第8話 マルシアさん、お母さんが迎えにくるのを待つ。
マルシアがいたエルフの村から助け出されたのは、彼女ただ一人であった。
王都に保護されたのち、その事実を知らされたマルシアは、まるで魂を失ったかのように呆然とした。
彼女は、優しかった母の死を、どうしても心のうちに受け容れることができなかった。
ぽつりと、誰に向けるでもなく呟く。
「お岡さん、すぐに追いかけるって言ってたよ……」
その言葉に応えるように、彼女の前に現れたのは、漆黒の髪を持つ男――大谷ヨシキであった。
王都魔法第二団の団長であり、マルシアの命の恩人でもあるその男は、静かに頷いた。
「きっと、追いかけてくるさ」
「そうだよね。お母さん、無事だよね」
「ああ、すぐに来る。だから、今は身体を休めなさい。眠るんだ」
その言葉に、マルシアはうなずき、与えられた寝台に身を沈めた。
まぶたを閉じると、疲れが一気に押し寄せ、すぐに深い眠りに落ちた。
翌朝、マルシアが目を覚ますと、ヨシキの家のメイドがやって来て、世話を焼いてくれた。
それからの日々、マルシアはただひたすらに、母の迎えを待ち続けた。
だが、その日も、その次の日も、母は現れなかった。
仕事から帰ったヨシキに、マルシアは小さな声で尋ねた。
「お母さんは……どこにいるの?」
ヨシキは少し言葉を選ぶようにしてから、答えた。
「元気になったら会えるさ。だから、今は身体を休めなさい」
その語気に、マルシアはそれ以上、母について問いかけることをためらった。
けれど、心のどこかで、彼女はすでに知っていた。
母はもう、この世にはいないのだと。もう迎えには来ないのだと。
それでも、もしかしたら、何かの奇跡が起きて、母が生きているのではないか――
いいや、生きている。そう信じたかった。いや、信じなければ、心が壊れてしまいそうだった。
一週間が過ぎるころ、マルシアの顔色には少しずつ明るさが戻ってきていた。
朝、目を覚ました彼女に、ヨシキが声をかけた。
「今日は仕事が休みだ。一緒に出かけよう」
その一言には、有無を言わせぬ強さがあった。マルシアは、少し戸惑いながらも、静かに頷いた。
ヨシキに連れられて着いた先は、王都の外れにある教会であった。
さらに奥へと進むと、小高い丘の上に出た。そこには、風に揺れる無数の墓標が並んでいた。
「ここは……魔族との戦で亡くなった人たちの墓なんだ」
ヨシキは一本の白い花を手向け、祈りを捧げた。マルシアも、それに倣ってそっと手を合わせた。
しばしの沈黙ののち、マルシアはヨシキを見上げ、ぽつりと呟いた。
「お母さんは……迎えに来ないの? やっぱり……死んじゃったの?」
その声は震え、やがて嗚咽となってこぼれ落ちた。
ヨシキはゆっくりと膝を折り、マルシアの小さな身体を抱きしめた。彼女の頭を、何も言わず、ただ優しく撫で続ける。
「……死んでいない。お前の母は、お前の胸の中で生きている」
「……お母さん……しくしく……」
マルシアは、しばらくのあいだヨシキの胸に顔を埋め、ただ静かに泣いていた。
ヨシキは何も言わず、その肩に手を置き、風に揺れる草原の音だけが二人を包んでいた。