第9話 マルシアさん、始動!悪は絶対に許さない!
朝食の席で、マルシアが唐突に言い出した。
「わたしも魔法団に入りたい!」
ヨシキはすぐに否定した。
「まだ十歳だ。早すぎる」
だがマルシアは引き下がらない。
「わたしはハーフエルフだから、人間よりも魔法の素質があるの。十歳でも問題ないわ」
ヨシキは顎に手を当て、しばし考え込んだ。確かに、彼女の言うことにも一理ある。どうせ断っても納得しないだろう――そう思うと、彼は小さく頷いた。
「わかった。試験をしよう。もし魔法の才能が認められれば、入団を許可する」
「わたし、絶対に合格するわ!」
結果は見事なものだった。マルシアは試験を優秀な成績で突破し、驚くほどの才能を示した。さすがはエルフの血を引くだけある。しかし、ヨシキはそれでも心配だった。年端もいかぬ少女に無理をさせるわけにはいかない。けれど、無下に断れば、彼女の悲しみと怒りが思わぬ方向へ向かうかもしれない。結局、彼は渋々ながら入団を認めた。
それからの日々、マルシアは昼間の訓練に励み、夜はヨシキと魔法理論を語り合った。やがて、魔物討伐の戦場にも立つようになり、その実力は目覚ましい勢いで成長した。五年後、彼女はわずか十五歳で第二魔法団の副団長に就任した。王国史上、最年少の副団長誕生であった。
しかし、その平穏な日々は突如として破られた。
マルシアの十六歳の誕生日を一週間後に控えたある日、王都に緊急の報せが届いた。北方の辺境伯領が、魔王四天王の一人、キャンドラーの襲撃を受けたという。
第二魔法団の二十名と、第二騎士団の百名が転移魔法により戦場へと向かった。激しい戦闘が繰り返されたが、四天王キャンドラーの圧倒的な力を前に、味方の被害は甚大だった。次第に戦線は崩れ、辺境伯の城も落城の瀬戸際にあった。
「ここを守らなければ、王都まで危ない!」
必死に叫ぶマルシアの声を聞きながら、ヨシキはふと彼女を見つめた。
「大きくなったな。そして、綺麗になった」
突然の言葉に、マルシアは目を瞬かせた。
「何を言ってるの?」
「楽しかったよ。お前と過ごした日々は――最高だった」
「ヨシキ?」
「スリープ」
「えっ……な、何……?」
マルシアのまぶたが、抗いがたく閉じていく。意識の隅で、彼の声が最後に響いた。
「愛している。どうか、幸せになれ」
それを聞きながら、マルシアは深い眠りへと落ちた。
ヨシキはエイミーに命じた。
「マルシアを連れて、王都へ戻れ」
「団長は……どうされるのですか?」
ヨシキは静かに微笑んだ。
「未来を切り開くための、最後の賭けをしてくるよ」
エイミーは敬礼し、震える声で叫んだ。
「団長に栄光あれ!」
翌日、目を覚ましたマルシアは、すぐさま辺境伯領へと転移した。だが、そこにヨシキの姿はなかった。ただ、彼が戦った痕跡だけが残されていた。
城の遥か彼方には、巨大なクレーターが口を開けていた。ヨシキとキャンドラーが激突した場所だった。戦場にいた者たちは後に語った。凄まじい爆音と爆風が大地を揺るがし、その後、二人の姿を見た者はいなかった、と。
マルシアはただ、立ち尽くしていた。風が吹き抜ける。誰も彼の帰りを告げてはくれなかった。