第7話 マルシアさん、大ピンチ!助けて!
マルシアは父の面影を知らぬ。ただ、人間であったと母から伝え聞くのみである。
母はエルフであったが、かつて何らかの事情により人間の街に身を寄せていたらしく、今はエルフの村の外れにひっそりと暮らしていた。その理由を問うても、母はただ微かに微笑するのみであった。
ある日、マルシアは父のことを尋ねた。母は沈黙し、やがて悲しげに目を伏せた。その表情に、それ以上言葉を重ねることが憚られた。
しかし、その穏やかな日々も長くは続かなかった。マルシアが十歳となった年のことである。
突如、魔族の軍勢が村を襲った。
村は炎に包まれ、エルフたちの叫びが夜空を震わせた。
マルシアと母の住まう家は村の外れにあったため、かろうじて難を逃れていた。しかし、それも束の間のこと。ふと家の前を覗けば、そこには黒い影が蠢いていた。
「マルシア、奥の扉から逃げなさい」
「お母さん! いやだ、一緒にいる」
「ここにいてはなりません。お母さんもすぐに行くから、あなたは先に行きなさい」
母の表情は厳しかった。マルシアはなおも躊躇したが、やがて小さく頷いた。
「絶対に来てね。待ってるから」
母の手に背を押され、マルシアは外へと飛び出した。そして、一心に村の外を目指して駆けた。
その刹那、背後で爆炎が上がる。
「お、お母さん!」
マルシアは思わず振り返る。次の瞬間、凄まじい爆風が彼女の身体を吹き飛ばした。
地に伏したマルシアの前に、魔族が影を落とす。
「まだ生き残りがいたか」
「お前も仲間とともに地獄へ送ってやる」
魔族の声音は冷酷であった。マルシアの身体は震え、恐怖が全身を支配する。
殺される——その思いが胸を締め付けた、その時であった。
突如、魔族たちの動きが止まる。いや、そればかりではない。彼らの身体は次第に霜に覆われ、やがて粉々に砕け散った。
「間に合わなかったか……」
その声にマルシアはそっと顔を上げる。
そこには、一人の男が立っていた。
黒髪の、どこか寂しげな風情を纏う人間の姿が——。