように傷跡が見える。それは先日、怪物の姿となったフォグシーに与えられた傷だ。魔法少女に相応しくないその傷は医者でも治すことが出来ず、その傷跡が痛々しく残ってしまっていた。


 リョウはひとまずキッチンで温かいお茶を入れて、ミナに差し出す。


「……ありがとう」


「……熱いから気をつけてね」


 ミナは力なくこくりと頷くと、震えた手で少しずつカップを唇に運んでいく。

 ミナは少し熱がった様子を見せたが、それでも啜りながら少しずつ口に入れていった。

 リョウはミナのそんな姿を見つめながら、まるで我が子を心配する親のような表情になっている。

 しかし口を離してお茶を喉に通したミナは突然、眉をひそめてカップをテーブルへと置いた。


「ミナ?」


「……美味しくない」


 ミナがその言葉を口に出した途端、彼女は涙を流し始めた。目の前にリョウがいるにも関わらず、彼女は思いっきり泣いた。

 リョウはそんな彼女に、何も声をかけることが出来ないでいる。

 彼女はようやくここでナヒロの死を実感したのだろう。大の大人である自分でさえ何度も流した涙を、中学二年生のちっぽけな女の子はようやく外に出すことが出来たのだ。

 リョウはもう先程の件を咎める気にはなれなかった。

 それよりも彼女が背負っている大きなものが、自分は何も肩代わり出来ないことに苛立ちを覚え、握りこぶしを作ることしかできない。

 やがてリョウが持ってきたティッシュでテーブルに山が出来た頃、ミナの涙が落ち着き、リョウはミナと話す決意を固める。


「……ランプにも、後で顔を見せよう。なんだかんだ心配してたよ」


「うん」


「お腹すいてない? 晩ごはんは早めに作ろうか?」


「……うん」


 ミナはリョウに対して返事はするものの、全く顔を合わせようとしなかった。

 リョウはミナの弱々しい様子に、何を話せば良いか早速分からなくなる。

 ナヒロには別に言葉は必要ないと助言できたにも関わらず、こんな弱々しいミナが相手だと、何か励ましの言葉が必要に感じて仕方なかった。

 リョウが困ったように辺りを見渡すと、テーブルに置いてあったミナのスマートフォンが音を鳴らす。

 ミナはゆっくりと手を伸ばして、その通知音の正体を確かめた。


「……メッセージ」


「誰から?」


「コガるん」


 ミナの後輩であるコガるんのことを、もちろんリョウは知っている。

 ミナの配信上でよく話題に上がることはもちろん、ミナと直接話す中で何度も名前は出てきているし、リョウもどんな魔法少女だろうと配信を見に行ったことがあった。

 彼女はとても明るい性格で、ミナのことをとても慕ってくれている。まるで太陽のような姿に、リョウも驚いていた。


「どんなメッセージ?」


 リョウは彼女の通知について、深堀りするように質問を続ける。

 その理由は、もちろんミナとの会話に困っていた部分もあった。しかしどちらかと言えば、コガるんの明るさならば何かミナを変えてくれるかもしれないと思ったからだ。


「コラボ配信したい、だって」


「……そういえばそんな約束をしてたね」


 ジェンハリーを倒した後の祝勝会で、ミナがその日遊んだコガるんの事を言っていた覚えがリョウにはあった。その中でコラボ配信の事が上がったのも覚えている。

 ただ、タイミングが悪すぎるなとリョウは感じた。

 こちらの事情を知らないコガるんには可哀想だが、ミナが今この状態だ。とてもコラボ配信なんてする気が起きないだろう。

 それにミナの片目の怪我は、配信をする上でも視聴者に動揺を与えかねない。このタイミングであえてコラボ配信をするメリットよりも、デメリットの方が気になった。


「……どうするの?」


 ミナの答えはほぼ分かっていたが、リョウは一応確認を取る。

 ミナは少し寂しそうな、そして罪悪感に苛まれているかのような瞳で、スマートフォンの画面を見ていた。


「……断ることにする」


「そっか」


 本当はコラボ配信したかったんだろうな――ミナと共に過ごしてきた時間の長いリョウには、彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。

 ミナが断りのメッセージをゆっくりと入力している横で、リョウは今後の事を考える。

 ミナは今後どうしていくのだろう。

 魔法少女として活動していくのか、それとも魔法少女を辞めてしまうのか。辞めてしまう可能性もあるだろうなとリョウは感じていた。

 また、魔法少女ドキュメンタルへの反抗は、これで終わってしまうのだろうかとも考えてしまう。

 この反抗は、ひとえにミナの主導があってこそだった。ミナがこの調子なら、もう仕方ないのかもしれない。


(……それでも)


