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第4章(2)「魔法少女ブルーム・グランダー」


 仮面を付けコートを着て、自らの正体を隠したミナとランプは、警備の魔法少女たちを退けて、ようやくグランダーと対峙する。

 リョウに索敵をお願いし、警戒の薄い部分をくぐり抜け最低限の戦闘だけを行ってきた。

 全ての戦闘を避けてきた訳では無い。ミナの魔法は魔法少女から魔力を吸い取ることが出来る。だからこそある程度の長期戦になっても、多人数戦であればミナの魔法は有利に働くのだ。

 倒した警備の魔法少女からある程度魔力を頂戴し、魔力が十分な状態でグランダーのもとへたどり着くことができた。

 目の前にいるグランダーが戦闘する気になっているのは予想外だったが、むしろこちらの方が数の有利を活かして相手と戦う事ができるという点で良かった。


「いくよ、相手はやる気だ」


 ランプは仮面の内側でにやりと笑いながら、ミナにそう伝える。


「……わかってる」


 ミナが冷静にそう返す。

 その声を発砲音に、二人は一気に前へ出た。

 グランダーが主役魔法少女になれる実力の魔法少女といえど、数ではこちらの方が有利だ。

 しかしある程度倒したとはいえ、近くの魔法少女が来ないとも限らない。追手が来ないよう、一気にグランダーを片付けたかった。


「――っ!?」


 だがミナの進んでいた足は、突然止まることになる。

 グランダーの口元がにやりと笑い、ミナの第六感がそうさせたのだ。


「――感電しちゃえ!」


 グランダーがそう叫んだ瞬間、ミナの足元に魔法陣が現れる。そしてその魔法陣が稲光を発し始め、ミナの仮面を明るく照らした。

 ミナたちが来る前に、グランダーがアスファルトに向けて仕掛けていた魔法が、これだった。

 グランダーのお得意の魔法の一つで、相手からは見えない雷の攻撃を与える魔法陣を展開し、相手が来たタイミングでグランダーが発動させる。いわゆる設置型の罠だ。

 ミナは重心をどこかにずらし回避しようと試みるが、しかし既に彼女の周りからは、ばちばちと魔法の発動を告げる雷音が聞こえていた。

 今ここから回避行動を始めても間に合わない。ミナは仮面の奥で、ぎりと歯を食いしばる。


「上だ!」


 しかし突如後ろから聞こえてきた声にミナはハッとなり、その言葉通り首を上に向ける。


「掴まれ!」


 そこには自分の後ろからグランダーへと向かっていたランプが跳躍し、こちらに手を差し伸べていた。

 ミナは腕を伸ばしてランプの手を掴み、遠心力を使って跳躍する。ミナのいた場所は突如、眩しい雷が迸った。

 あの場所にいたら、高電圧で黒焦げだっただろう。ランプの咄嗟の機転に助けられたと、ミナは一安心する。

 だがしかし、油断は出来ない。跳躍の最中、グランダーの笑みが途切れていない事にミナは気付いた。


「下だけ見てちゃダメだよ、グランダーの事も見なきゃ!」


 ランプとミナを撃ち落とそうと、グランダーは自らの手のひらを二人に伸ばし、電気球を放つ。

 決して速度は早くない。普段だったら避けることは容易だっただろう。

 しかし今二人は跳躍し、空中にいる。そうなると物理的に避けることができなかった。


「おらよっと!」


 ミナの跳躍を助け自らも空中にいたランプは、自身の手を伸ばし、グランダーに向けて魔法陣を創り出す。

 そこから発せられた火炎球は、大きさほど可愛いものだったが、勢いだけは良い。電気球に当たって、攻撃の進路を逸らすのには十分だった。

 無事にアスファルトへと着地したミナとランプ。グランダーと一瞬だけ目が合い、ちょうどその瞬間、グランダーの舌打ちの音が聞こえた。

