第5章(1)「喪失」
アジトに流れる静寂。ソファーに座るリョウが時々姿勢を変えて、ソファーが軋む音だけがアジトに響いていた。
今日アジトにいるのは二人。リョウの他にいるのは、自分の部屋に引きこもってしまったミナだった。
ランプは何か用事があるのか、今日は家を開けており、帰るのは夜になるという。
そしてもう一人、アジトにいたはずの存在――ナヒロは、もう二度とこのアジトへ帰ってくることはなくなった。
ブルーム・グランダーと戦ったあの日曜日から、約一週間が経とうとしている。あの日の出来事は、多くの人間に残酷な未来をもたらした。
まずミナとランプが戦ったグランダーは、ジェンハリーと同様に意識不明。命に別状はないが、魔法少女として再起することは不可能だと担当医は言っているらしい。
彼女の親友であるティアラビイは、グランダーの件を踏まえて、サブスクリプションを払っている視聴者向けの限定配信で姿をあらわしたらしい。リョウは直接見た訳では無いが、あれはあれで相当のショックを受けているだろう。
フォグシーはあれから、表立った行動はしていない。そもそも会う機会すら元々リョウのような末端には無かったため、彼の動向は見えずにいる。
そして、フォグシーの変身により絶体絶命になったミナを庇った存在――ナヒロの葬儀が、先日行われた。
元々は親戚が身内だけで行う予定だったらしいが、周囲からの声に圧されて、他に客を呼ぶことになったらしい。リョウもナヒロの知り合いとして出席した。
しかしそこに、ミナはいなかったのだ。彼女は今、アジトの配信部屋に引きこもってしまっている。流石に夜になると家に帰っているらしいが、学校は通えていない。
平日である今日、今の時間帯にアジトにいることについて、彼女の両親もかなり心配しているようだった。そこはランプが魔法少女の親友としてサポートしていると、ミナの両親を説得している。
魔法少女ドキュメンタルがあったあの日曜日、フォグシーと戦い満身創痍になったミナを、リョウは助けるために奔走していた。
知り合いの魔法少女専門医に頼んで怪我を診てもらい、なんとか無事に命を繋いで、今ここにいる。
しかし退院した彼女はすぐにアジトへ引きこもってしまい、そこから一切リョウやランプに話しかけることはなかった。
会社用のアカウントでMagitchのミナのアカウントを見ても、配信の形跡はない。ほかSNSも見てみたが、こちらも音沙汰なしだ。
彼女は魔法少女としての活動を、完全にストップさせていた。それどころか人として当たり前の食事や入浴も満足に行えていないと、彼女の両親が言っていたことをランプから聞いている。
そこまで彼女を追い詰めてしまった理由は、明らかだった。
ミナは助かったが、ナヒロは助からなかったのだ。
ミナにとってナヒロが自らの希望であることは、リョウにもよく分かっていた。彼女が魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊そうと行動を始めたのは、きっかけは自分の言葉かもしれないが、根本的な部分はナヒロを理不尽から助けて、自らが正しい魔法少女として行動するべきだと感じたからだ。
だから落ち込む気持ちが痛いほど分かる。リョウだって幾度も涙を流した。彼の死は、自分たちが行ってきたことを否定するように立ち塞がっている。
……ただこのままにしてもいられない気持ちが、リョウにはある。
リョウにとってあの日の出来事は、魔法少女ドキュメンタルがより一層潰れるべきだと思わせることになった。
身近にいた仲間――自らの弟のような存在であったナヒロがフォグシーによって殺された今、リョウの心には憎しみがつのっている。
リョウはいち早くナヒロの死から立ち直り、これまでアジトでナヒロが作っていた料理を、リョウが作るようになった。
ナヒロが死んでしまった事実が残った以上、自分たちは前に進まなければならないのだ。
しかしミナは違う。彼女は未だ、ナヒロの死から立ち直る事ができていない。
リョウはソファーから立ち上がり、アジトの廊下に出てミナの部屋の前に立った。その手前には、ラップをしていつでも食べれるように置いておいた昼食が、手を付けられずに置かれている。
リョウはこれまでも何度か料理をミナの部屋の手前に置いたが、ここまで手を付けられることは一度も無かった。
別に食べれる時に食べてくれれば良い、リョウは自分の料理を無下にするミナに怒りは全く覚えていない。
ただそれよりも、ミナの事が心配でたまらなかった。一度でも食事を手に取ってくれれば、彼女はきっとナヒロの死を受け入れ、立ち直る事ができるだろう。
しかし今もなお、ミナは前を向くことが出来ていない。それどころか魔法少女としての活動さえも行えていなかったのだ。
「……このままじゃ、いけないよな」
リョウはため息を吐きながら、ミナの部屋のドアを恐る恐るノックした。
「……ミナ、今入っても良い?」
リョウは出来るだけ彼女の気を害さないよう、柔らかい声をかける。
しかし少し経ってもミナの反応はない。まるで壁に話しているかのような錯覚に陥りながらも、それでも諦めてはいけないとリョウは勇気を奮い立たせた。
配信をしている様子はないから、部屋に入っても大丈夫だろう。少し躊躇はしながらも、リョウはゆっくりとミナの配信部屋のドアを開く。
相変わらず部屋の中は真っ暗だった。ミナは配信をする時には電気を点けるが、それ以外の時は基本的に消している。
ただ今日はパソコンがついている様子もなく、完全に無音の空間だった。
本当にミナがいるのか不思議に思いながら、リョウは入口から進まずに部屋の中を見渡す。
いつもより床にものが落ちているとリョウは感じた。しかし壁や棚に飾られた光の魔法少女グッズは、手入れされているように整頓されている。
――ふと、布が擦れる音が聞こえた。
誰かいる、そう感じたリョウは音の方向、ミナがアジトで泊まる用のベッドのある方へ目を凝らす。
誰かの足が見えた。リョウはドアを開いて光を取り入れていき、その足から横になっている下半身、上半身が見え、首元、顔が見えた。
そこには、ぼんやりとした表情のミナがいた。
そしてそのまま目を上に向けると、ベッドの端からコードが伸びている。
そのコードはミナの首元まで続いていて、
「――リョウ?」
ミナの弱々しい、かすれた声が彼の耳に届いた。
「ミナ!!」
ミナは、首を吊ろうとしていた。