 リョウは自分の気持ちに引っ掛かりを覚えた。

 ミナの気持ちではなく、自分はどう考えているのだろう。

 ミナと一緒に活動する中で、リョウはミナであれば魔法少女ドキュメンタルを変えてくれると思った。それは彼女がリョウにとって、正しい魔法少女だからだ。

 そして上から何を言われようとも、ミナの配信活動を支えていくことで、自分はやりがいを感じていた。


(俺はもっと、ミナの活動を見ていたいのかな)


 リョウは心の中で、とある決意をする。自分勝手だとは重々承知していたが、それでも行動を起こさずにはいられない。

 彼はこの時、ただのミナのファンだった。彼女の魔法少女としての活動がまだ見たいと、自己中心的にもそう感じてしまったのだ。


「ミナ、返信は終わった?」


 リョウは少し芯の入った声色で、ミナへと問いかける。

 そんなリョウの様子さえも気を配ることが出来ていないミナは、スマートフォンのフリックを一度止めて、それでも目線は画面に合わせたままで、口を開く。


「……ううん」


「そっか、なら――」


 リョウはミナのスマートフォンを、すばやく取り上げた。

 ミナは突然のリョウの行動に驚くが、リョウは気にしない。


(俺はミナの厄介ファンだよな……)


 リョウはミナのスマートフォンの画面を見て、メッセージアプリから通話ボタンを押す。それはもちろん、コガるんのアカウントに向けたものだった。


「なにしてるの!?」


 発信音がミナのスマートフォンのスピーカーから流れている。突然のリョウの行動に苛立ちを覚え、ようやく彼女はリョウに目線を向けた。

 彼女の曇りきった眼が、リョウを真っ直ぐに見つめている。彼女はナヒロが亡くなったあの日からずっと、こんな暗い瞳で世界を見ていたのだ。


「……ごめんなミナ、でも俺はまだミナが活動する姿を見ていたいんだ」


 ミナはリョウからスマートフォンを奪い返そうとするが、大人でありミナよりも健康的な生活を送っているリョウから取り戻すことは出来ない。


『ミナセンパイ!』


 そして発信音が鳴り止み、割れた爆音でミナの名前を叫ぶ少女の声。

 リョウはそこでようやくミナにスマートフォンを返す。睨むように見つめるミナに対して、リョウの瞳には炎が灯っていた。

 その時のリョウのまっすぐな瞳に圧され、ミナはこの電話を切ることができず、ゆっくりとスピーカーへ耳を当てる。


「……もしもし、コガるん?」


『センパイ! お久しぶりです!!』


 あの眩しい後輩魔法少女は、ミナがどれだけ曇りきった声色をしていても、その眩しさを弱めることはなかった。

 彼女のそんな様子に、ミナの声にも少しだけ明るさが灯っていく。


「そんな何週間も経ってないよ」


『いや、もうあれですよ。センパイのアーカイブ見直してようやくコガるんは息が出来ていた状態で、今むしろセンパイの突然の供給に致死しそうなんです』


「……切った方が良い?」


『あーセンパイ待ってください! よよよ……』


 コガるんの変わらない調子に、少しだけミナは微笑んだ。

 それは呆れるような笑いだったが、リョウは久しぶりにミナの笑顔を見ることが出来て、心が温もりを帯びていくのを感じていく。

 勇気を出して行った先程の暴挙を、なんだか許せた気がした。


『それでセンパイ、ここ最近お忙しかったんですか? 配信活動も全然されてなくて』


「……ごめん、そういう気分じゃなくて」


『どうしたんですか? 悩み事があったらコガるんにお任せです!』


 リョウは改めて感心する。コガるんが事情を知らないとはいえ、相手の悩みに対してここまで気軽に踏み込んでいけることは、自分には不可能だった。

 ただ当のミナは相談するべきかを迷っていた。

 もちろん秘密裏に行っていることを言うわけにはいかないし、彼女が背負っている悲しみは中々人に気安く話せるものではないだろう。


「……忙しかったからね。疲れてるんだ」


 ミナはひとまずその場を取り繕うために、適当な嘘をつく。コガるんには悪いが、本当の事を語るわけにはいかない。


『――嘘ですよね、それ』


 しかし、それを否定する、いつもよりも淡々とした低いコガるんの声。

 突然のまっすぐで真剣な様子のコガるんに、ミナだけではなく、それを端で聞いていたリョウも驚いた。


『……失礼は承知の上なんですけど、ミナセンパイは大きな悩みを抱えていて、誰かに相談したいと強く思っている、違いますか?』


 ミナは動揺をなんとか声色に出さないよう、眉をひそめてお腹に力を入れながら、コガるんの言葉へと返そうとする。


「……どうしてそう思うの?」


『コガるんがそう感じるからです』


「それじゃ分からないよ」


 まるで自分が全て正しいと言わんばかりのコガるんに対して、こちらの意図を察してくれない彼女への苛々をつのらせるミナ。

 電話越しのコガるんは一つ咳払いを入れて、言葉を紡ぎ始めた。