 ミナはすかさず自らの伸ばした手から魔法陣を創り出す。


「はっ!」


 そして刃のように鋭利なかまいたちを発生させ、グランダーへと素早く飛ばした。


「――チッ!」


 グランダーはもう一つ舌打ちを入れて、サイドステップで避ける。

 まだ双方には距離があったため、避けるのは容易だった。

 お互いの攻撃が一段落つき、ミナとランプは双方ともグランダーを見つめる。

 彼女は回避こそしたものの、ほとんど動いておらずまだ余裕があるように見えた。対してこちらは二人でありながら、グランダーにまず圧されてしまっている。

 改めてミナは、魔法少女ドキュメンタルの主役魔法少女の強さを実感した。彼女たちは毎週日曜日、突如現れる怪物と戦っているのだ。対魔法少女相手ではないが、それでも戦闘経験で言えば相手の方が何枚か上手だった。


「……そこかしこにワナを張ってる、うかつに近づけないねえ」


 ランプがそう呟き、ミナは先程の地面から突如現れた魔法陣を思い出す。

 確かにグランダーは何も魔法を唱えている様子は無かった。自分たちが来るまでに、この場所に罠をはったのだろう。

 そしてグランダーはこの戦闘が始まる前から、自分たちが襲撃してくることを警戒しているはずだ。準備を入念に行っているのであれば、罠は先程の一つだけではない可能性が高い。


「地の利はあちらにあり、って感じだねえ。……魔力は大丈夫か?」


 ランプはミナの方をちらりと見る。


「……さっき吸った分がかなり残ってる、大丈夫」


 ミナは少し息こそ切れているものの、魔力という点に関しては大丈夫だ。ここまでに戦ってきた魔法少女ドキュメンタルのサポートから、十分量の魔力を頂戴している。魔法少女として再起不可能なほど吸ってはいないが、一発魔法を撃っただけで無くなるほどではない。


「……ただ、長期戦は無用。一気に決めたい」


「あいよ」


 ミナとランプは顔を見合わせ、再びグランダーへと攻撃をしかけるべく動き出す。

 再び同時にグランダーの方へ走り出し、距離を近付けていく。


「させるか!」


 対するグランダーは両手を左右に伸ばし、雷球を2つ生み出した。

 グランダーの身長の半分以上ある大きな雷球は、ゆっくりと二人へと近づいていく。

 緩慢な攻撃に対して、もちろん二人は最低限の動きで避けようとする。

 だがその雷球は軌道を変えて、左右に分かれた二人の肩をかすめた。

 ミナは自らの肩に感じた、静電気のぱちっとした感覚を受けて、仮面の中に隠れた目を細めている。


「追尾してくるのかこれ……っ!」


 ランプが舌打ちをしながら、雷球の軌道を観察する。

 雷球に関してはその動きの遅さから、動き回っていれば当たることはなくまず問題ない。

 しかし本当に厄介なのは、グランダーが設置した罠の魔法陣との組み合わせだった。

 雷球の追尾を振り切ろうとするがあまり、敵の罠に踏み込んでしまっては本末転倒だ。立ち止まって罠の位置を観察する、なんて事も難しいだろう。

 二人は雷球の追尾から適度に距離を取りつつ、罠を避けて、あるいは罠が発動したとしてもそれを避ける必要に迫られている。前門の虎、後門の狼というわけではないが、複数の攻撃を意識しなければいけないのは、二人にとってもそれぞれ厳しい状況だった。


「――ッ!!」


 しかしミナはそんな状況にも関わらず、恐れを捨てて突き進んでいた。

 グランダーの罠を踏んでも、構わずに速度を上げて近づいていく。

 グランダーはミナが踏んだ罠を発動させるが、突撃してくるミナにその雷鎚は届かず、行き場を失った魔法は虚しく音を響かせるだけだった。


(なるほど。爆発してしまう前に進んでしまえば良い、と)


