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ふたりとひとつの鍋

町の市は、朝から賑わっていた。


 木箱に積まれた香草や干し肉、焼き菓子の屋台から漂う甘い香り。

 子供たちの笑い声と、商人の呼び声が入り混じり、戦場とはまるで別世界のようだった。


「レイナさん、見てください! この干しきのこ、鍋に入れるとすごく旨味が出るんです!」


「……きのこか。毒はないんだろうな」


「売り物ですよ!? そんな物騒な……!」


 それでもレイナは真剣に、干しきのこをじっと睨んでいた。

 どう見てもそれを“戦に持っていくか”みたいな目で見ている。


「大丈夫ですって。今日はレイナさんにも料理してもらいますから」


「……ふむ」


 やや納得したのか、彼女は無言で一袋受け取った。

 その手つきは、武具を選ぶような慎重さだった。


 


 日が傾き始めた頃、ふたりは鍛錬場の裏手にある小屋へ戻っていた。

 薪を割り、火を起こし、鍋を掛ける。


「今日は、鍋料理です。レイナさんが切った具材、全部この中に入れて──」


「それでいいのか? 順番とか、火加減とか、細かい手順は……」


「鍋は大雑把でも美味しくできるんです。不思議ですけど、材料と心があればなんとかなります」


「心……?」


 レイナが包丁を構えた瞬間、ユリウスが慌てて止めた。


「わっ、ちょっ……その構え、完全に首狙ってません! きのこを斬る時に敵意は不要です!」


「……そうか」


 


 そうして、ひとつの鍋が出来上がった。


 香草と鶏のだし、きのこにじゃがいも、ほんの少しの唐辛子。

 あたたかい湯気が、ふたりの間にやわらかく漂っていた。


「……悪くない」


 レイナは鍋をひと口すくい、目を細めた。


 体の芯がじんわりと温まる。剣の冷たさとはまるで違う、ほっとする味だった。


「これ、レイナさんが刻んだきのこがいい仕事してます。完全に主役ですね」


「ふん。たかがきのこだ」


「されどきのこです」


 くすっと笑うユリウスを見て、レイナは鍋の湯気で顔を隠すように視線を落とした。


(……変だな)


 剣を振るうより、心が落ち着かない。

 ただ鍋をつついているだけなのに、なんでこんなに胸が、こう……熱いのか。


「ユリウス」


「はい?」


「……その、鍋を囲むのは悪くないな」


「え?」


「……また作っても、いい」


 レイナはそれだけ言うと、再び鍋に向き直った。

 湯気の奥で、ほんのり耳が赤くなっていたのに、ユリウスは気づいていた。


「……はい。僕も、また一緒に食べたいです」


 鍋の中の湯気が、静かに立ち上っていた。

 それはまるで、ふたりの距離が少しずつ近づいていくような、優しい温度だった。



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