『じゃあもっと具体的に言いますね。センパイはどんなに忙しいときでも配信は欠かさずに行っていました。視聴者さんとの交流が好きだから。それは魔法少女ドキュメンタルに関わってからも一緒です。コガるんもそれを楽しみにしていました。でも今はそれを行っていない。機材トラブルとか、旅行とかそういう話の可能性もありますけど、SNSの更新さえ無いのは不自然です。とすればセンパイは忙しいからとか物理的な側面ではなく、何か気持ちの面で折り合いがついていないことがあると考えられます。じゃあその気持ちの面での問題とは何かといえば、まず考えられるのはセンパイの心の根幹にある光の魔法少女についてです。グッズ全部捨てられたとかじゃセンパイは止めないでしょう、センパイは光の魔法少女大好きですから、グッズの肌触りまで脳内でイメージ出来ると思います。それでもって光の魔法少女について事実が覆される事も特にないでしょうから、光の魔法少女が嫌いになったとかそういう路線もない。であればセンパイの魔法少女の理想像に関する問題だと考えられます。つまりセンパイは自らが魔法少女としてどのように振る舞うかを悩んでいます。例えば光の魔法少女はこうだったけど、自分はそうはなれなかった。だから魔法少女に向いていないんじゃないか、とか。他にも――』


「――ごめん、疑った私が馬鹿だった」


 止めた頃にはもう、彼女の耳は真っ赤になっていた。

 完全に図星だったのだろう、リョウは苦笑いしながらそう分析する。

 嘘を見抜かれた時のコガるんは確かに淡々としていた。ミナに理由を話す時もその口調は変わっていない。

 しかし話している内容は、コガるんが抱いているミナへの愛に満ち溢れていて、聞いているうちにコガるんへの不信感もどこかに飛んでいってしまっていた。


『すみませんセンパイ! なんだかマジのトーンになっちゃって……でも推しの話するときに早口になっちゃうのは許してください!』


「別に怒ってはないけど……」


 既に苛々がどこかにいってしまったミナは、呆れるようにそう返した。


『でも、最後にこれだけはマジで言わせてください。悩みがあったらコガるんに聞かせてください、コガるんはセンパイの助けになりたいんです』


「コガるん……」


 コガるんの焦がれるような、しかし優しさを秘めた声色は、機械を通じて変換されていたとしてもミナに伝わった。


(本当に良い子だな……)


 二人のやり取りを聞いていたリョウは、改めてコガるんが抱いているミナへのひたむきな想いを、しみじみと感じていた。

 きっとミナも、同じ気持ちになってるだろう。


『……そうだ、一つ提案があるんです。センパイの悩み、もし良かったら配信で話しませんか』


「えっ、配信で?」


 コガるんからの突然の提案に対し、ミナもリョウも驚きの表情を浮かべる。


『そうです。コラボ配信しながら、視聴者の皆さんにも相談するんです』


「うーん……」


 コガるんの意図していることがいまいち読めず、ミナはあまり良い顔色をしていなかった。

 リョウも、ミナの反応は当然のことだと感じている。

 自分たちが行っている事は、もちろんだが視聴者に話す事はできない。炎上真っ盛りの犯人が自分ですとは、口が割けても言うことができなかった。

 もちろんコガるんはミナたちがしていることを知らないため、そういう面ではこの提案をするのは決しておかしなことではない。

 だがそれを差し引いても、ミナの気持ちの奥底に迫る、大事な話だ。安易に視聴者を巻き込んで話すことでも無いと、リョウはそう考えていた。


『センパイの悩み、魔法少女である自分との向き合い方ですよね』


「……そうだと思うけど」


『だったらきっと良い意見をもらえますよ。皆に話すのは少し辛いかもしれませんが、コガるんを信じてください』


 コガるんの声色はスマートフォンを挟んでも真っ直ぐだ。

 ミナにとってはデリケートな問題で、それはコガるんも察しているはず。

 それでもコガるんは譲るつもりは無さそうだった。それがミナのためになると、本当に感じているような様子で、そう提案してくれているのだ。 


「……分かった」


 ミナはため息を一つ吐いて、コガるんの提案を了承した。

 不安ではあったが、それでも先程のコガるんの様子を見れば、彼女が考えもなしにそう提案しているはずがないと感じているのだ。


『ありがたやーです! では詳しい時間は送りますので、また今晩!』


「うん、またね」


 ミナは電話を切る。切ってすぐに、また大きく息を吐き出した。


「あの子ってすごいね」


 リョウは柔らかな笑顔でミナを見つめた。

 ミナの瞳に、少しだけほのかな明かりが灯っている。それは紛れもなくコガるんの言葉のおかげで、リョウは悔しいが自分には絶対に出来ないことだと感じていた。


「……うん、私には勿体ないくらい、素敵な後輩だよ」


 ミナは少しだけ微笑んで、リョウの方を見つめた。


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