 ランプは仮面の中でミナに視線を向けながら、にやりと笑っていた。

 グランダーの罠は発動までに、ある程度のタイムラグがある。一気に進んでしまえば、回避は可能だ。

 もちろんグランダー自身の魔法だからこそ、彼女の好きなタイミングで発動させることは可能だろう。予測して先打ちをされてしまうと当たってしまうため、この先同じことはできないはずだ。

 だが、ミナにとってはグランダーとの距離を詰められればそれで十分だった。

 グランダーは接近戦をしようとしてこない。ジェンハリーは生粋の近接型だが、グランダーはむしろ中・遠距離からの攻撃が得意だ。魔法少女ドキュメンタルを見ていれば、放送開始からそこまで回数が無くても彼女の攻撃はよくわかる。


「調子に乗るなよ!」


 グランダーの表情が険しくなる。

 彼女はミナの行動を先読みして、罠を一つ、また一つと発動させていく。

 その数はグランダーに近づくほど多くなっていき、雷鎚の甲高い音色がハーモニーを奏でて、ミナに襲いかかる。

 これには流石のミナは足を止めるしか無かった。ミナの仮面の中の瞳が、グランダーへと繋ぐ道を探している。

 後ろからは追尾型の雷球がこちらの背中を狙っていた。残されている猶予はそこまで多くない。


「――ここ!」


 だがミナは、発動している罠に対して、タイミングをずらすことで、グランダーへの道を切り開いていく。

 相手が予測するのであれば、その予測を崩せば良い。

 進路を予測して先打ちするというのは、膨大な弾数があれば良いが、グランダーはきっとそこまでの数を準備できていない。魔法少女ドキュメンタル終了後すぐに彼女が準備できる量には限りがある、そう踏んだミナはタイミングをずらすことで、先打ちを回避していく。

 そして更にグランダーとミナとの距離が狭まっていく。もう既に数歩進めば手が届きそうな距離の二人、その視線が交差し、グランダーは顔を思いっきり歪めた。


「うざ!!」


 グランダーは手のひらをミナの方にかざして、もう一つ、雷の魔法を繰り出そうとする。それは今までの姑息な方法とは違い、直接稲妻をぶち当てるスタンダードな魔法だ。

 罠はまだ少しだけあり、後ろからは雷球。そこにグランダーの魔法が重なれば、流石の襲撃者でも回避できまいと踏んだのだ。

 そしてその目論見は成功する。ミナはグランダーが魔法を追加で撃つことを悟り、足を止めて回避するしかなく、もう少しで届くというところでその進路を防がれた。


 ――だがその時のグランダーは、回避行動を取るミナが、仮面の奥で口角を上げている事に気付いていない。


 グランダーはあれほど突撃してきた襲撃者があっさりと回避行動へ移ったことに、最初は自分の魔法によるものだと慢心していた。

 しかしその慢心は、グランダーへ近付くもう一人の影に気付き、打ち砕かれることになる。


「こっちのことを忘れるなんてねッ――!」


 その影の正体――それは、ミナへの攻撃に意識を向けていたグランダーに対し、易々と距離を詰めることが出来たランプだった。

 グランダーはミナへぶち込もうと画策していた魔法を急遽解除し、ランプの迎撃を行おうとするが、もう遅い。

 雷球に追われ逆光のランプの仮面は、彼女の手元からほのかに、しかし益々力強くなっていく灯りに照らされていた。

 ランプの炎魔法は、その名が表すものと同様に、影などの暗いところでこそ真価を発揮する。

 ジェンハリーも同じく炎の魔法を使うが、あちらは比較的まっすぐな魔法で、どんな条件下でも安定して使うことが出来る。

 それに比べればランプの魔法は、暗ければ暗いほど強くなる、という不安定さを抱えていた。だからこそ先ほど、目の前で雷魔法を撃たれている状況では、大きな威力を出すことができなかったのだ。

 しかし、今は違う。グランダーが魔法を解除した瞬間、光源がランプの後ろにある眩しき雷球だけになった。

 そこはもう既に彼女のフィールドだ。彼女が繰り出そうとする炎は、先程よりも明確に大きくなっていた。


「爆ぜろッ――!」


 超至近距離からのランプの炎魔法が、炸裂する。

 裏路地のビルを揺らすほどの巨大な炎の爆発によって、グランダーは成すすべもなくふっとばされた。


 爆発の衝撃で速度がついたグランダーの体は、勢いよくアスファルトにぶつかって跳ねてしまい、ビルのコンクリートへと叩きつけられる。

 グランダーの好きなネイルが割れていた。可愛らしい鼻が少し曲がって、みっともなく鼻血を出している。すべてグランダーが可愛くないと思う姿だった。

 そしてその満身創痍の魔法少女に近付く、一人の仮面の襲撃者。ミナは冷酷な瞳で、グランダーを見下ろしていた。


「……や、やめて。グランダーの可愛い顔が、グランダーを応援してくれているみんなが」


 グランダーは命乞いをするが、ミナは何も気にかけることはなかった。

 彼女は正しくない魔法少女だ。応援してくれているみんなのためだと言いながら、結局は承認欲求を満たすための道具だとしか考えていない。

 少なくともミナは、グランダーのどんな命乞いにも耳を貸すつもりはなかった。

 グランダーは涙を流しながら、何か名案でも思いついたように襲撃者へと笑顔を作る。


「そ、そうだ。コラボ配信しようよ! あなた魔法少女でしょ? 主役魔法少女のグランダーと一緒にコラボすれば、あなたの登録者は爆上がり――」


「――黙れ、偽物の魔法少女」


 ミナはグランダーの首に手のひらをかけ、逃げられないように軽く体重をかける。


「――ァ、ッ」


 首が絞まるほど強い力を入れているわけではないが、グランダーはうめき声を上げるしかなかった。声にならない叫び声が、泡になった唾液と一緒に吐き出される。

 グランダーの体から光が溢れ出し、ミナに吸収されていった。ミナは自身に、魔力が満ちていくのを感じていく。

 それは先程まで敵対していたグランダーの、雷の魔法を使うための魔力だ。


 そしてその光が徐々に大きくなり、眩しさが頂点に来たタイミングで、ミナは手を離した。

 手を離した後のグランダーは、まるで死んでいるようだ。瞳から光を失い、イメージカラーを作り出していた髪の色も、フリフリの衣装も、光の粒となって消えてしまう。

 やがて現れたのは、ミナのように地味な私服を着た、ただの中学二年生の素朴な女の子だった。


「……かなり苦しんでいたけど、殺してないだろうね?」


 グランダーが魔力を吸い取られる瞬間を見たランプが、ミナに近づきそう尋ねる。


「前も説明した・魔力を吸収したところで、人は死なない。ジェンハリーで実証済みだし、そもそも調査の段階で分かってる」


「本当にそうなのかい?」


「……仮にダメだったとしても、彼女たちは助けられる人を見殺しにした。死んだって構わない」


「……そうかい」


 ランプはこれ以上問い詰めるのをやめて、やれやれという風に手のひらを上へ向ける。

 裏路地は一度静寂に包まれたが、これだけ騒動があったのだ。警備の魔法少女が駆けつけてくるかもしれない。

 あまり長居はするべきではないと判断したミナは、仮面をつけたままランプに目線で合図を送る。


「……退散しよう。追手が来るま――」


「――帰すと思うかい?」


 しかし、作戦を終えようとする二人の間に、追手と思われる者の声が響く。

 足音無く近付いてきた――というよりも浮いてやってきた一体の存在に、ミナとランプは目線を向ける。

 二人の前に現れたのは、彼女たちも見たことがある存在だった。


「……フォグシー」


 ミナは目の前に現れた、熊のぬいぐるみ――魔法少女ドキュメンタルのマスコットであり、そして魔法少女ドキュメンタルのプロデューサーでもある妖精の名前を口にした。


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